星降る庭で、きみを見た

夜灯 狐火

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第六章 回り始めた歯車

57 終わりを呼ぶ詩

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 試練の課題は、一見すると単純な言葉に集約されていた。


「根本的四元素を均一に形づくり、反発させることなく固定・安定化させよ」


 だがそれは、元素の根本を理解し、かつ精巧に練り上げることを要求される、奇跡の技だった。

 根本的四元素――火、水、土、風からなる世界を構成する祖たる元素。

 だがその本質は調和ではなく、むしろ激しい反発にある。
 火は水に飲み込まれ、土は風に削られ、水は土に吸収され、風は火を煽り立てる。
 互いを拒み合うそれらを、共に存在させること――それがレンに課せられた、理《ことわり》の試練だった。

 
 レンは広間の中央に立ち、深く息を吸い込み、静かに目を閉じた。
 額にうっすらと汗が滲む。周囲の視線も、使者たちの気配も、今は遠い彼方に置いてきた。

 ──四元素を調和させる。

 何度も何度も反芻するその言葉の奥に、ふと懐かしい記憶が鮮やかに浮かび上がる。

『水は風に歌いかけ、風は火に舞いを授け、火は土に温もりを与え、土は水と戯れる』

 まるで、四元素が互いに愛し合うかのように――。

 あれはいつ聞いたのだろうか。スメラギの声だった気もする。
 だが彼の厳しい語り口とは違い、もっと柔らかく、まるで夢の中で囁かれたような、遠い響きだった。

 穏やかに語る口元が、ほんの一瞬、レンの脳裏を掠める。
 暖かくて、懐かしくて、それでいて切ない記憶。

 その彼方の記憶が呼び覚ました、創造の詩。
 それはまさに、世界の本質を詩にしたような“魔素の詩《マギア・リリック》”。

 

 レンはゆっくりと片手を掲げ、深く呼吸を整えた。精神を静かに沈めていく。

 魔素が彼の掌に集い始める。
 波紋のように揺らぎ、柔らかな光が手のひらに広がった。

 彼の少年らしい手のひらに、くるくると渦を描きながら、大気中の水分がレンの魔素に呼応して集まり、液体となって漂い始める。
 指先から湧き上がる水の魔素は、まるで透明なリボンのように、しなやかに空中を舞った。
 この水は、ただの液体ではない。それは感情や意識の“流れ”を映し出す元素。
 レンの心が静まるほどに、水はより澄み渡り、穏やかに輝きを増していく。

 その水の旋律に誘われるように、風の魔素が柔らかく舞い始める。
 レンの頬を、優しい風が掠めてゆく。

 風は無形の存在。だが、意志を運ぶ“意思の媒体”としての特性を備えている。

 なんだかこの風、ヒウラの風に似てるな。

 そんな風にレンの意識が研ぎ澄まされていくにつれ、風は優しく水を包み込み、波紋を乱すことなく穏やかに広がっていった。

 水が風を呼び、次に巻き起こったのは炎だった。

 火の魔素は、強烈な感情に呼応する。焦燥や怒りで暴走すれば、制御は困難だ。
 しかし今のレンの胸には、静かな決意が燃えていた。

 

 守りたい、大切な人を。




 その感情の根本にある、小さな火種。
 まだ名前も知らないその想いが、まるで浄化の炎のように、清浄な煌めきをたぎらせていた。

 風に煽られながらも火は舞い踊り、やがて土へと温もりを送り届ける。

 レンは両手を広げ、慎重に土の魔素を呼び寄せる。

 土は安定と記憶の象徴。過去の積み重ねが宿る元素。
 火の温もりに触れた土は、柔らかく色づきながら広がり、水を受け入れるように、その形を変えていく。

 

 ──すべての元素は、互いを否定するために存在しているのではない。

 その瞬間、レンの胸に深い理解が訪れた。
 四つの元素がひとつの円環となり、生命の輪のように巡り始める。

 水は風に揺らぎ、風は火に舞を授け、火は土を育み、土は水と戯れる。

 四元素――相克にして相生(そうしょう)。

 反発をただ制御するのではなく、互いの本質を理解し、尊重し合い、共に在ることを選ぶ。



 レンの掌に、四色の魔素の光が鮮やかに宿った。

 青――水。
 白――風。
 赤――火。
 黄――土。

 四色の魔素が完璧な均衡で旋回しながら、やがて柔らかな光を放ち、ひとつの輝きへと溶け合っていく。

 大気が震え、空間に満ちる光の波動。
 それはまさに、調和の証だった。

 その場にいた誰もが、ただレンを見つめている。
 それは驚愕か、羨望か、それとも――。

 そんなすべてを黙らせるように、空間は聖域の如き静寂に包まれていた。

 背後で見守るスメラギは、静かに目を細めていた。
 いつもの無表情に近い顔の奥で、わずかに柔らかな光が瞳を揺らしている。

(……レン……)

 言葉にならぬ想いが、彼の胸中を静かに満たしていった。
 それは、かつて誰も辿り着けなかった理の一端。

 調和の光は、スメラギに想いを芽生えさせる。

(レン……お前なら、終わらせられる——きっと)
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