64 / 109
第六章 回り始めた歯車
57 終わりを呼ぶ詩
しおりを挟む試練の課題は、一見すると単純な言葉に集約されていた。
「根本的四元素を均一に形づくり、反発させることなく固定・安定化させよ」
だがそれは、元素の根本を理解し、かつ精巧に練り上げることを要求される、奇跡の技だった。
根本的四元素――火、水、土、風からなる世界を構成する祖たる元素。
だがその本質は調和ではなく、むしろ激しい反発にある。
火は水に飲み込まれ、土は風に削られ、水は土に吸収され、風は火を煽り立てる。
互いを拒み合うそれらを、共に存在させること――それがレンに課せられた、理《ことわり》の試練だった。
レンは広間の中央に立ち、深く息を吸い込み、静かに目を閉じた。
額にうっすらと汗が滲む。周囲の視線も、使者たちの気配も、今は遠い彼方に置いてきた。
──四元素を調和させる。
何度も何度も反芻するその言葉の奥に、ふと懐かしい記憶が鮮やかに浮かび上がる。
『水は風に歌いかけ、風は火に舞いを授け、火は土に温もりを与え、土は水と戯れる』
まるで、四元素が互いに愛し合うかのように――。
あれはいつ聞いたのだろうか。スメラギの声だった気もする。
だが彼の厳しい語り口とは違い、もっと柔らかく、まるで夢の中で囁かれたような、遠い響きだった。
穏やかに語る口元が、ほんの一瞬、レンの脳裏を掠める。
暖かくて、懐かしくて、それでいて切ない記憶。
その彼方の記憶が呼び覚ました、創造の詩。
それはまさに、世界の本質を詩にしたような“魔素の詩《マギア・リリック》”。
レンはゆっくりと片手を掲げ、深く呼吸を整えた。精神を静かに沈めていく。
魔素が彼の掌に集い始める。
波紋のように揺らぎ、柔らかな光が手のひらに広がった。
彼の少年らしい手のひらに、くるくると渦を描きながら、大気中の水分がレンの魔素に呼応して集まり、液体となって漂い始める。
指先から湧き上がる水の魔素は、まるで透明なリボンのように、しなやかに空中を舞った。
この水は、ただの液体ではない。それは感情や意識の“流れ”を映し出す元素。
レンの心が静まるほどに、水はより澄み渡り、穏やかに輝きを増していく。
その水の旋律に誘われるように、風の魔素が柔らかく舞い始める。
レンの頬を、優しい風が掠めてゆく。
風は無形の存在。だが、意志を運ぶ“意思の媒体”としての特性を備えている。
なんだかこの風、ヒウラの風に似てるな。
そんな風にレンの意識が研ぎ澄まされていくにつれ、風は優しく水を包み込み、波紋を乱すことなく穏やかに広がっていった。
水が風を呼び、次に巻き起こったのは炎だった。
火の魔素は、強烈な感情に呼応する。焦燥や怒りで暴走すれば、制御は困難だ。
しかし今のレンの胸には、静かな決意が燃えていた。
守りたい、大切な人を。
その感情の根本にある、小さな火種。
まだ名前も知らないその想いが、まるで浄化の炎のように、清浄な煌めきをたぎらせていた。
風に煽られながらも火は舞い踊り、やがて土へと温もりを送り届ける。
レンは両手を広げ、慎重に土の魔素を呼び寄せる。
土は安定と記憶の象徴。過去の積み重ねが宿る元素。
火の温もりに触れた土は、柔らかく色づきながら広がり、水を受け入れるように、その形を変えていく。
──すべての元素は、互いを否定するために存在しているのではない。
その瞬間、レンの胸に深い理解が訪れた。
四つの元素がひとつの円環となり、生命の輪のように巡り始める。
水は風に揺らぎ、風は火に舞を授け、火は土を育み、土は水と戯れる。
四元素――相克にして相生(そうしょう)。
反発をただ制御するのではなく、互いの本質を理解し、尊重し合い、共に在ることを選ぶ。
レンの掌に、四色の魔素の光が鮮やかに宿った。
青――水。
白――風。
赤――火。
黄――土。
四色の魔素が完璧な均衡で旋回しながら、やがて柔らかな光を放ち、ひとつの輝きへと溶け合っていく。
大気が震え、空間に満ちる光の波動。
それはまさに、調和の証だった。
その場にいた誰もが、ただレンを見つめている。
それは驚愕か、羨望か、それとも――。
そんなすべてを黙らせるように、空間は聖域の如き静寂に包まれていた。
背後で見守るスメラギは、静かに目を細めていた。
いつもの無表情に近い顔の奥で、わずかに柔らかな光が瞳を揺らしている。
(……レン……)
言葉にならぬ想いが、彼の胸中を静かに満たしていった。
それは、かつて誰も辿り着けなかった理の一端。
調和の光は、スメラギに想いを芽生えさせる。
(レン……お前なら、終わらせられる——きっと)
0
あなたにおすすめの小説
嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま
中洲める
BL
錬金術をこよなく愛する転生者アッシュ・クロイツ。
両親の死をきっかけにクロイツ男爵領を乗っ取った叔父は、正統な後継者の僕を邪魔に思い取引相手の辺境伯へ婚約者として押し付けた。
故郷を追い出された僕が向かった先辺境グラフィカ領は、なんと薬草の楽園!!!
様々な種類の薬草が植えられた広い畑に、たくさんの未知の素材!
僕の錬金術師スイッチが入りテンションMAX!
ワクワクした気持ちで屋敷に向かうと初対面を果たした辺境伯婚約者オリバーは、「忙しいから君に構ってる暇はない。好きにしろ」と、顔も上げずに冷たく言い放つ。
うむ、好きにしていいなら好きにさせて貰おうじゃないか!
僕は屋敷を飛び出し、素材豊富なこの土地で大好きな錬金術の腕を思い切り奮う。
そうしてニ年後。
領地でいい薬を作ると評判の錬金術師となった僕と辺境伯オリバーは再び対面する。
え? 辺境伯様、僕に惚れたの? 今更でしょ。
関係ここからやり直し?できる?
Rには*ついてます。
後半に色々あるので注意事項がある時は前書きに入れておきます。
ムーンライトにも同時投稿中
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!
野原 耳子
BL
★執着溺愛系イケメン俳優α×平凡なカメラマンΩ
平凡なオメガである保(たもつ)は、ある日テレビで見たイケメン俳優が自分の『運命』だと気付くが、
どうせ結ばれない恋だと思って、速攻で諦めることにする。
数年後、テレビカメラマンとなった保は、生放送番組で運命である藍人(あいと)と初めて出会う。
きっと自分の存在に気付くことはないだろうと思っていたのに、
生放送中、藍人はカメラ越しに保を見据えて、こう言い放つ。
「やっと見つけた。もう絶対に逃がさない」
それから藍人は、混乱する保を囲い込もうと色々と動き始めて――
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。
ivy
BL
⭐︎毎朝更新⭐︎
兄の身代わりで望まれぬ結婚を押しつけられたライネル。
冷たく「帰れ」と言われても、帰る家なんてない!
仕方なく寂れた村をもらい受け、前世の記憶を活かして“投資”で村おこしに挑戦することに。
宝石をぽりぽり食べるマスコット少年や、クセの強い職人たちに囲まれて、にぎやかな日々が始まる。
一方、彼を追い出したはずの旦那様は、いつの間にかライネルのがんばりに心を奪われていき──?
「村おこしと恋愛、どっちも想定外!?」
コミカルだけど甘い、投資×BLラブコメディ。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる