星降る庭で、きみを見た

夜灯 狐火

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第八章 過去からの呼び声

74 楔の証

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 眩い白銀の斬光が、空間を裂いた。
 咆哮のような声と共に駆け込んできた少年は、ただ一人、結界を断ち切って飛び込んだ。
 その手には、星の意志が宿る剣――ソルヴェルタが、凛然と輝いている。

 レンの視線はただ一つ、中心で崩れ落ちたスメラギへと注がれていた。

「先生を……ミナトさんを、返せ……!!」

 雷鳴のような怒号が響き渡った瞬間、神獣が唸りを上げる。
 再生した触手が一斉にうねり、レンへと襲いかかってきた。

 巨大な、そして無数の異形の手足――
 呪詛と瘴気を帯びたそれらが、鋭い獣の牙のように殺気を孕み、迫る。

 レンは剣を構えた。
 呼吸を整える暇も、間合いを計る余裕もない。
 ただ、直感だけで迎え撃つ。

「……ッ!」

 瞬間、体が動いた。
 踏み込み、引きつけ、斬り上げる。
 剣道で鍛えた型が、意識よりも先に身体を動かしていた。

 “面打ち”の型――
 上段からの力強い斬撃が、触手の一つを真っ二つに断ち切る。

 だが、それで終わりではない。
 残った触手が背後から襲う。
 空間を捻じ曲げるほどの呪力が、波となってレンを包囲した。

「っく……!」

 反転し、腰を落としてからの薙ぎ払い。
 “胴斬り”の型――
 鋭く放たれた横一閃の光が、次の触手をも断つ。
 その動きは剣術というよりも、もはや舞踏のようだった。
 白銀の軌跡が、夜空に星の残滓を描いていく。

 ――だが、神獣は止まらない。

 —ギ……ィィ……ィ……アァ……ァ……ッ!!—

 結界が悲鳴を上げるように鳴動し、触手が次々と再生する。
 さらに、周囲の神官たちが動き出した。

「これ以上、侵入を許すな……! 術式展開、拘束せよ!!」

 祭壇の四方から術式が編まれていく。
 神官たちが一斉に祝詞を唱え、拘束呪がレンの足元を狙って広がっていった。

「くそっ……!」

 気づいた時には、右足が術に絡め取られていた。
 脚に重みがかかり、魔素を奪う呪鎖が動きを鈍らせる。

「邪魔をするなぁ!!」

 レンは全身に力を込めて、一閃。
 地面ごと抉るように振り抜いた刃が、拘束術式を断ち切った。

 飛び散る魔素。破片となって砕ける術陣。
 その背中はすでに裂かれ、左腕からも血が流れていた。

 だが、止まらない。
 痛みなど、どうでもよかった。
 目の前で倒れ伏す、愛しい人を護るためなら――。

 その瞬間だった。

 背後から、鋭く跳ねるような呪弾が飛来する。
 レンが振り返る間もなく、それは頬をかすめた。

「ッ……!」

 頬が裂けた。
 鋭く、熱い痛みが走る。
 皮膚を割って血が一筋、頬を伝って垂れ落ちた。

 視界が少し滲む。だが、動きは止まらない。
 レンは舌打ち一つで痛みを振り払い、剣を振るい続けた。

 その傷は、決して深くはない。
 だが、レンの中の怒りに火を点けるには十分だった。
 スメラギが受けた仕打ちの、わずか一端を自らの身に刻んだようで――
 彼の瞳は、さらに深く、熱く燃え上がった。

(ミナトさん……ミナトさんっ!)

 ふらつく足を引きずりながら、少年は再び踏み込む。

「……そこを――どけぇええ!!!」

 神獣の巨体が、のたうつようにうねる。
 霧のような瘴気が視界を覆う。

 その中で、レンはわずかに揺れるスメラギの気配を感じ取った。
 すべてを投げ打ってでも、届かせたいと、そう思った。

 剣を握り直す。
 汗と血で滑る柄を、再びしっかりと握り込む。

 その時、奇跡が起きた。

 レンが振るった刃が、神官の防御結界をするりとすり抜けた。
 まるで、そこに抵抗がなかったかのように。
 そして――スメラギの傍では、その斬撃は“当たらなかった”。

 風圧だけが残るように、レンの一撃はスメラギを傷つけることなく通り抜けていく。

「ミナトさん!!」

 その名を呼んだ瞬間、空間に亀裂が走った。
 レンの想いと剣閃が、神獣をこの島に縫い止めていた封印ごと断ち切ったのだ。

 神獣が悲鳴を上げる。
 触手が一斉に崩れ落ち、結界が粉砕されていく。

 —ギィアアアアアア……!!—

 祭壇が揺れ、星縫島の空間が音を立ててひび割れていく。
 神官たちは術を封じられ、地面に倒れ込んだ。

 レンは、その中心に立ち尽くしていた。

 衣服は破れ、体は血と汗に濡れ、足元も覚束ない。
 だが、彼の手はまだ剣を離さない。
 守るべき人のもとへ――たどり着くために。

「……ミナトさん……!」

 倒れたまま動かないスメラギを、レンは手繰り寄せるように抱きしめた。
 首筋の淫紋は消え失せていたが、その顔は血の気を失い、冷たかった。

「ミナトさん……ミナトさん!!」

 焦燥が混じる声。
 何度も呼びかけ、揺さぶる。
 だが、応えはない。

 ふと、レンの目がスメラギの乱れた胸元に留まる。

 淡く光を放つ、奇妙な術式の痕。
 そして、心臓の位置に刻まれた、爛れたような傷。

 息を呑んだ。
 胸が痛むほど早鐘を打つ。呼吸が乱れる。

(……なに、これ……?)


 それはまるで、呪いのようで。
 レンは震える指先で、その術式の端に触れた。
 次の瞬間――

 ――レンの視界が、白く反転した。
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