星降る庭で、きみを見た

夜灯 狐火

文字の大きさ
84 / 109
第八章 過去からの呼び声

76 終結

しおりを挟む
 朧月が、ようやくその煌めきを取り戻しつつあった。
 島を包んでいた結界は崩壊し、祭壇を覆っていた瘴気も風に流されていく。
 魔素の暴走の余波がようやく鎮まりつつある中――空にひと筋の光が走った。

 空間が軋むように揺れ、鏡界が開く。

 淡い青白い光に包まれて現れたのは、学術機関イシュ・アルマの執行官たちだった。
 黒銀の詰襟の制服に、術式刻印の入った法具と規約書式を携えた彼らは、迷いなく大地に着地し、即座に行動を開始する。
 その背後には、肩で息をつきながらも現場を見据えるカナメの姿があった。

「こちら執行局。術式座標、誤差ゼロ。全員、展開準備」

 呪話による通信が矢継ぎ早に飛び交い、執行官たちは冷静に配置につく。
 その手際は隙がなく、まるで長年訓練を積んだ戦術部隊のようだった。

「イシミネ……! スメラギ先生っ!!」

 壊れた術式の中央に、レンとスメラギが身動きもせずにいた。
 カナメが駆け寄ろうと足を踏み出した、その時だった。
 執行官の一人がすっと前に出て、彼女を軽く制止する。

「危険域の可能性があります。ヒウラ・カナメ候補生、後方で待機を」

「……っ、はい……!」

 彼女は一瞬だけ悔しそうに唇を噛み、けれどすぐに頷いた。
 要請者であれ、彼女はまだ候補生。現場での判断は、あくまで執行官たちに委ねなければならない。

 その間にも、ようやく神官たちが異変に気づき始めていた。

「なんだ……奴らは……!」

「結界が、……いつの間に!? どうしてここに、外部の人間が……!」

「術式解析完了。対象:星縫神宮関係者。呪詛構文の使用痕跡を確認。学術機関禁制目録への抵触を確認。拘束対象に指定」

 執行官がひとつ呪符を掲げ、空間に光の紋様を刻んだ。
 次の瞬間、足元から青白い術式が起動し、神官たちの身体を包むように拘束陣が展開される。

「ッ……ぐ……! 動け……! 我らは島の正当な祭祀者……! ホシハミ様の命に従ったまで!!」

「異議申し立ては後に。学術機関との管轄協定に基づき、現時点であなた方は“魂魄干渉ならびに禁術級呪詛の使用”の容疑者となります」

 低く響くその声は、冷静で事務的だった。
 だがそれ故に、現場に一切の言い逃れの余地を与えなかった。

 神官たちは次々に拘束され、地に膝をつく。
 術力を封じられ、抵抗はほとんど意味をなさない。
 島巫女たちは保護下に置かれ、次第に淫術の催眠から解き放たれていく。

 誰も死んでなどいない。ただ、術を奪われ、力を失ったのだ。

 (……よかった……。イシミネ……誰も、殺してない……)

 少し離れた場所からその様子を見守っていたカナメは、ようやく息を吐き、小さく胸を撫で下ろした。
 血と瘴気に塗れたこの場で、レンはただ一人、“救う”という選択だけを選び抜いたのだ。やがて、執行官の一人が、壊れた祭壇の中心で膝をつく少年と、その膝に静かに横たわる男の姿に目を留める。

「……これは……精神感応……?」

 レンは座ったまま、傷だらけの身体でスメラギを膝に抱えていた。
 血に濡れた花嫁衣装の端が揺れ、彼の白い額がレンの膝に優しく預けられている。
 その頭を、レンはまるで壊れものに触れるように支え、片手を添えるようにスメラギの額に触れていた。

 ――あたかも祈るように。
 あるいは、何かを分け合うように。

 彼らを包む空気は、ただならぬものだった。
 淡い魔素のゆらぎがふたりのあいだを行き来し、深層領域への霊的な接続を示している。

「霊魂同期現象です。対象者、現在深層階に接続中。干渉は非推奨と判断」

「では、保護結界を展開。外部からの干渉を最小限に抑えろ」

 即座に術師たちが動き、ふたりを包むように淡い光の繭が形成された。
 遮断ではない。それは、ただ静かに――
 “触れてはならない神聖なもの”を守るための結界だった。

 カナメはその光の中に座るレンの姿を見つめた。
 スメラギの命を、意識を、まるで自分の手で取り戻そうとするように。
 彼は今、ただ黙って、祈りと呼ぶにはあまりにも強い意志で――繋がっていた。

 「……先生……イシミネ……」

 カナメはそっと目を伏せる。
 胸の奥に湧き上がる不安と、それでも信じたいという祈りが入り混じる。
 両腕を握りしめながら、彼女は静かに、ふたりの魂が無事に還ることを願っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま

中洲める
BL
錬金術をこよなく愛する転生者アッシュ・クロイツ。 両親の死をきっかけにクロイツ男爵領を乗っ取った叔父は、正統な後継者の僕を邪魔に思い取引相手の辺境伯へ婚約者として押し付けた。 故郷を追い出された僕が向かった先辺境グラフィカ領は、なんと薬草の楽園!!! 様々な種類の薬草が植えられた広い畑に、たくさんの未知の素材! 僕の錬金術師スイッチが入りテンションMAX! ワクワクした気持ちで屋敷に向かうと初対面を果たした辺境伯婚約者オリバーは、「忙しいから君に構ってる暇はない。好きにしろ」と、顔も上げずに冷たく言い放つ。 うむ、好きにしていいなら好きにさせて貰おうじゃないか! 僕は屋敷を飛び出し、素材豊富なこの土地で大好きな錬金術の腕を思い切り奮う。 そうしてニ年後。 領地でいい薬を作ると評判の錬金術師となった僕と辺境伯オリバーは再び対面する。 え? 辺境伯様、僕に惚れたの? 今更でしょ。 関係ここからやり直し?できる? Rには*ついてます。 後半に色々あるので注意事項がある時は前書きに入れておきます。 ムーンライトにも同時投稿中

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!

野原 耳子
BL
★執着溺愛系イケメン俳優α×平凡なカメラマンΩ 平凡なオメガである保(たもつ)は、ある日テレビで見たイケメン俳優が自分の『運命』だと気付くが、 どうせ結ばれない恋だと思って、速攻で諦めることにする。 数年後、テレビカメラマンとなった保は、生放送番組で運命である藍人(あいと)と初めて出会う。 きっと自分の存在に気付くことはないだろうと思っていたのに、 生放送中、藍人はカメラ越しに保を見据えて、こう言い放つ。 「やっと見つけた。もう絶対に逃がさない」 それから藍人は、混乱する保を囲い込もうと色々と動き始めて――

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。

ivy
BL
⭐︎毎朝更新⭐︎ 兄の身代わりで望まれぬ結婚を押しつけられたライネル。 冷たく「帰れ」と言われても、帰る家なんてない! 仕方なく寂れた村をもらい受け、前世の記憶を活かして“投資”で村おこしに挑戦することに。 宝石をぽりぽり食べるマスコット少年や、クセの強い職人たちに囲まれて、にぎやかな日々が始まる。 一方、彼を追い出したはずの旦那様は、いつの間にかライネルのがんばりに心を奪われていき──? 「村おこしと恋愛、どっちも想定外!?」 コミカルだけど甘い、投資×BLラブコメディ。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

処理中です...