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第八章 過去からの呼び声
76 終結
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朧月が、ようやくその煌めきを取り戻しつつあった。
島を包んでいた結界は崩壊し、祭壇を覆っていた瘴気も風に流されていく。
魔素の暴走の余波がようやく鎮まりつつある中――空にひと筋の光が走った。
空間が軋むように揺れ、鏡界が開く。
淡い青白い光に包まれて現れたのは、学術機関イシュ・アルマの執行官たちだった。
黒銀の詰襟の制服に、術式刻印の入った法具と規約書式を携えた彼らは、迷いなく大地に着地し、即座に行動を開始する。
その背後には、肩で息をつきながらも現場を見据えるカナメの姿があった。
「こちら執行局。術式座標、誤差ゼロ。全員、展開準備」
呪話による通信が矢継ぎ早に飛び交い、執行官たちは冷静に配置につく。
その手際は隙がなく、まるで長年訓練を積んだ戦術部隊のようだった。
「イシミネ……! スメラギ先生っ!!」
壊れた術式の中央に、レンとスメラギが身動きもせずにいた。
カナメが駆け寄ろうと足を踏み出した、その時だった。
執行官の一人がすっと前に出て、彼女を軽く制止する。
「危険域の可能性があります。ヒウラ・カナメ候補生、後方で待機を」
「……っ、はい……!」
彼女は一瞬だけ悔しそうに唇を噛み、けれどすぐに頷いた。
要請者であれ、彼女はまだ候補生。現場での判断は、あくまで執行官たちに委ねなければならない。
その間にも、ようやく神官たちが異変に気づき始めていた。
「なんだ……奴らは……!」
「結界が、……いつの間に!? どうしてここに、外部の人間が……!」
「術式解析完了。対象:星縫神宮関係者。呪詛構文の使用痕跡を確認。学術機関禁制目録への抵触を確認。拘束対象に指定」
執行官がひとつ呪符を掲げ、空間に光の紋様を刻んだ。
次の瞬間、足元から青白い術式が起動し、神官たちの身体を包むように拘束陣が展開される。
「ッ……ぐ……! 動け……! 我らは島の正当な祭祀者……! ホシハミ様の命に従ったまで!!」
「異議申し立ては後に。学術機関との管轄協定に基づき、現時点であなた方は“魂魄干渉ならびに禁術級呪詛の使用”の容疑者となります」
低く響くその声は、冷静で事務的だった。
だがそれ故に、現場に一切の言い逃れの余地を与えなかった。
神官たちは次々に拘束され、地に膝をつく。
術力を封じられ、抵抗はほとんど意味をなさない。
島巫女たちは保護下に置かれ、次第に淫術の催眠から解き放たれていく。
誰も死んでなどいない。ただ、術を奪われ、力を失ったのだ。
(……よかった……。イシミネ……誰も、殺してない……)
少し離れた場所からその様子を見守っていたカナメは、ようやく息を吐き、小さく胸を撫で下ろした。
血と瘴気に塗れたこの場で、レンはただ一人、“救う”という選択だけを選び抜いたのだ。やがて、執行官の一人が、壊れた祭壇の中心で膝をつく少年と、その膝に静かに横たわる男の姿に目を留める。
「……これは……精神感応……?」
レンは座ったまま、傷だらけの身体でスメラギを膝に抱えていた。
血に濡れた花嫁衣装の端が揺れ、彼の白い額がレンの膝に優しく預けられている。
その頭を、レンはまるで壊れものに触れるように支え、片手を添えるようにスメラギの額に触れていた。
――あたかも祈るように。
あるいは、何かを分け合うように。
彼らを包む空気は、ただならぬものだった。
淡い魔素のゆらぎがふたりのあいだを行き来し、深層領域への霊的な接続を示している。
「霊魂同期現象です。対象者、現在深層階に接続中。干渉は非推奨と判断」
「では、保護結界を展開。外部からの干渉を最小限に抑えろ」
即座に術師たちが動き、ふたりを包むように淡い光の繭が形成された。
遮断ではない。それは、ただ静かに――
“触れてはならない神聖なもの”を守るための結界だった。
カナメはその光の中に座るレンの姿を見つめた。
スメラギの命を、意識を、まるで自分の手で取り戻そうとするように。
彼は今、ただ黙って、祈りと呼ぶにはあまりにも強い意志で――繋がっていた。
「……先生……イシミネ……」
カナメはそっと目を伏せる。
胸の奥に湧き上がる不安と、それでも信じたいという祈りが入り混じる。
両腕を握りしめながら、彼女は静かに、ふたりの魂が無事に還ることを願っていた。
島を包んでいた結界は崩壊し、祭壇を覆っていた瘴気も風に流されていく。
魔素の暴走の余波がようやく鎮まりつつある中――空にひと筋の光が走った。
空間が軋むように揺れ、鏡界が開く。
淡い青白い光に包まれて現れたのは、学術機関イシュ・アルマの執行官たちだった。
黒銀の詰襟の制服に、術式刻印の入った法具と規約書式を携えた彼らは、迷いなく大地に着地し、即座に行動を開始する。
その背後には、肩で息をつきながらも現場を見据えるカナメの姿があった。
「こちら執行局。術式座標、誤差ゼロ。全員、展開準備」
呪話による通信が矢継ぎ早に飛び交い、執行官たちは冷静に配置につく。
その手際は隙がなく、まるで長年訓練を積んだ戦術部隊のようだった。
「イシミネ……! スメラギ先生っ!!」
壊れた術式の中央に、レンとスメラギが身動きもせずにいた。
カナメが駆け寄ろうと足を踏み出した、その時だった。
執行官の一人がすっと前に出て、彼女を軽く制止する。
「危険域の可能性があります。ヒウラ・カナメ候補生、後方で待機を」
「……っ、はい……!」
彼女は一瞬だけ悔しそうに唇を噛み、けれどすぐに頷いた。
要請者であれ、彼女はまだ候補生。現場での判断は、あくまで執行官たちに委ねなければならない。
その間にも、ようやく神官たちが異変に気づき始めていた。
「なんだ……奴らは……!」
「結界が、……いつの間に!? どうしてここに、外部の人間が……!」
「術式解析完了。対象:星縫神宮関係者。呪詛構文の使用痕跡を確認。学術機関禁制目録への抵触を確認。拘束対象に指定」
執行官がひとつ呪符を掲げ、空間に光の紋様を刻んだ。
次の瞬間、足元から青白い術式が起動し、神官たちの身体を包むように拘束陣が展開される。
「ッ……ぐ……! 動け……! 我らは島の正当な祭祀者……! ホシハミ様の命に従ったまで!!」
「異議申し立ては後に。学術機関との管轄協定に基づき、現時点であなた方は“魂魄干渉ならびに禁術級呪詛の使用”の容疑者となります」
低く響くその声は、冷静で事務的だった。
だがそれ故に、現場に一切の言い逃れの余地を与えなかった。
神官たちは次々に拘束され、地に膝をつく。
術力を封じられ、抵抗はほとんど意味をなさない。
島巫女たちは保護下に置かれ、次第に淫術の催眠から解き放たれていく。
誰も死んでなどいない。ただ、術を奪われ、力を失ったのだ。
(……よかった……。イシミネ……誰も、殺してない……)
少し離れた場所からその様子を見守っていたカナメは、ようやく息を吐き、小さく胸を撫で下ろした。
血と瘴気に塗れたこの場で、レンはただ一人、“救う”という選択だけを選び抜いたのだ。やがて、執行官の一人が、壊れた祭壇の中心で膝をつく少年と、その膝に静かに横たわる男の姿に目を留める。
「……これは……精神感応……?」
レンは座ったまま、傷だらけの身体でスメラギを膝に抱えていた。
血に濡れた花嫁衣装の端が揺れ、彼の白い額がレンの膝に優しく預けられている。
その頭を、レンはまるで壊れものに触れるように支え、片手を添えるようにスメラギの額に触れていた。
――あたかも祈るように。
あるいは、何かを分け合うように。
彼らを包む空気は、ただならぬものだった。
淡い魔素のゆらぎがふたりのあいだを行き来し、深層領域への霊的な接続を示している。
「霊魂同期現象です。対象者、現在深層階に接続中。干渉は非推奨と判断」
「では、保護結界を展開。外部からの干渉を最小限に抑えろ」
即座に術師たちが動き、ふたりを包むように淡い光の繭が形成された。
遮断ではない。それは、ただ静かに――
“触れてはならない神聖なもの”を守るための結界だった。
カナメはその光の中に座るレンの姿を見つめた。
スメラギの命を、意識を、まるで自分の手で取り戻そうとするように。
彼は今、ただ黙って、祈りと呼ぶにはあまりにも強い意志で――繋がっていた。
「……先生……イシミネ……」
カナメはそっと目を伏せる。
胸の奥に湧き上がる不安と、それでも信じたいという祈りが入り混じる。
両腕を握りしめながら、彼女は静かに、ふたりの魂が無事に還ることを願っていた。
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