88 / 109
第九章 語られるは、楔の呪い
80 答え合わせの時間
しおりを挟む
病室の窓はすでに白み始めていた。
淡い朝の光が、長く眠っていた部屋の空気をそっと暖めていく。アクタビの診療所は、相変わらず彼女らしい空気が漂っていた。
机の上には、前夜のまま置かれた茶のカップ。
その傍らには、古びた紙片――ある時代の神事の写しが無造作に広げられている。
「……目ぇ、覚めてたなら、声くらいかけてくれてもよかったのに」
アクタビがそう言って振り返ったとき、ミナトはすでに椅子に腰掛けていた。
その姿勢は穏やかで、手にはまだ湯気の立つ茶を大切そうに持っている。
「かける必要があるか、考えていた」
「考えすぎ。……ま、あんたらしいけどさ」
⸻
アクタビは片手で髪をかきあげ、紙片を手に取った。
それは、古の祭儀の記録。学術的にも詳細は謎に包まれた、ある神事の写しだ。
「あの星縫――“儀式の最後に姿を消した存在”がいたって、記されてる」
「……知っている」
「記録には、“中心を担っていた者が唐突に消え、儀式は途中で崩壊した”って。
……でもね、アタシにはどうしても釈然としないんだよ。
あの場に居合わせた人間が、誰ひとり口を開かなかった。
全員、生き残ってるはずなのにね」
ミナトは茶を口に運び、静かに目を伏せた。
「……俺の中には、空白がある」
「ふうん?覚えてない、のか。……それとも、“思い出したくない”のか?」
茶の表面が、ほんのわずかに揺れた。
そのわずかな動きに、アクタビは息を呑む。
「……どちらかを、選ばねばならないか?」
「アタシは“友達”として訊いてるんだよ、スメラギ。
……神獣のいう花嫁が“お前”だったのかどうかを」
ミナトは返事をしない。ただ一口、茶を飲み干す。
その沈黙が、いっそう重く部屋に響いた。
「……まぁ、いっか。答えは、いつか出るでしょ。
自分の中で、ちゃんと認めたときにでも」
そしてそのとき――
診療所の扉が静かに叩かれた。
ミナトがゆっくりと目を伏せ、唇を引き締める。
「おや……思ったより早いじゃないか」
アクタビは立ち上がり、茶碗を片付けながら言った。
「さあ、幕が上がるよ。物語の続き――答え合わせの時間だ」
淡い朝の光が、長く眠っていた部屋の空気をそっと暖めていく。アクタビの診療所は、相変わらず彼女らしい空気が漂っていた。
机の上には、前夜のまま置かれた茶のカップ。
その傍らには、古びた紙片――ある時代の神事の写しが無造作に広げられている。
「……目ぇ、覚めてたなら、声くらいかけてくれてもよかったのに」
アクタビがそう言って振り返ったとき、ミナトはすでに椅子に腰掛けていた。
その姿勢は穏やかで、手にはまだ湯気の立つ茶を大切そうに持っている。
「かける必要があるか、考えていた」
「考えすぎ。……ま、あんたらしいけどさ」
⸻
アクタビは片手で髪をかきあげ、紙片を手に取った。
それは、古の祭儀の記録。学術的にも詳細は謎に包まれた、ある神事の写しだ。
「あの星縫――“儀式の最後に姿を消した存在”がいたって、記されてる」
「……知っている」
「記録には、“中心を担っていた者が唐突に消え、儀式は途中で崩壊した”って。
……でもね、アタシにはどうしても釈然としないんだよ。
あの場に居合わせた人間が、誰ひとり口を開かなかった。
全員、生き残ってるはずなのにね」
ミナトは茶を口に運び、静かに目を伏せた。
「……俺の中には、空白がある」
「ふうん?覚えてない、のか。……それとも、“思い出したくない”のか?」
茶の表面が、ほんのわずかに揺れた。
そのわずかな動きに、アクタビは息を呑む。
「……どちらかを、選ばねばならないか?」
「アタシは“友達”として訊いてるんだよ、スメラギ。
……神獣のいう花嫁が“お前”だったのかどうかを」
ミナトは返事をしない。ただ一口、茶を飲み干す。
その沈黙が、いっそう重く部屋に響いた。
「……まぁ、いっか。答えは、いつか出るでしょ。
自分の中で、ちゃんと認めたときにでも」
そしてそのとき――
診療所の扉が静かに叩かれた。
ミナトがゆっくりと目を伏せ、唇を引き締める。
「おや……思ったより早いじゃないか」
アクタビは立ち上がり、茶碗を片付けながら言った。
「さあ、幕が上がるよ。物語の続き――答え合わせの時間だ」
0
あなたにおすすめの小説
嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま
中洲める
BL
錬金術をこよなく愛する転生者アッシュ・クロイツ。
両親の死をきっかけにクロイツ男爵領を乗っ取った叔父は、正統な後継者の僕を邪魔に思い取引相手の辺境伯へ婚約者として押し付けた。
故郷を追い出された僕が向かった先辺境グラフィカ領は、なんと薬草の楽園!!!
様々な種類の薬草が植えられた広い畑に、たくさんの未知の素材!
僕の錬金術師スイッチが入りテンションMAX!
ワクワクした気持ちで屋敷に向かうと初対面を果たした辺境伯婚約者オリバーは、「忙しいから君に構ってる暇はない。好きにしろ」と、顔も上げずに冷たく言い放つ。
うむ、好きにしていいなら好きにさせて貰おうじゃないか!
僕は屋敷を飛び出し、素材豊富なこの土地で大好きな錬金術の腕を思い切り奮う。
そうしてニ年後。
領地でいい薬を作ると評判の錬金術師となった僕と辺境伯オリバーは再び対面する。
え? 辺境伯様、僕に惚れたの? 今更でしょ。
関係ここからやり直し?できる?
Rには*ついてます。
後半に色々あるので注意事項がある時は前書きに入れておきます。
ムーンライトにも同時投稿中
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!
野原 耳子
BL
★執着溺愛系イケメン俳優α×平凡なカメラマンΩ
平凡なオメガである保(たもつ)は、ある日テレビで見たイケメン俳優が自分の『運命』だと気付くが、
どうせ結ばれない恋だと思って、速攻で諦めることにする。
数年後、テレビカメラマンとなった保は、生放送番組で運命である藍人(あいと)と初めて出会う。
きっと自分の存在に気付くことはないだろうと思っていたのに、
生放送中、藍人はカメラ越しに保を見据えて、こう言い放つ。
「やっと見つけた。もう絶対に逃がさない」
それから藍人は、混乱する保を囲い込もうと色々と動き始めて――
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。
ivy
BL
⭐︎毎朝更新⭐︎
兄の身代わりで望まれぬ結婚を押しつけられたライネル。
冷たく「帰れ」と言われても、帰る家なんてない!
仕方なく寂れた村をもらい受け、前世の記憶を活かして“投資”で村おこしに挑戦することに。
宝石をぽりぽり食べるマスコット少年や、クセの強い職人たちに囲まれて、にぎやかな日々が始まる。
一方、彼を追い出したはずの旦那様は、いつの間にかライネルのがんばりに心を奪われていき──?
「村おこしと恋愛、どっちも想定外!?」
コミカルだけど甘い、投資×BLラブコメディ。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる