星降る庭で、きみを見た

夜灯 狐火

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第九章 語られるは、楔の呪い

81 魔法の言葉

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 古い木製の扉が軋む音を立てて、ゆっくりと開かれた。
 外の光が差し込み、まだ眠っている空気を淡く揺らす。

「……失礼します」

 扉を開けたのはレンだった。
 その背後にはカナメとキュウビ。三人とも硬い表情で並び、まるで法廷に立つ証人のような空気をまとっていた。

 レンが先頭に立ち、続いてキュウビ、カナメの順に部屋に足を踏み入れる。
 誰も言葉を発さず、ただその視線だけが、奥の椅子に腰掛けた男に向けられていた。

 スメラギは彼らの様子を黙ってみていた。
 その姿は、穏やかなようで、どこか遠い。
 紅茶のカップを手にしながら、彼はただ静かに三人を迎えていた。
 アクタビは一歩下がった位置で壁にもたれ、何も言わずにその場の空気を見守っている。

 しばらくの沈黙。
 一瞬のような、永遠のような、耐え難い時間が流れる。

 スメラギは何も語らない。
 アクタビも若者達の次の一手を待ち構えているように、動かなかった。

 最初に口を開いたのは、レンだった。

「先生……、あのっ、」

 その言葉を遮ったのは、キュウビだった。
 言いかけたレンを長い手で静止すると、一歩前に進み出る。

「……ミナト、正直に答えろ。お前は何者だ」

 その声はいつもよりもずっと低く、深く抑えた怒気を孕んでいた。

 スメラギは、すぐには答えなかった。
 やがて視線を向けて、まるで機械的に、平坦に言った。

「何者、とは? お前の師であったこと以外、何かあるか?」

「すっとぼけてんじゃねぇよ!!」

 怒声が部屋を打った。

 キュウビは拳を握りしめ、さらに前へ。足取りすらも苛立ちを含んでいた。

八咫烏ミツアシがいろいろ調べさせてもらった。
 大社跡に残された研究の断片、魂魄の痕跡……全部、通常の封印術ではありえねぇ精度と深度だった。
 魔素の残滓も、一致した。“あのとき”の、あんたの魔素とな」

「……」

「国立博物館で暴れたアプダの魔女が使ってた古代式魔術もな。術式痕を解析したら、あんたが使う構文とほぼ一致した。
 その場で即座に対応できたのは、同じ術式を知ってたからだろ」

 レンが息を呑む。

「それから、四百年前の“星縫”の儀式。伝承によれば、花嫁は逃げおおせた。
 その花嫁が使ったとされるのが氷結の大魔法。“逢魔氷獄”。それは……あんたが最も得意とする術だ!!」

 ミナトの目がわずかに揺れる。

「おかしいよな?逢魔氷獄は、あんたが構築し完成させたあんただけの氷結秘技だって話だろ!!」

 キュウビはなおも言葉を重ねようとしたが、今度はカナメが前へ出た。

「先生、私からも……訊かせてください」

 その声は震えていたが、真っ直ぐだった。

「ヒウラ・クウガは、記録上、四人の弟子を持っていたとされています。
 けれど、それではどうしても辻褄が合わない記録が、いくつもあるんです」

「いくつかの古文書では、“第五の弟子”の存在が仄めかされている。
 でも、その名前も、存在そのものも抹消されている。……最初から“いなかったことにされたように”」

 一拍置いて、カナメは言った。

「その“消された弟子”こそが……あなたなのではないかと。
 私には、そうとしか思えないんです」

 沈黙。

 カナメはさらに続けた。

「なぜなら、先生――あなたの詠唱構文は、すべてヒウラ・クウガが使役したと記録に残る術式と一致しています」

「発動順序、呪的重ね構造、魂魄への干渉形式――細部に至るまで、まったく同じなんです。
 でも、それは本来、現代魔術では再現不可能なはず。
 構文が残っていても、“再現するための思考形”そのものが継承されていない。
 つまり、私たちでは“意味を理解できない”ものなんです」

「だから私はずっと、先生は古代魔術に造詣が深いから使えるんだと思ってた。
 けれど、違う。そんな知識だけで再現できる構文じゃないんです。
 根本的に、“不可能”なんです、後世の人間には」

 彼女の瞳が揺らがずにミナトを射抜いた。

「でも、先生は“初めから知っていた”。
 まるで、その時代を生きていたかのように……」

 部屋の中が、音もなく静まった。
 緊張と確信と、わずかな祈りが、言葉の端々に宿っていた。

「あんた達……この短期間でよくそこまで調べたね」
 アクタビが素直に感心する。千年前の偉人の記録を事細かに調べ上げ、精査し、仮説を組み立てるには相当な労力を要したことだろう。

 だがミナトは、何も答えなかった。

 その沈黙が、逆にすべてを肯定しているようにも思えた。
 部屋の空気が凍る。
 誰も、息をのまない。
 代わりに、沈黙が満ちていく。

「……」

 ミナトは視線を伏せたまま、口を開かない。
 喉が、張り付くように乾いていた。

 それは、「言いたくない」ではなかった。
「言ってしまえば、戻れなくなる」――そのことを、彼が誰よりもわかっていたからだ。




 ――それでも、信じ続けられるか?




 今もなお、スメラギ・ミナトを縛りつける、“魔法の言葉”。

 彼は観念したように、大きく息を吐いた。
 長く、重く、痛みを溶かすように。


「……消されたわけじゃない」
 静かな声が、ようやく沈黙を裂く。





「俺は――最初から、あの人の弟子なんかじゃなかった」

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