星降る庭で、きみを見た

夜灯 狐火

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第九章 語られるは、楔の呪い

83 それは世界を繋ぎ止めるための

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 術式は、完璧に機能するはずだった。
 何度も構築し、何重にも検証し、失敗の余地は潰した。
 クウガ先生の魔術理論なら、それは成し遂げられるはずだった。
 完全で、美しく、非の打ちどころのない魔術構文。

 けれど――そこで、誤算が起きた。

 術式を展開している最中に、邪魔が入った。

 
「……ただ、あの人の、力になりたいと……」


 たったそれだけのことで……駆け寄ってしまった、俺自身だ。

 スメラギの薄い唇から、自嘲のような吐息が零れた。

「……愚かな、俺が、全部壊したんだ」

 沈黙が、重く張り詰めていた。
 スメラギは喉を詰まらせたように、言葉を飲み込んでいた。

「俺のせいで……術式は不完全なまま……もう、クウガ先生の魔素は……残されていなかった」

 言葉を継ぐたび、部屋の空気がじわじわと冷えていくようだった。

 術式は失敗だった。
 封印の要なるはずの「扉」は顕現せず、
 逆に、術式によって加速された磁気嵐が空を引き裂いた。

 次元の裂け目は収束するどころか、より深く、より広く、侵蝕を強めていった。

「何も……知らなかったんだ」

 ただ、あの人を救いたいと、それだけだった。
 自分を孤独から救ってくれた、たったひとりの人。
 親のような人。……大切な人、だったから。……でも――

「……だから、あの人は――」

 呻くような、かすれ声だった。
 そこまで言いかけて、言葉が喉で詰まった。

 ⸻

 ミナトの顔色が、明らかに悪くなっていた。
 口唇は青ざめ、微かに震えている。
 握りしめた拳の指先は、血の気を失って白くなっていた。

 それでも、彼は言葉を止めない。

 語らなければならないと――
 自らの過ちを認めねばならないと――

 その罪を、赦されぬまま背負い続けてきたスメラギはいま、そのすべてを口にする覚悟を抱えていた。


 ⸻


 彼の絶望も、怒りも――
 想像を絶するものだったはずだ。

 世界の危機を前に、自身の命を賭して構築された禁術。
 長い時間をかけて組み上げられた、あの巨大な術式。
 彼一人の両肩に、世界を救うという想いと重圧。責任が、すべてのしかかっていた。

 だが――術式は、展開しなかった。

 術式の対価とされるはずだった俺の命だけが――ただ一つ、生き残っていた。

 因果が深まれば深まるほど、魔術はより大きな“対価”を要求する。
 対価を果たさぬまま術式を完遂するなど、不可能に等しかった。

 展開された術式。その範囲に、術者以外の“代価”が生き残っていた。
 だから、術は……不完全に終わったのだ。

 ミナトは、苦しげに唇を噛んだ。
 喉の奥で、吐き出しきれない何かが渦巻いていた。

「……だから、あの人は……クウガ、先生はッ……」

 言葉が途中でかすれた。

「……もはや、世界を繋ぎ止めるには、楔が必要だった」

 視線は、誰にも向いていない。
 ただ遥か遠く、千年前の空を見ているかのようだった。

「……扉を、永久に結びつけるための――“楔”が」

 その声は、誰かに語りかけているというよりも、
 ただ、自分自身の記憶を、呪いのように呼び起こしているかのようだった。


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