星降る庭で、きみを見た

夜灯 狐火

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第九章 語られるは、楔の呪い

84 俺は、初めから、

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「封魂連鎖術式」
 ――本来、完成に至らなかった術式を“後から”成立させるための禁術だ。

 本来ならば、術式の成立と同時に“対価”として支払われるはずだった命。
 もしもそれが、偶然に、あるいは不完全なかたちで生き残ってしまったとき――
 術の構造には“欠損”が生じる。

 それを補うために、因果の“差分”を測定し、
 遅れて“命”を捧げ直すことで、術式の連鎖因果を無理やり補正する。

 それが、封魂連鎖術式――
 完成に至らなかった奇跡を、後から成立させるための、最終手段。

 クウガ先生は、そんな最悪の事態すら想定していた。
 あの人らしい、用意と覚悟のすべてだった。
 どれほどの未来を見据えていたのか――それを思うと、ただ、胸が苦しくなる。


 足りなかった犠牲を、あとから差し出すことで、術は完成する。
 けれどそれは、一度術式が破綻したのちに、魂を強引に結び直す荒療治だ。
 命そのものを、術の枷に繋ぎ止める。


 ――永久に“在り続ける”存在として。


 それが、“楔”。


 そして、その術式において、最も強く求められる対価は──



「術を使うものにとって……最も、忌み嫌われた、……命」



 その言葉を呟いた瞬間、スメラギの顔が、わずかに歪んだ。

 それは――これまで一切感情を表に出さなかった彼が、
 初めて見せた、明確な“悲しみ”の色だった。

 自分を責めるでも、誰かを恨むでもない。
 ただひたすらに、悲しくて、切なくて、どこまでも孤独な――そんな表情だった。

 誰もが言葉を失った。
 その表情に、触れてはならない何かを感じた。
 だから、誰も口を開けなかった。


 スメラギの声だけが、静かに、沈むように落ちていく。


「……クウガ先生にとって俺は、……、初めから、……弟子でも、……何でも無かった、……」

 指先が、かすかに震えていた。
 声に込められた想いよりも、その震えが何より雄弁に、彼の本心を語っていた。

「俺が、全部……、初めからいなければ……、先生は死ぬことも無かった……」

 唇を噛む音が聞こえた。
 まるで吐き出される言葉一つ一つが、己の肉体を裂いているような痛みだった。
 背中は小さく丸まり、まるでこの世界から逃げるように。

「俺は……世界の裏切り者だ……」

 その言葉は、音として放たれると同時に、すべてを断ち切るような沈黙を呼び込んだ。
 彼の声は今にも崩れそうで、それでもなお、彼は語ろうとしていた。
 まるで――自分自身に罰を下すように。


「……彼は、正しかった。世界を守るために、世界を裏切った忌むべき俺を選んだ。……何も、間違ってない」

 その言葉が落ちた瞬間だった。

「……彼は、正しかった」

 ぽつりと、呟くように。
 一呼吸置いたあと、ミナトの唇がかすかに開く。
 その目には焦点がない。

「クウガ先生は……何も、間違ってなんか……ッ」

 彼の中で、何かが弾けたようだった。
 ふいに目を見開き、息を荒げ、体がわずかに痙攣する。

 手が震えている。
 肩が上下し、呼吸が早くなる。
 肌が青白くなり、冷や汗が頬を伝う。

「……間違ってない……あの人は……間違えない……クウガ先生は……俺が……、全部っ、……俺さえ、いなければっ……」

 繰り返す言葉は、まるで祈りのようで、呪いのようだった。
 だがそのどれもが、理性の制御を失っている。

 唇が戦慄き、呼吸が浅く早い。もはや過呼吸の域だった。


「もういいっ!」


 レンが駆け寄った。
 ミナトの身体を受け止めたその瞬間、あまりの軽さに息を呑む。

 骨ばっていて、冷たくて、脆い。
 微かに震えて、まるで小さな鳥のようだった。

「……ミナトさん、もういい!!もうやめてっ!!……っ、もう、十分だから……!」

 言葉が震える。
 ミナトはそれでも、語ろうとする。
 息を吸い、唇を震わせ、まだ罪を――自分の罪を口にしようとする。

「ミナトさん……!」

 レンはその身体を、強く、強く抱き締めた。

「もう……誰にも説明なんてしなくていい。……俺が、全部わかってるから。……ミナトさん、もう、いいよ」

 静かに、しかし確かに届いたその声に――

 何かが、はらりと、剥がれる音がした。

 張り詰めていた心の糸が、ぷつりと切れる音がした。

 ――赦されたわけじゃない。
 でも、受け止められた。

 ミナトの表情が、ふっと緩む。

 ゆっくりと、彼の手が、レンの背に回される。
 弱々しく、それでも確かにそこにあった温もりが、少しだけ返される。

 ⸻

 そのまま、ミナトは言葉を紡ぐことなく、レンの胸元で意識を落とす。
 ゆっくりと、眠るように。

「大丈夫……っ、もう大丈夫だから……喋らなくていい……っ」

 抱きしめながら囁くレンの声は震えていた。
 それでも、その腕の中には、限界寸前まで追い詰められた一人の男がいた。
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