星降る庭で、きみを見た

夜灯 狐火

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第十章 これからのこと

94 千年の恋

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 そして──
 ふたりは、次のエリアへと歩みを進めていく。

 光と水の幻想のなか。
 想いを胸に隠したまま、それでも確かに“今”を共にしながら。


 ⸻

「わぁ……ここ……」

 最後にたどり着いたのは、水族館の中央にある、ひときわ巨大な水槽だった。

 ドーム状に広がるガラスの奥には、まるで海の楽園のような世界が広がっている。
 鮮やかな珊瑚が森のように立ち並び、その隙間を縫うように、無数の小さな魚たちが光の粒となって舞っていた。

 中でも目を引いたのは、一組のつがい──
 ぴたりと寄り添って泳ぐ、美しい魚のペアだった。

 水槽の前に掲げられたプレートには、こう記されている。

「セレリオ・ペアフィッシュ」
 ──一度つがいになれば、生涯を共にする。
 片割れを失った方は、しばらくののち、静かに命を終える。

「……へぇ。こんな魚が……」

 レンは足を止め、しばらくその説明を読みながら、つがいの魚たちを見つめた。
 透明なヒレをひるがえし、ぴたりと同じリズムで泳ぐ姿は、まるで意思を持っているかのようだった。

「一生、たった一人の相手を愛し抜くって……素敵だな……」

 呟いた声は、静かで優しかった。けれど、その音の底には、言いようのない切なさがにじんでいた。

 ふと、横を見る。

 ガラスの青い反射の中、隣に立つスメラギの横顔が映る。
 彼もまた、黙って水槽を見つめていた。
 表情は読み取れない。けれどその瞳には、どこか遠くの記憶をたどっているような陰りがあった。

(……俺も、先生に“好き”って、言えたらな)

 胸の奥に、ふいにそんな言葉が浮かぶ。
 でも──言えなかった。

 喉が詰まりそうになって、言葉が出てこない。

 脳裏に、あの日の博物館の光景が浮かんでくる。
 英雄・ヒウラ・クウガの銅像を、誰よりも深い哀しみをたたえた目で見上げていた、スメラギの横顔。

(……先生は、あの人を……)

 今なら、分かる。

 あれは、尊敬や憧れなんかじゃない。
 誰かを心の底から想っていた人の目──あれは、恋の目だ。

(……ミナトさんは、英雄に恋してたんだ)

 心の奥が、きぃ……と軋んだ音を立てる。
 見えない何かが、ひび割れていくような痛み。

(……俺なんかが、敵うわけないじゃん)

 恋した相手に人間としての尊厳を奪われても、なお、彼の心には。

(千年も前から、心に住んでる人に……今さら、どうやって勝てばいいんだよ)

 レンは俯き、唇を強く噛んだ。
 気づけば、拳を握っていた。

(言えるわけ、ないよな。好きだなんて)

(先生の心を、これ以上、惑わせたくない)

 でも、胸の奥では違う声が叫んでいた。

(……もし、俺が、最初に出会っていたら。
 先生がそんな顔をする前に、俺が隣にいたら──あんな思い、絶対させなかったのに)

 悔しかった。
 ただ隣に立つことすら、許されていないような気がしてしまう。

(……悔しいよ。千年前の英雄になんて……勝てるわけない)

 水槽の中では、つがいの魚が、まるで一体であるかのように、ぴたりと重なるように泳ぎ続けていた。

 ——その姿は、あまりにも綺麗で、あまりにも、残酷だった。

 レンは静かに目を伏せる。
 その横で、スメラギもまた、水の向こうをじっと見つめていた。

 ふたりの間には、何も言葉がなかった。
 けれど、水の中の光だけが、そっとその沈黙を包み込んでいた。
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