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第十章 これからのこと
95 時よ、止まれ
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「……レン? どうした?」
ふいに降りてきた低く優しい声に、レンははっと顔を上げた。
スメラギが、わずかに身を屈めるようにして、そっと彼の横顔を覗き込んでいる。
(……ミナトさん)
いつの間にか俯いたまま、言葉を失っていたことに気づく。
「ん? ああ……なんでもないよ」
何気ないふうに笑ってみせたつもりだった。
けれど、自分でもわかる。声が少し、震えていた。
目の前の水槽では、波のように揺れる珊瑚の合間を、魚たちがふわり、ふわりと泳いでいる。
その幻想的な揺らめきに、自分の胸の内まで、ぐらぐらと不安定に揺れていくようだった。
スメラギの澄んだ星色の瞳が、じっとこちらを見ていた。
冷静な光の奥に、たしかな“気遣い”の温度が宿っている。
「……お魚、綺麗で。つい、見惚れちゃっただけだよ」
それは本当だった。
でも、それだけじゃない。
そう言ってしまった時点で、自分の胸の奥のざわつきが余計に大きくなる。
「……そうか。じゃあ、次、見に行くか?」
スメラギはそれ以上何も言わず、そっと目線を逸らして、歩き出す。
まるで、詮索をしないことが彼なりの優しさだとわかっているかのように。
レンは、その後ろ姿を見つめた。
(……先生)
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
気づけば、無意識のまま、歩き出したスメラギの手のひらに自分の手を重ねていた。
指先が触れた瞬間、スメラギの肩がわずかに震えた。
「……レン?」
少し驚いたような声。
(あ……っ)
「……ご、ごめん、つい……」
咄嗟に手を引こうとした、その指を──
スメラギは、やさしく、けれどしっかりと、絡め返してきた。
「……今だけだ。今だけ……だから」
その声は、とても静かだった。
まるで、自分自身に言い聞かせるように。
けれど、どこか決意のような、切実な響きがあった。
レンは、目を見開いた。
スメラギの手は、いつも通りひんやりとしていた。
でも、今はそれが、不思議とあたたかい。
(……嬉しい……)
言葉にはしないまま、ゆっくりと目を閉じる。
ふたりの指先は、青く照らされた月明かりのような照明の中で、珊瑚の枝のように絡み合っていた。
さっき見たばかりの“つがいの魚”が、水の中で寄り添って泳いでいた光景と、どこか重なって見えた。
水の音も、遠くのざわめきも、すべてが静かに遠のいていく。
この時間だけが、まるで止まったように、やさしく、ふたりを包み込んでいた。
(──こんな時間が、ずっと続けばいいのに)
そう思ってしまう自分がいた。
叶うはずがないことも、わかっているのに。
ふいに降りてきた低く優しい声に、レンははっと顔を上げた。
スメラギが、わずかに身を屈めるようにして、そっと彼の横顔を覗き込んでいる。
(……ミナトさん)
いつの間にか俯いたまま、言葉を失っていたことに気づく。
「ん? ああ……なんでもないよ」
何気ないふうに笑ってみせたつもりだった。
けれど、自分でもわかる。声が少し、震えていた。
目の前の水槽では、波のように揺れる珊瑚の合間を、魚たちがふわり、ふわりと泳いでいる。
その幻想的な揺らめきに、自分の胸の内まで、ぐらぐらと不安定に揺れていくようだった。
スメラギの澄んだ星色の瞳が、じっとこちらを見ていた。
冷静な光の奥に、たしかな“気遣い”の温度が宿っている。
「……お魚、綺麗で。つい、見惚れちゃっただけだよ」
それは本当だった。
でも、それだけじゃない。
そう言ってしまった時点で、自分の胸の奥のざわつきが余計に大きくなる。
「……そうか。じゃあ、次、見に行くか?」
スメラギはそれ以上何も言わず、そっと目線を逸らして、歩き出す。
まるで、詮索をしないことが彼なりの優しさだとわかっているかのように。
レンは、その後ろ姿を見つめた。
(……先生)
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
気づけば、無意識のまま、歩き出したスメラギの手のひらに自分の手を重ねていた。
指先が触れた瞬間、スメラギの肩がわずかに震えた。
「……レン?」
少し驚いたような声。
(あ……っ)
「……ご、ごめん、つい……」
咄嗟に手を引こうとした、その指を──
スメラギは、やさしく、けれどしっかりと、絡め返してきた。
「……今だけだ。今だけ……だから」
その声は、とても静かだった。
まるで、自分自身に言い聞かせるように。
けれど、どこか決意のような、切実な響きがあった。
レンは、目を見開いた。
スメラギの手は、いつも通りひんやりとしていた。
でも、今はそれが、不思議とあたたかい。
(……嬉しい……)
言葉にはしないまま、ゆっくりと目を閉じる。
ふたりの指先は、青く照らされた月明かりのような照明の中で、珊瑚の枝のように絡み合っていた。
さっき見たばかりの“つがいの魚”が、水の中で寄り添って泳いでいた光景と、どこか重なって見えた。
水の音も、遠くのざわめきも、すべてが静かに遠のいていく。
この時間だけが、まるで止まったように、やさしく、ふたりを包み込んでいた。
(──こんな時間が、ずっと続けばいいのに)
そう思ってしまう自分がいた。
叶うはずがないことも、わかっているのに。
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