星降る庭で、きみを見た

夜灯 狐火

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第十章 これからのこと

96 木漏れ日の喫茶店

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 ──幻想のような水族館をあとにして。
 ふたりは、ゆっくりとした足取りで街の中を歩いていた。

 それから少し。スメラギがレンを連れて行ったのは、緑に覆われた裏路地の奥──
 街の喧騒からすっと切り離されたような、木漏れ日のこぼれる小さな空間だった。

 そこに佇む一軒の喫茶店。看板もない、まるで植物園のようなその場所は、
 見過ごしてしまいそうなほど静かで、それでいて不思議な存在感を放っている。

「えっ……ここ、お店……?」

 思わずレンがそう呟くと、スメラギは扉を押して言った。

「元・退魔師が営んでいる。選ばれた者しか見つけられない、隠れ家のような場所だよ。……魔術の話も、心配ない」

 そうして一歩足を踏み入れた瞬間──

 レンの視界は、柔らかな緑に包まれた。

 店内はまるで温室の中のようだった。
 壁一面を覆うツタや観葉植物、天井から吊るされたドライフラワー、木漏れ日を透かすレースのカーテン。
 ところどころに野草や季節の草花がそっと活けられており、席のひとつひとつが自然の景色の中に埋もれている。

「……すごい……!」

 思わず声が漏れたレンの胸に、またひとつ、“かっこいい”という思いが芽生える。

(もう……連れてくる場所までお洒落とか、なんなの……!)

 気持ちが落ち着くどころか、また別の意味でざわざわしていた。

 スメラギはレンのそんな様子を空腹のせいと受け取り、ふと微笑みながら言った。

「………レン。お腹、空いたんじゃないのか? 好きなもの、頼みなさい」

「えっ……でも俺、あんまり……今、お小遣いなくて」

 遠慮がちに言うと、スメラギはレンを見つめる瞳に微かな光を宿し、そっと微笑んだ。

「……気にするな。今日は、誘ってくれただろう? そのお礼」

「…………っ!」

 その一言に、胸がぎゅっとなった。
 レンは黙って頷くと、差し出されたメニューをおずおずと受け取る。

 ──それが、まるで“魔法の書”でも開いたかのように、視界いっぱいに美味しそうな料理が広がっていた。

 ⸻

 ・カフェのメニュー(抜粋)
  • 森のオムライスプレート
 完熟トマトと野菜のコンフィチュールを使った、深みのある赤いソース。
 エディブルフラワーと香草のサラダを添えて。まるで一皿の草原。
  • 自家製ジンジャーエール(フレッシュミント添え)
 はじける生姜の香りと、優しい甘み。ほんのりシナモンの余韻が残る、食中にもぴったりの一杯。
  • アールグレイ〈ヴィオレ・ブルー〉
 青い矢車菊の花びらを浮かべた、香り高い甘口ブレンド。
 ベルガモットとほんのり蜂蜜のような天鵞絨(ビロード)のような舌触り。

 ⸻

「うう、美味しそう……」

 レンはメニューを抱えながら、生唾を飲み込んだ。

 そして結局、選んだのは──

「えっと……“森のオムライスプレート”と、自家製のジンジャーエール……にします」

 レンがそう伝えると、スメラギは静かに頷き、
 自分用に「ヴィオレ・ブルー」のアールグレイをホットで注文した。

 間もなく運ばれてきた料理は、まさに一皿の小さな庭園だった。

「なにこれ……うまっ……!」

 トマトソースの酸味と甘みが絶妙で、ライスにはほのかにローズマリーの香り。
 レンは夢中でスプーンを運び、彩り鮮やかなサラダとともに頬張った。

「口に合って良かった」

 スメラギはと言えば──
 青い花びらが浮かぶ紅茶に目を落とし、湯気と香りを胸に吸い込むようにして、ゆっくりとカップを口に運ぶ。

 その動作の刹那、指先の黒曜石の指輪が、淡い光に照らされてきらりと光った。

 ──その輝きを見つめながら、レンは、ふと思った。

(……この人は、やっぱり綺麗だ)

 どこを切り取っても、“隙がない”。
 それなのに、今この時間は、自分のためにある──そう思えてしまう。

(……俺、もっと……もっとちゃんとした男になりたい)

 レンは胸の奥で、静かにそう願っていた。
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