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閑話~カルティ王国第3王女、ルナ・カルティ~
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チラチラと時計を横目で見る。
紙面に筆を走らせているように見せながら、心で窮屈な状況に悲鳴を上げていた。何であの時計、グズグズとしか動かないのかしら? 古いから壊れてるんじゃないの? 段々イライラが募ってくる。
――ボーン……
願いがかなったように、やっと時計が時間を告げる。やったわ! やっとお勉強が終わった!
――と、思ったのに、
「さ、ルナ王女様、今度はキーランド語のお時間です」
家庭教師は、新たにまたドサドサと、教本を目の前に積む。
「まだやるの!? もう1時間やったでしょ、十分じゃない!!」
「まだ1時間、です。今度のパーティに、アーリア殿とご参加なさりたいのでしょう? キーランド語も出来ないのかと恥をかいてしまいますよ。ご婚約者様もお頑張りなのですから……」
「うるさい!」
「きゃあっ!?」
したり顔に腹が立って、近くにあった花瓶を掴んで中身をぶちまけてやった。……何怯えた顔で見てくるのよ? イライラさせるそっちが悪いのよ!
せっかく面倒な奴(レオン)がいなくなったのに、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの?
と、怒りのまま足を振り下ろそうとしたら……。
「聞いてはいたけどここまでとはね」
この声は!
慌てて足を下ろしてドアの方を見ると、整った顔に、蛇のような印象を与える三白眼。すらりとした長身を軍服に包んだ女――ステラお姉さまが、扉に寄りかかるようにして立っていた。私の足下で家庭教師が、まるで女神様を見るような目で見ている。
「ス、ステラお姉さま……勝手に入ってこないで!」
私が怒鳴ったけど、お姉さまは呆れたように肩をすくめているだけ。
「悲鳴が聞こえりゃ入るだろーが。……大丈夫か、ジャミル伯爵夫人?」
そして家庭教師の名前を呼んで、手を差し伸べている。なんでよ! 姉妹なんだからまず私を気遣うべきでしょ!
……私の周りにいる人は、誰でもこうだ。
お母様やお姉さま達だけじゃない、あの男。――レオン・マクガイヤだって、
いっくら怒鳴ってやって、公衆で叩きまくってやってもアイツはしぶとくしつこく言い続けた。
“今の言いようでは、伝わりません”
“そんな時はこうしてみたらいかがでしょう?”
って私のする事にいちいちケチを付けてくる。
人のアラにはやたら気付くのに、私がその度にどれだけ苛ついていたのかだけ、ちっとも分からない鈍感男。
お母様に気に入られているからだけじゃない。私はアイツが、心の奥から大っ嫌いだ!
――うるさい、うるさい!
わたしに命令するな指示するな! あんたなんか、半分平民のくせに!
何度もそう言っては叩いてやったわ。“半分平民”って言ったらすごく傷付いた顔をした。だから何度も言ってやったわ。当然でしょ?
と。そんな回想に浸っている間も、家庭教師とお姉さまは話をしていたみたい。
青い顔をした女――さっきお姉さまが“ジャミル伯爵夫人”って言っていた。この女(ヒト)そんな身分だったんだ。興味なかったから知らなかったけど。
そのジャミル伯爵夫人は、
「大変申し上げにくいのですが、出来ればこれからは騎士様に同席して頂きたく。こんな乱暴な真似をされたら耐えられません!」
キィキィとお姉様に訴えた。
「分かった。これからは必ず誰かを付ける。女王陛下には私からお伝えしておこう」
「ありがとうございます!」
「……レオン殿は耐えていたがな」
ステラお姉さまがギロリ、と睨み付けたら、ジャミル伯爵夫人はビクリ、と肩を強ばらせて俯いた。そして口の中でモゴモゴと言葉を転がす。
「お、お相手が王女様でしたし……わ、わたくしでは、どうする事も……ですから、仕方なしに」
「はいはい、今日は取りあえず帰っとくれ。……あんた達、伯爵夫人を手当して差し上げてくれ」
最後の言葉は侍女達にかけられたものだろう。
ずぶ濡れの女は、お姉さまが言い終わらない内に、ササッと逃げるように去って行った。
「お前って7つか10の餓鬼ん頃から、全然進歩してないのな」
荒れた部屋をメイド達が片付けている間、わたくしとステラお姉さまはテーブルを挟んで向き合っていた。
ステラお姉さまは恐い。騎士団の団長なんて野蛮なお仕事についてからはもっと恐くなった。
「権力争いから外れている気楽な身分だが、だからって限度があるぞ。お前も王家の一員なんだからな」
「――わたくし、何も悪い事などしてません。レオンやあの教師が悪いのですわ」
何とか言った一言なのに、お姉さまはやれやれ、って感じに肩を竦めるだけだ。
「そうやって周りにばかり責任を押しつけるのも限度があるぞ。……いいか、ルナ」
蛇のような目がわたくしをジッと見つめる。冷たくて鋭い、生理的な恐怖が湧き上がり、わたくしは喉から悲鳴が出そうになる。
「お母様は女王陛下だ。この国にとって害になると判断されたら即処分される。それは身内である私らだって例外じゃない」
「そ、それが、今どうして、出て来るんですの?」
「――あまり勝手な事をしてたら、お母様がお前を勘当するかも知れない、ってことだ」
か、勘当? この、わたくしが??
「ま、あの婚約者殿とせいぜい頑張ってみるんだな。思い合ってる奴同士だ。多少ポンコツでも形になるかも知れねぇし」
「アーリアを馬鹿にしないで頂戴!」
恐怖より怒りが先に来て怒鳴ってしまう。けどステラお姉さまはますます冷たい目で見下ろすと、ぐい、とわたくしの喉を下から押し上げた。見下ろしたところに冷たい棒のようなものがある。お姉さまが愛用している鞭の柄、だった。
恐怖と屈辱を感じて睨み返そうとしたら。――更に冷たい目で見下ろされてギク、と身が竦んだ。冷たい声が頭上から振ってくる。
「それが出来なきゃ、当日は適当にどこかに閉じ込めておけ。駄犬を繋いで見張っている位、お前だって出来るだろ?」
紙面に筆を走らせているように見せながら、心で窮屈な状況に悲鳴を上げていた。何であの時計、グズグズとしか動かないのかしら? 古いから壊れてるんじゃないの? 段々イライラが募ってくる。
――ボーン……
願いがかなったように、やっと時計が時間を告げる。やったわ! やっとお勉強が終わった!
――と、思ったのに、
「さ、ルナ王女様、今度はキーランド語のお時間です」
家庭教師は、新たにまたドサドサと、教本を目の前に積む。
「まだやるの!? もう1時間やったでしょ、十分じゃない!!」
「まだ1時間、です。今度のパーティに、アーリア殿とご参加なさりたいのでしょう? キーランド語も出来ないのかと恥をかいてしまいますよ。ご婚約者様もお頑張りなのですから……」
「うるさい!」
「きゃあっ!?」
したり顔に腹が立って、近くにあった花瓶を掴んで中身をぶちまけてやった。……何怯えた顔で見てくるのよ? イライラさせるそっちが悪いのよ!
せっかく面倒な奴(レオン)がいなくなったのに、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの?
と、怒りのまま足を振り下ろそうとしたら……。
「聞いてはいたけどここまでとはね」
この声は!
慌てて足を下ろしてドアの方を見ると、整った顔に、蛇のような印象を与える三白眼。すらりとした長身を軍服に包んだ女――ステラお姉さまが、扉に寄りかかるようにして立っていた。私の足下で家庭教師が、まるで女神様を見るような目で見ている。
「ス、ステラお姉さま……勝手に入ってこないで!」
私が怒鳴ったけど、お姉さまは呆れたように肩をすくめているだけ。
「悲鳴が聞こえりゃ入るだろーが。……大丈夫か、ジャミル伯爵夫人?」
そして家庭教師の名前を呼んで、手を差し伸べている。なんでよ! 姉妹なんだからまず私を気遣うべきでしょ!
……私の周りにいる人は、誰でもこうだ。
お母様やお姉さま達だけじゃない、あの男。――レオン・マクガイヤだって、
いっくら怒鳴ってやって、公衆で叩きまくってやってもアイツはしぶとくしつこく言い続けた。
“今の言いようでは、伝わりません”
“そんな時はこうしてみたらいかがでしょう?”
って私のする事にいちいちケチを付けてくる。
人のアラにはやたら気付くのに、私がその度にどれだけ苛ついていたのかだけ、ちっとも分からない鈍感男。
お母様に気に入られているからだけじゃない。私はアイツが、心の奥から大っ嫌いだ!
――うるさい、うるさい!
わたしに命令するな指示するな! あんたなんか、半分平民のくせに!
何度もそう言っては叩いてやったわ。“半分平民”って言ったらすごく傷付いた顔をした。だから何度も言ってやったわ。当然でしょ?
と。そんな回想に浸っている間も、家庭教師とお姉さまは話をしていたみたい。
青い顔をした女――さっきお姉さまが“ジャミル伯爵夫人”って言っていた。この女(ヒト)そんな身分だったんだ。興味なかったから知らなかったけど。
そのジャミル伯爵夫人は、
「大変申し上げにくいのですが、出来ればこれからは騎士様に同席して頂きたく。こんな乱暴な真似をされたら耐えられません!」
キィキィとお姉様に訴えた。
「分かった。これからは必ず誰かを付ける。女王陛下には私からお伝えしておこう」
「ありがとうございます!」
「……レオン殿は耐えていたがな」
ステラお姉さまがギロリ、と睨み付けたら、ジャミル伯爵夫人はビクリ、と肩を強ばらせて俯いた。そして口の中でモゴモゴと言葉を転がす。
「お、お相手が王女様でしたし……わ、わたくしでは、どうする事も……ですから、仕方なしに」
「はいはい、今日は取りあえず帰っとくれ。……あんた達、伯爵夫人を手当して差し上げてくれ」
最後の言葉は侍女達にかけられたものだろう。
ずぶ濡れの女は、お姉さまが言い終わらない内に、ササッと逃げるように去って行った。
「お前って7つか10の餓鬼ん頃から、全然進歩してないのな」
荒れた部屋をメイド達が片付けている間、わたくしとステラお姉さまはテーブルを挟んで向き合っていた。
ステラお姉さまは恐い。騎士団の団長なんて野蛮なお仕事についてからはもっと恐くなった。
「権力争いから外れている気楽な身分だが、だからって限度があるぞ。お前も王家の一員なんだからな」
「――わたくし、何も悪い事などしてません。レオンやあの教師が悪いのですわ」
何とか言った一言なのに、お姉さまはやれやれ、って感じに肩を竦めるだけだ。
「そうやって周りにばかり責任を押しつけるのも限度があるぞ。……いいか、ルナ」
蛇のような目がわたくしをジッと見つめる。冷たくて鋭い、生理的な恐怖が湧き上がり、わたくしは喉から悲鳴が出そうになる。
「お母様は女王陛下だ。この国にとって害になると判断されたら即処分される。それは身内である私らだって例外じゃない」
「そ、それが、今どうして、出て来るんですの?」
「――あまり勝手な事をしてたら、お母様がお前を勘当するかも知れない、ってことだ」
か、勘当? この、わたくしが??
「ま、あの婚約者殿とせいぜい頑張ってみるんだな。思い合ってる奴同士だ。多少ポンコツでも形になるかも知れねぇし」
「アーリアを馬鹿にしないで頂戴!」
恐怖より怒りが先に来て怒鳴ってしまう。けどステラお姉さまはますます冷たい目で見下ろすと、ぐい、とわたくしの喉を下から押し上げた。見下ろしたところに冷たい棒のようなものがある。お姉さまが愛用している鞭の柄、だった。
恐怖と屈辱を感じて睨み返そうとしたら。――更に冷たい目で見下ろされてギク、と身が竦んだ。冷たい声が頭上から振ってくる。
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