【完結】王太子は元婚約者から逃走する

みけの

文字の大きさ
5 / 15

逃げても無駄

しおりを挟む
「!?」
背後から聞こえる声に振り返って、ギョ! と目を見開く。
突き飛ばした筈のセレナが、すぐ近くまで追いついて来ていたのだ。
ドレスをものともしない、風のような早さでセレナは私を追っている。巨体の顔にある小さい目が、絶対に逃がすものか、と騙っている。
 あ、あんなデブなのに、どうして早いんだ!? と思うと同時に先程の公爵の言葉が頭に浮かんだ。

――娘は貴方様を離しはしない、貴方様がではなく、娘の方が離さないのです。……そう、どんな事があろうと。

セレナは……私の愛するセレナは、私を愛するが故に、狂気に走った。
あの言葉の意味は、そういう事だったのだ。
な、なら公爵もあんまりだろう! このような事態になるのなら何故面会を許可した?
私は王太子! この国の次期王なのだぞ! 娘が可愛かろうが私を優先するべきだろう!!
だがそんな悪態を吐く余裕はない。頭を絞めているのは恐怖心だけだ。


「はあ、はあ……っ」
何とか屋敷の外に出て、庭園の影に身を潜ませていた。大きな植え込みの影に身を潜め、疲れた体を休ませる。
セレナを何とか巻いたが……ここから馬車のある処まで人目を避けて進まねばならない。使用人が助けてくれると思っていたのに奴らは私を見ても

「まあお嬢様! 王太子殿下と寄りを戻されたのですね!」
「鬼ごっこですか? 微笑ましいですわ……!」
「我々も負けられませんね! よっお2人さん♪」
「こら、おめでたい事でも止めなさい、不敬でしょ?』

と、何やら微笑ましい笑顔で会話するだけで、丸っきり私を救おうとしなかった。
どうなっているのだ、公爵家は? ――と言うかこの屋敷、こんなに複雑だったか? 
セレナの婚約者として幼い頃から良く来ていたから、ある程度構造は把握している。ただ帰り道を行けばいい筈なのに、来た筈の廊下がなかったりエントランスに向かっていたのがいつの間にか元の場所に戻っていたり……。

 「おんやぁー? こげなトコに人がいっだよ」
頭上から声が振ってくる。
ハッと顔を上げると、白髪頭でシワだらけの老人がいた。前掛けと長靴を身につけているから庭師だろう。
「だ、黙っていろ! 隠れてるんだ」
焦りつつ小声で言うが、庭師は首を傾げ手の平を耳にかざし、こちらに向ける。
「はぁー?」
「! お、大声を出すな! 気付かれるだろう……!」
だがヤツはそれも分からないようで、
「はぁぁー!?」
大声で聞き返してくる。……ちっ、耳が遠いのか!
「だから! 黙っていろと!!」
「見つけましたわ、殿下!!」
「おんやぁ、お嬢様かぁ?」
「ぴゃああ!!」
邸内から、セレナにロックオンされてしまった。
しまった! つい苛ついて大声が……!!
巨体が私めがけて突進してくる。私ははね上がるようにして起き上がり、こちらに弾丸のように突進してくるデブ……じゃない! セレナを、すんでの所で避けた。
そして……。
「た、助けてくれぇええええ!!」
叫びながら逃げた。

 「どうなさいました殿下? まだずいぶんと早いですが……」
もはや体力を搾り取られた体でやっと馬車の前に来た私を、馭者が呑気に出迎える。
「逃げ……いや、城へ戻るぞ、今すぐ!!」
「? は、はい」
必死に訴える私に目を丸くしつつも、用意してくれる様にホッとする。
――私にも、味方がいたのだな。
「? 取りあえずお乗り下さい」

こうしている間にも忌まわしい足音が……近付いてくる!
ダダダダダ!
 というか……ずっと走り続ける程の体力が、どこから湧いてくる!?
男の私でもヘトヘトだと言うのに!
……悪鬼だ。
ゾクリ、と背筋が冷たくなる。
セレナは……悪鬼に取り憑かれたのだ……。
 ならば……私が逃げるのは正しい。私が結ばれたいのは淑女の鑑である、公爵令嬢のセレナだ。悪鬼ではない。逃走する私は正しい。
「殿下! お待ちになってぇ~! わたくし達は結ばれるしかないのですよ~!!」
「ひいっ! は、早く行ってくれぇー!!」
「?……承知いたしました」
 私が乗り込んだと同時に、馬車が走り出す。
セレナの『殿下ぁ!』という声を遠くに感じ、ふーっと息をついた。
……助かった……!

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

氷の薔薇は砕け散る

ファンタジー
『氷の薔薇』と呼ばれる公爵令嬢シルビア・メイソン。 彼女の人生は順風満帆といえた。 しかしルキシュ王立学園最終年最終学期に王宮に呼び出され……。 ※小説になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

不器量令嬢は、婚約破棄の断罪が面倒くさい

あんど もあ
ファンタジー
不器量なマルグリットは、婚約者の美しい第一王子からずっと容姿を貶められる日々。とうとう王立学園の卒業パーティーで王子に婚約破棄を宣言され、「王子から解放される! それいいかも!」となったが、続く断罪が面倒くさくて他の人に丸投げする事にする。

ある幸運な伯爵夫人の話

オレンジ方解石
ファンタジー
 ブランシュの従姉は物語のような婚約破棄、そして魅力的な貴公子からの求婚を受けて、幸せな結婚をした。  社交界で誰からも「幸せな伯爵夫人」と讃えられる従姉。 「物語のような出来事が本当に起きると、ローズは信じてしまったのよ。愚かなことに」  その従姉が、ブランシュにだけ話した寝物語とは――――

処理中です...