禁踏区

nami

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5章 陰と陽

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 夜明けが訪れた。
 長い探索にも耐えられるように、私達はしっかりと準備する。何が起こるかわからないということで、それぞれのバッグの中に懐中電灯、塩を詰めた袋を入れた。

 私達は何度も何度もお礼を言って、天津さんの家を後にした。

「お前達の無事を祈っておるからな……」

 天津さんは見えない目で懸命に私達の姿を捉えながら、いつまでも見送ってくれた。

 狭間ノ國跡地へと続くトンネルまでやって来た。
 手早く蔦を払い除け、妨げになっている注連縄を慎重に外して侵入する。

 私達の手首にはそれぞれ数珠が嵌められている。
 夜中、天津さんが作成していたものだ。呪詛返しを得意とした呪い師が作ったお守りである。とても心強くて嬉しい餞別だ。

 餞別はもう1つある。
 地図だ。狭間ノ國の全体図が描かれたものである。

 巻物状になっているその古地図は、相当に古いものらしく、紙面はひどく黄ばんでいた。
 墨で描かれているようだが、湿気にやられてしまったのか、滲んでところどころ読めなくなっているところもあった。

 トンネルを抜けた先に広がっている集落は“形代置場”と記されていた。
 形代の正体を知ってしまったせいだ。その文字が目に飛び込んでくるなり、苦味を伴った嫌な気分が胸一杯に広がった。
 形代置場などとは呼びたくないので、やはり集落と呼ぼうと皆で決めた。

 集落を南として、反対側──地図上では北側にあたる場所に、月宮邸と月読邸が確認できる。
 2つの屋敷の配置は、太陰太極図たいいんたいきょくずを思わせる。陰陽道を基礎にして派生したという話だから、そのためかもしれない。

 しかしながら、仕える呪い師の家が増え、その彼らも屋敷に住まわせていた。彼らの部屋を増やすために無計画に増改築を繰り返したことによって、屋敷の形状は大きく変わってしまっているという。
 ゆえに、この屋敷の形は今となっては当てにならないそうだ。

 屋敷の北側に五角形の建物が確認できる。
 ここが、呪いの儀式を執り行っていた場所らしい。

 おそらく、夢の中で──月宮伊吹と邂逅した場所だろう。
 天津さんは“呪堂ずどう”と呼んでいた。ちなみに駆け出しの呪い師であった天津さんは入ったことがなかったという。

 どのようなことをするのかわからないけれど、人間を呪具とするのだ。
 きっと陰惨極まるものだったに違いない。
 あの、月宮伊吹が行っていたことのような──。

 今は亡き3人の頭を筐に詰めさせられたことを思い出してしまい、胃液が上がってきそうになった。

 呪堂の北には湖がある。
 “贄ヶ淵にえがふち”と呼ばれ、儀式を終え、役目を果たした形代を沈めて贄として捧げていた場所らしい。
 無念の死を遂げた形代──集落の者達が何千と沈められたことだろう。凄まじい怨念が渦巻いていそうだ。
 ここも、呪堂も、できることなら近づきたくはない……。


 トンネルを抜けると、不気味に静まり返る朽ちた集落が出迎える。
 3度目の来訪になるとはいえ、やはり慣れない。


「えっ?」


 私と美伽の声がぴったりときれいに重なった。


 一瞬だけ、集落の者達が生活している様子が再現されたのだ。


「な、何今の……。幻……?」

「何人もの残留思念が集まって見せたものかもしれない。もうこの程度じゃ驚かないさ」

 言われてみればそうだ。ここでは、常識というものは役に立たない。

 それにしても、意外と子供も多かったんだな……。

 次々と仲間が連れていかれるということで、大人達の表情は暗い影が落ちていたが、子供はその逆だ。キラキラと眩しいばかりの笑顔で遊んでいるようだった。

 その光輝く笑顔が、大人達の顔に落ちている影を、より際立たせているようにも見えた。

 この地に住む者の末路を考えると……。何も知らない子供達が不憫だ、と──。

 屋敷の方へと向かう。

「よし、もう一度目的を確認しておこうか」

 真人さんは歩きながら、いただいた古地図を広げた。


 目的はひとつ──八雲さんの魂を救うこと。


 それを達成することができたら、私達に施されている呪いは自ずと解かれるだろう。

 そのためにすることは、どこかにあるであろう八雲さんの亡骸を見つけだし、丁寧に弔うことだ。

 しかし、ただ弔うだけでは不充分である。
 どれだけ丁寧に弔ったとしても、彼にとって私達は赤の他人でしかない。
 その無念を完全に拭い去ってあげることはできないだろう。


 八雲さんの、今際の際の言葉を思い出す。



 ──せめて……君の顔を見て……終わりたかった……。


 ──……沙雪…………。



 一番の未練は、やはり沙雪さんにあると思われる。

 だが、沙雪さんは既に亡くなっている。
 逢わせてあげることはできない。

 だから、屋敷の敷地内に建てられた霊廟にあるという、彼女のお墓の中に一緒に埋葬してあげようということになった。
 最愛の女性と眠りにつくことで、彼を蝕む陰の──怨嗟の情を浄化できるのでは。そんな考えからたどり着いた結論だ。

 確実に効果がある……かはわからない。
 でも現状、これが私達にできる精一杯のことだ。

「月宮家の霊廟はここだ。八雲さんの亡骸を発見したら、ここに運ぶんだ」

 真人さんは月宮邸の裏庭に描かれた正方形を指した。

「八雲さんの亡骸は、どこにあるんでしょうね……?」

「わからない……。が、月宮邸のどこかに隠されていると思う」

 月読邸には隠し部屋が存在していたと、天津さんは言っていた。
 呪いの中には“禁術”と呼ばれる禁忌の存在もあるらしく、そういったものを隠すために造られていたらしい。……もっとも、人間を犠牲にする時点で禁忌の存在と言えなくもないが……。
 他にも、裏切り者を拷問にかける血生臭い場所もあったとか……。
 これは月読邸の話であるが、きっと月宮邸にも同じような部屋は存在していたことだろう。


 月宮家の家紋である逆さ五芒星が掲げられた門が見えてきた。

「そういえばさ、ちょっと引っ掛かることがあるんだけど」

 美伽が切り出した。私も真人さんも彼女を見る。

「八雲さんは月読家の人だったんでしょ? で、月読家の家紋は普通の五芒星だって天津さん言ってたじゃない。なのに、あたし達の胸に浮かび上がるのはどうして逆さ五芒星なんだろうね……?」

「あ……」

 言われてみればそうだ。
 私は考えてみるが、さすがにわからなかった。
 真人さんの渋い表情を見るに、彼にも見当がつかないようだ。

 だけど、1つの可能性として、

「家紋とは関係がなく、呪いの種類によるものかもしれない」

 
 門を開き、玄関の方へと進んでいく。
 玄関の前にたどり着いた時だ。

 過去視が始まった──。


 △▼△


 月宮邸の前に集められているのは集落の者達だ。
 とにかく多い。全員が集められているのかもしれない。

 集められた者達は皆、青ざめて怯えている。
 その怯え方は尋常じゃない。

 ……けれど、無理もない。
 あんなものが置かれていたら……。

 玄関の脇に停められているのは、重量感のある木製の荷車。
 その荷台に無造作に積み上げられているのは、なた

『月宮様の新しい当主様が、おら達に一体なんの用だろうな?』

『ああ、おっかねえ……! 跡目を継がれた伊吹様という御方は“人の皮を被った鬼”っちゅう噂じゃ!』

『あの鉈を見ろ。ついに、おら達を皆殺しにするんだろうか?』

『捕って喰うつもりかもしれん……』

『…………しっ、いらっしゃったぞ』

 人々は沈黙し、縮こまるようにこうべを垂れる。



『お前達、自由の身になりたくはないか?』



 人々の前に立つなり、月宮伊吹はよく通る声で呼び掛けた。
 集められた者達は恐る恐る顔を上げ、呆然と発言者を見ている。

 月宮伊吹は笑んだ顔で、人々の出方を待っているようだ。
 そこに狂気は存在しない。
 ただひたすらに妖しい魅力を秘めるだけの表情。目を細めると、その漆黒の瞳は少しだけ潤んだように見え、妙な色気となって見る者を捕らえて離さない気がした。
 彼の本性を知らなかったなら、私も魅了されていたかもしれない。


 長いこと静寂が続いたが、

『……ほ、本当に……解放して……くれるんですか……?』

 おずおずと、1人の男性が言った。
 月宮伊吹は笑みをさらに深め、

『約束しよう』

 人々からざわめきが生まれる。その種類は喜び。
 生気のない目が、みるみるうちに生き生きと輝き始める。
 

『──ただし』


 水を差す一言。
 人々の目に宿った輝きが、再び翳った。


『自由の身になれるのは、お前達の中から1人だけだ』


 大きく膨らみつつあった希望が、米粒程度の大きさにまで萎んでしまったようだ。
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