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6章 済度
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塊を全て食らい尽くした月宮伊吹は静かに立ち上がった。
その口許は、真っ赤に染まっている。
まさに、人の姿をした鬼だ。
心の内に住まわせていた鬼達に、体を乗っ取られた。
──そういう風に見えた。
口許に付着した血液を法衣の袖で拭うと、月宮伊吹は桟橋の方へと歩いていく。
『これで準備は整った。さあ、仕上げだ』
桟橋の先端に立ち、恍惚とした表情を浮かべる月宮伊吹。
穏やかに風が吹き、濡れ色の髪がさらりとなびいた。
『月読八雲よ、貴様がくたばって今日で7日目だな。人は死後7日目に三途の川を渡ると言われているが、貴様も渡っている最中か? 待っていろ、今から俺がこの世に連れ戻してくれる』
月宮伊吹の唇の両端が、残酷に邪悪に吊り上げられる。
『そうして何十年……何百年……いや、この世が果てるまで、この地に縛り付けてくれよう。貴様は永遠にこの世をさまようことになるのだ。だが、たださまようわけではない。沙雪をよみがえらせるためにも、貴様には贄を集めてもらうぞ。この地にいる全ての者どもを……これから先訪れるであろう者どもを……ことごとく殺め、その魂を集めるのだ』
長い独白を経て、月宮伊吹は笑い出す。
狂った哄笑が、いつまでも続く。
そして──
短刀を、自身の首の横に突き刺した。
頸動脈が切断されたらしく、鮮血が噴水のように吹き出す。
ゆっくりと前に倒れ、吸い込まれるように贄ヶ淵へと落ちた。
白い飛沫が派手に舞い砕ける。
元々赤っぽい湖面が、より赤みを増した気がした。
△▼△
「狂ってる……」
今さらではあるが、言葉にせずにはいられなかった。
「え……?」
2人が怪訝な視線を投げ掛けてきた。
「月宮伊吹が成そうとしていることがわかったの。彼は、沙雪さんをよみがえらせようとしている……」
「何それ、矛盾してるよ。だって、自分は死んでるのに……。沙雪さんをよみがえらせても意味ないんじゃないの? というか、いくらすごい呪いだからって、死んだ人間をよみがえらせるなんてことが、本当にできるの……?」
「彼は、沙雪さんが自殺してしまったことで正気を失ってしまったのかもな。彼女への執着が彼を突き動かしていたんだろう。……もちろん、今も──」
勢いでここまで来てしまったわけだけど、問題の地下洞窟はどこから入るのだろうか。
桟橋の先端は贄ヶ淵の中央に位置する。そこからなら全体を見渡すことができるだろう。
大勢の犠牲者がここから流されたに違いない。
そして、月宮伊吹もここで命を絶った。よく見ると血痕のようなものが残っている気がした。
忌まわしい場所ゆえに怖気立ってしまうが、こらえてぐるりと見回していく。
「あれ、なんでしょうね?」
美伽が何かを発見したらしく指差した。
片隅の方にある植え込み──そこから注連縄らしきものが控えめに覗いている。
「あそこに入り口があるのかもな」
確かめに行ってみようと、贄ヶ淵の水際を回り込むようにして向かう。
その途中で、またも過去視が始まった。
△▼△
白い着物を着た女性が水際に立っている。
──沙雪さんであった。
その襟合わせは左前である。亡くなった人に着せる死に装束の合わせ方だ。
ということは、彼女はここで……。
その表情には、どこかためらいの色が帯びている気がする。
今から命を絶つ怖さから来るもの──?
いや、そうではなかった。
沙雪さんの心の声が聴こえてくる。
──八雲様、今から逢いに行きます……。
──…………けれど、あの人は私を受け入れてくれるだろうか──?
──穢れてしまった、私を……。
──穢い女と謗られるかもしれない……。
──お前の顔など二度と見たくないと、拒絶されるかもしれない……。
──けれど。
──それでも。
──私は御前様に逢いたいのです。
──そう、一目逢うだけでいい……。
葛藤に区切りをつけた沙雪さんは、両手を広げて贄ヶ淵へと飛び込んだ。
黄泉の国へと通じる穴に飛び込むように見えた──……。
△▼△
胸に氷柱を突き立てられた思いだ。
既に起こったこととはいえ、やはり命を絶つところを見せつけられると、冷たい痛みを覚えてしまう……。
植え込みを掻き分けて入ってみると、そこには井戸があった。
だが、ただの井戸ではないことは、その姿を見れば一目瞭然だ。
井戸の周りには、四角く注連縄が張り巡らされている。
蓋がされているわけだけど……いや、これは蓋というより栓だ。花崗岩で造られた、ワインの栓のようなものでしっかりと封印されている。
3人で開けようとするが、栓はびくともしない。見えているのは氷山の一角といったところのようで、かなり大きいのかもしれない。
「さすがに打つ手がないですね……」
「そうだな……。他の入り口があるかもしれないが、探す余裕はさすがにない……」
真人さんの言葉が刺激となり、私の頭の隅で小さな閃光が弾けた。
「……いえ、もしかしたら既に発見しているかもしれませんよ──」
私の言葉に、2人の目は驚きに丸くなった。
△▼△
「本当だ。確かに水が流れる音がするな……」
厳しく吹き付ける冷たい風に、真人さんの髪が乱れた。
ここは、八雲さんの亡骸があった隠された地下牢だ。
この隠し部屋も、相当な深さのところに造られている。
もしかすると、贄ヶ淵の地下に広がるという洞窟にも通じているかもしれない。
「2人とも、離れててくれ」
私と美伽を下がらせると、真人さんは適度な大きさの石を拾い、穴を広げるようにして壁を壊していく。
「よし、これで通れるだろ」
真人さんは慎重に壊した壁の奥へと踏み込む。私達も後に続く。
横穴が左右にどこまでも伸びている──という場所に出た。
「屋敷と贄ヶ淵の位置から考えると…………こっちだな」
真人さんはしばし地図とにらめっこをして、右方向の道を示した。
しばらく進むと、地面にうっすらと水が張ってきた。スニーカーの中に容赦なく水が染み込んでくる。
嫌な臭いで満ちている。水が停滞して腐った臭いかもしれない。
そんな汚水でスニーカーがぐっしょり濡れてしまった頃であった。
かなり開けた場所に到達した。
「参ったな……。こんなに分かれ道があるなんて……」
放射状に何方向も道が伸びている。
「迷ったら元も子もない。…………残念だけど引き返……」
断腸の思いという面持ちで真人さんは判断を下すが、そこに、美伽が悲鳴を被せてきた。
「れっ……霊が……!」
分かれ道の1つに、燐光のような光をまとう人影──。
白い着物を着た女性だ。
軽く俯き、虚ろさを滲ませて佇んでいる。
顔の半分は髪に覆われ隠れていた。
「…………沙雪さん……?」
呟く私。
その呟きに応えるように、女性の霊──沙雪さんはゆっくりと右腕を前に差し出すと、小さい手招きを1度だけした。
その口許は、真っ赤に染まっている。
まさに、人の姿をした鬼だ。
心の内に住まわせていた鬼達に、体を乗っ取られた。
──そういう風に見えた。
口許に付着した血液を法衣の袖で拭うと、月宮伊吹は桟橋の方へと歩いていく。
『これで準備は整った。さあ、仕上げだ』
桟橋の先端に立ち、恍惚とした表情を浮かべる月宮伊吹。
穏やかに風が吹き、濡れ色の髪がさらりとなびいた。
『月読八雲よ、貴様がくたばって今日で7日目だな。人は死後7日目に三途の川を渡ると言われているが、貴様も渡っている最中か? 待っていろ、今から俺がこの世に連れ戻してくれる』
月宮伊吹の唇の両端が、残酷に邪悪に吊り上げられる。
『そうして何十年……何百年……いや、この世が果てるまで、この地に縛り付けてくれよう。貴様は永遠にこの世をさまようことになるのだ。だが、たださまようわけではない。沙雪をよみがえらせるためにも、貴様には贄を集めてもらうぞ。この地にいる全ての者どもを……これから先訪れるであろう者どもを……ことごとく殺め、その魂を集めるのだ』
長い独白を経て、月宮伊吹は笑い出す。
狂った哄笑が、いつまでも続く。
そして──
短刀を、自身の首の横に突き刺した。
頸動脈が切断されたらしく、鮮血が噴水のように吹き出す。
ゆっくりと前に倒れ、吸い込まれるように贄ヶ淵へと落ちた。
白い飛沫が派手に舞い砕ける。
元々赤っぽい湖面が、より赤みを増した気がした。
△▼△
「狂ってる……」
今さらではあるが、言葉にせずにはいられなかった。
「え……?」
2人が怪訝な視線を投げ掛けてきた。
「月宮伊吹が成そうとしていることがわかったの。彼は、沙雪さんをよみがえらせようとしている……」
「何それ、矛盾してるよ。だって、自分は死んでるのに……。沙雪さんをよみがえらせても意味ないんじゃないの? というか、いくらすごい呪いだからって、死んだ人間をよみがえらせるなんてことが、本当にできるの……?」
「彼は、沙雪さんが自殺してしまったことで正気を失ってしまったのかもな。彼女への執着が彼を突き動かしていたんだろう。……もちろん、今も──」
勢いでここまで来てしまったわけだけど、問題の地下洞窟はどこから入るのだろうか。
桟橋の先端は贄ヶ淵の中央に位置する。そこからなら全体を見渡すことができるだろう。
大勢の犠牲者がここから流されたに違いない。
そして、月宮伊吹もここで命を絶った。よく見ると血痕のようなものが残っている気がした。
忌まわしい場所ゆえに怖気立ってしまうが、こらえてぐるりと見回していく。
「あれ、なんでしょうね?」
美伽が何かを発見したらしく指差した。
片隅の方にある植え込み──そこから注連縄らしきものが控えめに覗いている。
「あそこに入り口があるのかもな」
確かめに行ってみようと、贄ヶ淵の水際を回り込むようにして向かう。
その途中で、またも過去視が始まった。
△▼△
白い着物を着た女性が水際に立っている。
──沙雪さんであった。
その襟合わせは左前である。亡くなった人に着せる死に装束の合わせ方だ。
ということは、彼女はここで……。
その表情には、どこかためらいの色が帯びている気がする。
今から命を絶つ怖さから来るもの──?
いや、そうではなかった。
沙雪さんの心の声が聴こえてくる。
──八雲様、今から逢いに行きます……。
──…………けれど、あの人は私を受け入れてくれるだろうか──?
──穢れてしまった、私を……。
──穢い女と謗られるかもしれない……。
──お前の顔など二度と見たくないと、拒絶されるかもしれない……。
──けれど。
──それでも。
──私は御前様に逢いたいのです。
──そう、一目逢うだけでいい……。
葛藤に区切りをつけた沙雪さんは、両手を広げて贄ヶ淵へと飛び込んだ。
黄泉の国へと通じる穴に飛び込むように見えた──……。
△▼△
胸に氷柱を突き立てられた思いだ。
既に起こったこととはいえ、やはり命を絶つところを見せつけられると、冷たい痛みを覚えてしまう……。
植え込みを掻き分けて入ってみると、そこには井戸があった。
だが、ただの井戸ではないことは、その姿を見れば一目瞭然だ。
井戸の周りには、四角く注連縄が張り巡らされている。
蓋がされているわけだけど……いや、これは蓋というより栓だ。花崗岩で造られた、ワインの栓のようなものでしっかりと封印されている。
3人で開けようとするが、栓はびくともしない。見えているのは氷山の一角といったところのようで、かなり大きいのかもしれない。
「さすがに打つ手がないですね……」
「そうだな……。他の入り口があるかもしれないが、探す余裕はさすがにない……」
真人さんの言葉が刺激となり、私の頭の隅で小さな閃光が弾けた。
「……いえ、もしかしたら既に発見しているかもしれませんよ──」
私の言葉に、2人の目は驚きに丸くなった。
△▼△
「本当だ。確かに水が流れる音がするな……」
厳しく吹き付ける冷たい風に、真人さんの髪が乱れた。
ここは、八雲さんの亡骸があった隠された地下牢だ。
この隠し部屋も、相当な深さのところに造られている。
もしかすると、贄ヶ淵の地下に広がるという洞窟にも通じているかもしれない。
「2人とも、離れててくれ」
私と美伽を下がらせると、真人さんは適度な大きさの石を拾い、穴を広げるようにして壁を壊していく。
「よし、これで通れるだろ」
真人さんは慎重に壊した壁の奥へと踏み込む。私達も後に続く。
横穴が左右にどこまでも伸びている──という場所に出た。
「屋敷と贄ヶ淵の位置から考えると…………こっちだな」
真人さんはしばし地図とにらめっこをして、右方向の道を示した。
しばらく進むと、地面にうっすらと水が張ってきた。スニーカーの中に容赦なく水が染み込んでくる。
嫌な臭いで満ちている。水が停滞して腐った臭いかもしれない。
そんな汚水でスニーカーがぐっしょり濡れてしまった頃であった。
かなり開けた場所に到達した。
「参ったな……。こんなに分かれ道があるなんて……」
放射状に何方向も道が伸びている。
「迷ったら元も子もない。…………残念だけど引き返……」
断腸の思いという面持ちで真人さんは判断を下すが、そこに、美伽が悲鳴を被せてきた。
「れっ……霊が……!」
分かれ道の1つに、燐光のような光をまとう人影──。
白い着物を着た女性だ。
軽く俯き、虚ろさを滲ませて佇んでいる。
顔の半分は髪に覆われ隠れていた。
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