禁踏区

nami

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6章 済度

9

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『こちらへ……』



 か細い女性の声が、耳の中に滑り込んでくる。


 そして、彼女はスーっと消えていった。


「な、なんで沙雪さんが……?」

「……もしかしたら、彼女もこの地に縛られているのかもな。ほら、兄貴が言ってたろ。この土地で死んだ者は成仏することができないって。だから、死後の世界に行けないままでいるんじゃないかな」

「でもそれは、月宮伊吹の奴が禁呪を行ったからでしょう? 沙雪さんは奴が禁呪を行う前に亡くなったんじゃ……?」

「仏教の考え方になるけど、49日間は魂が今生と来世の境を迷っている状態にあるとされているんだ」

「あ、四十九日しじゅうくにちって言いますもんね。というか、そんなにかかるんですか……」

「そう。だから、彼女もこの地をさまよっているんじゃないかな。……推測でしかないけどね」

「ひどい! 八雲さんだけじゃなく、沙雪さんまで苦しめてるなんて。ほんとになんて奴なの!」

 私達は沙雪さんの導きに従い、進んでいく。
 分かれ道に差し掛かる度に、沙雪さんが現れ、先導するように正しい道と思しき方へ歩いていく姿を見せる。

 迷わずに済むのはありがたいと思う。
 けれど、心配の種も蒔かれたように感じる。そしてそれはあっという間に発芽し、急速に成長していく。
 うっすらと張っていた水が、進むほどに嵩を増し、いつの間にやらふくらはぎのところまで到達していたから。


 これ以上嵩が増さないことを祈りつつ、ざばざばと水を掻き分けて進んでいく。
 水の中を歩くのはなかなかに大変なことだ。思うように進まず歯がゆい。


 けれど、さらに進んでいくと段々と水位が下がってきて、うっすらと水が張る程度まで戻った。


 そして、とうとう──



「うっ……!」


 その光景を目の当たりにして、思わず私は口を押さえた。


 そこは、学校の教室くらいの広さだった。
 贄ヶ淵の水が流れ込んできているのか、滝にも似た音が聴こえるが、どこで流れているのかは確認できない。


 至るところに人の頭蓋が小山を作っている。


 開けた場所──その中央に死に装束を着た沙雪さんが佇んでいる。



『私を……見つけて…………』



 言い残して、彼女はスーっと消えてしまった。

 
「……よし、応えてあげるとしようか」

 私達は適当に小山を選ぶと、沙雪さんを見つけるべく行動を開始する、
 八雲さんの亡骸を回収した時は、特に何も思わなかったけれど、さすがに今回は頭蓋に触れるのがためらわれる。
 ……でも、やるしかない。

「あの……、こんなこと言うのもあれなんですけど、沙雪さんの遺体ってどれなんですかね? あたしには、どれも同じ頭蓋骨にしか見えないんですけど……」

 もっともな指摘を美伽が遠慮がちにした。

「見つかったら沙雪さんが教えてくれるさ、多分」

 頭蓋をひとつひとつ手に取り、あらゆる角度から見て確認する。
 凄絶な作業に早くもめげそうだ。


 どれくらい作業をしていただろう。


 白い吐息が、懐中電灯に照らされ、腕に触れる空気が冷たくなった。


 途端に、私の心臓はきゅうっと収縮した。


「ねえ、もしかして──!」

 美伽も異変を感じ取ったらしく動揺する。



    …………ヒタ…………




 流れる水の音に掻き消されることなく、その足音は聴こえた。


「どうしよう!?」

 半泣きで美伽が叫ぶ。

「諦めちゃ駄目だ! 奴が来る前に沙雪さんを見つければいいんだから」


 そうだ、私達はなんとしても生き延びるんだ!


 私達は作業の手を速める。



    …………ヒタ…………



   …………ヒタ…………



  …………ヒタ…………



 …………ヒタ…………



 …………ヒタ…………



 足音はどんどん大きくなっていく。



 そして──……




 パシャ……ッ!



 背後で水が跳ねる音。



 背中に突き立てられるのは、殺気──。



 振り返るとそこには、八雲さんの姿をした月宮伊吹がいた。



 絶望が私達を一呑みにする。



「真人、桐の箱を開けてくれ!」


 
 どこからともなく、澄人さんと栄一くんが現れた。
 真人さんは一瞬だけ唖然とした表情を見せるも、すぐに言われた通りにする。

「それから、沙雪さんの形代を入れてくれ」

 真人さんが形代を入れるのを確認すると、澄人さんは栄一くんに向かい、

「さあ栄一くん、行くよ!」

「うん! やくもお兄ちゃん、今助けるからね……!」

 栄一くんは、八雲さんの姿をしている月宮伊吹に向かって力強く宣言した。

 2人は輝く球体と変化し、桐の箱に飛び込んだ。



 カタカタカタカタ……ッ!



 完成した魔封じの筐が振動し始める。


 次に光を放ち始め、強く弱く明滅を繰返し──



 ゴオオオオオオッ!



「うわっ……!」



 突如、吹き荒ぶ風に私達は怯んだ。


「ねえ、見て!」


 反射的に八雲さんを──月宮伊吹の方を見る。


 八雲さん──月宮伊吹は苦しそうに捩ってもがいている。


「すごいッ! 効いてるよ!」

「頼む、このまま月宮伊吹を封じ込めてくれ……!」


 八雲さんの体から、黒い影のようなものが剥がれるように出てくる。


 きっと、これが月宮伊吹なんだ──!


 黒い影は徐々に八雲さんから剥がされていく。


 なおも八雲さん──月宮伊吹は苦しみもがいている。


 月宮伊吹を追い出そうと八雲さんが──

 八雲さんから追い出されまいと月宮伊吹が──


 闘っているんだ──!



 黒い影は剥がされ、今まさに、筐の中へと吸い込まれようとしている。



「負けないで、八雲さん!」



 思わず私は叫んでいた。


「頑張れ、八雲さん!」


「そんな奴にまけるなーーっ!」




 しかし──



 私達の願いも虚しく──



「そんな……嘘でしょ……?」



 魔封じの筐の威力が少しずつ弱まっていき……



 とうとう、効力は消えてしまった。



 効力が消えたことにより、分離しようとしていた黒い影は、しゅるしゅると八雲さんの体の中へと戻っていく。
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