禁踏区

nami

文字の大きさ
57 / 58
終章 夢現

1

しおりを挟む
 暗い……どこまでも暗い場所に、私の意識はあった。



 目を凝らしても、耳を澄ましても、何も見えなければ何も聴こえない……。



 私は、あのまま死んでしまったのだろうか──……?



 ……………………



 ………………



 …………



 ……あれ?



 絶対の闇が支配する空間の一点に、白い点がポツンと現れた。


 距離感がつかめないので、どれくらいの位置に発生したかはわからない。


 ものすごく遠くかもしれないし、すぐ近くかもしれない。



 その白い点が、少しずつ膨らんでいく。



 膨らんで……膨らんで……



 やがて、闇は白い世界へと姿を変えた。



 眩しい。


 その白の正体は、光──であった。
 
 
 
 …………声が、聴こえてきた──。
 
 
 
『僕達を救ってくれて、本当にありがとう。だからこそ、彼らには可哀想なことをしてしまったと思う。本当にすまない…………』
 
 
 
 八雲さんの声だ。
 
 
 そして、私の意識はふわりと舞い上がった。
 
 
 △▼△
 
 
 目を開けると、霞む視界が、人工的な白い天井を映した。
 
 
「凛!」
 
 
 男女の声が、驚いたように私の名を呼ぶ。
 そちらに顔を向けると、お父さんとお母さんがいた。2人は涙ぐんだ笑顔で私を見ていた。

 私達3人は、月隠村の山中で倒れていたところを、登山目的でやって来た人達に発見されたらしい。
 月隠村には入院施設がないため、ここ──長野県飯山市にある総合病院に搬送されたとのことだ。
 
 
 美伽も真人さんも生きている!
 
 
 それが何よりも嬉しかった。
 
 
 それにしても、東京在住の娘が長野県で発見されたのだ。両親はさぞ驚いたことだろう。
 心配かけてしまったことを、私はひたすら謝った。


「とにかく、凛が無事でよかったわ。3日も目を覚まさなくて心配したんだから」
 
「3日も……」
 
「あとで美伽ちゃんにも顔を見せてあげなくちゃね」
 
 お父さんが軽く咳払いをした。
 
「それはそうと、お前と美伽ちゃんと一緒にいた彼は一体誰だ?」
 
 硬い声で問われた。心なしか少し怒ったような顔をしている。
 
「東海林真人さんっていって、私達が通う高校のOBだよ」
 
 嘘は言ってない。
 けれど、それだけではお父さんは納得しなかった。「どんな関係なんだ?」と質問を重ねてくる。
 困った……。この質問には答えかねる。
 まさか、“逆さ五芒星の呪いを解くために、行動をともにしていた間柄”なんて説明したところで、信じてもらえるわけないから……。
 
「あなた、そんな詮索は後にしてちょうだいよ」
 
「そんなとはなんだ。大事なことだろう」
 
 お母さんにたしなめられても、お父さんはしつこい。
 
「いい加減にして。凛は疲れているのよ。今はゆっくり休ませる時でしょう」
 
 お母さんはお父さんを強引に連れて病室を出ていった。
 
 山で行き倒れていた私だ。
 目を覚ました私を待っていたのは、脳や体に異常がないか調べるための各種検査であった。
 異常がなければ、退院……ということになっている。
 
「さて、次でようやく最後か。えーと、心電図か……」
 
 検査プランが書かれている説明書を見て、私は独り言をこぼした。
 あちこちたらい回しにされているので、いい加減疲れてきた。
 
 
「上を全て脱いで、この台に仰向けになってください」
 
 看護師の指示に従い、病院で貸し出されているパジャマのボタンを外す。
 露になった胸には、もう何も浮かび上がっていない。
 完成しかけていた逆さ五芒星は、跡形もなく消えていた。
 
 検査の最中、八雲さんの言葉を思い出していた。
 
 
 
『彼らには可哀想なことをしてしまったと思う。本当にすまない…………』
 
 
 
 そうだ……。
 
 
 私達は6人いた。
 
 
 なのに、生き延びることができたのは、3人──……。
 
 
 未央さんも、柏原さんも、新井さんも、もうこの世にはいない……。
 
 
 その現実が、再び重くのし掛かってきた。
 
 
 あの地に魂を縛り付ける要因はなくなった。
 
 
 3人も今頃、死後の世界へと向かっているのだろうか──?
 
 
 無事、たどり着けますように……。
 
 
 私は彼らを思い浮かべて、黙祷を捧げた。


 検査が全て終了し、あとは結果を待つだけだ。
 私は美伽に会いにいくことにした。
 
 病室の名札を確かめる。ここで、間違いない。
 美伽の病室は、私の病室の斜向かいにあった。
 
 と、その時、美伽の病室のドアが開き、男の人が出てきた。
 美伽のお兄さんの和弥かずやさんだ。
 
「あ、凛ちゃん。もしかして美伽に会いに?」
 
「はい」
 
 途端に和弥さんの表情が曇った。
 和弥さんは「ちょっとこっちに」と、美伽の病室から少し離れた場所へ私を連れていく。
 
 そして、和弥さんの口から驚愕の事実が告げられた。
 
「……記憶喪失……ですか……?」
 
「うん……。一時的なものかもしれないけどね。周りのことはもちろん、自分の名前すらも覚えていないみたいなんだ……。だから多分、凛ちゃんのことも……」
 
「そんな……」
 
 それでも、会ってみないことには始まらない。
 ショックに打ちのめされる私だが、覚悟を決めて、美伽の病室に入った。
 
 美伽は上半身を起こして、外を眺めていた。
 
「美伽……」
 
「あの、あなたは……? ごめんなさい、お顔は知っているのですけど、名前の方が……」
 
「凛だよ」

 記憶を失った美伽は、とても丁寧な話し方をしていた。
 見た目は美伽なのに、それだけで別人のように見えた。
 
 やはり私のことも覚えていないようだ。
 けれど“顔は知っている”と言った。
 どうやら何もかも忘れてしまったわけではないらしい。そのことに安心を覚える。

 会話は弾まず、会話が途切れる度に、個室の病室内に重たい沈黙が垂れ込める。
 
「あ、私、何か飲み物を買ってくるよ」
 
「そうですか。すみません、ありがとうございます」
 
 いたたまれず、私は逃げるように病室を出た。
 自販機は休憩所にあるとのことで、そこへ向かう。
 
 その自販機は、美伽が大好きな炭酸飲料があるメーカーだった。
 好物で刺激を与えれば、記憶がいくらか戻るかもしれない。
 そう期待を込め、美伽の分はその炭酸飲料にした。
 
 
「お待たせ。はい、これ」
 
 美伽は受け取った缶ジュースを物珍しそうに見ていて、口をつけようとしない。
 
「それ、美伽が好きなやつだったんだけど……」
 
「そうなのですか? すみませんが、これはどのようにして飲むのでしょう……?」
 
 美伽は開け方がわからないようだ。これも、記憶を失った弊害か……。
 蓋を開けてあげた。ようやく美伽は缶ジュースに口をつける。
 すると、美伽は驚いたようにジュースを噴き出した。
 
「だ、大丈夫?」
 
「ごめんなさい。口の中が痺れるようでしたから……」
 
 まるで炭酸飲料を初めて口にしたような言い様であった。
 
 
 内心で激しい動揺を抱えながら、私は美伽の病室を後にした。
 
 記憶喪失──そうだとわかっていても、やはりショックであった。
 記憶喪失の美伽はほとんど別人だ。


 私、どうしたらいいんだろう──?
 

 無性に真人さんに会いたくなった。
 あの人に相談してみよう。
 
 ナースステーションで真人さんのことを訊ねると、彼は1つ下の階の病室を使っているという。
 私は早速向かった。
 
 
 軽くノックすると「どうぞ」と返事があった。
 
「やあ、君か」
 
 穏やかな笑顔で迎えてくれた。
 それだけで、受けたショックが少し和らぐような気がした。
 
 私は美伽が記憶喪失になってしまったことを話した。
 
「まるで別人なんです。私、本当にどうしたらいいのか……」
 
 真人さんにも衝撃的だったようで、悲しげに目を伏せた。
 そのまま、病室は静寂で満ちていく。
 
「ごめんなさい。突然押し掛けて来て、愚痴を吐くような真似をしてしまって……」
 
「いや、いいんだよ。君の言い分はもっともだと思う。こちらこそ、本当にすまない……」

「謝らないでください、真人さん。私、あなたに話すことで、少し落ち着きましたから」
 
「……そう、よかった」
 
「こんなことになっちゃいましたけど、でも、もう呪いに怯えなくてもいいんですよね。あの時に比べれば、遥かにマシです」
 
「そうだね。こうして生きていられることに感謝しなければ。だけど、彼らのことを思うと……」
 
「真人さん……」
 
 未央さん、柏原さん、新井さん──彼らのことを思っているんだろう。

 
 狭間ノ國──そして月宮伊吹──彼が全ての元凶ということを、もっと早く知ることができていたら……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

【完結】百怪

アンミン
ホラー
【PV数100万突破】 第9回ネット小説大賞、一次選考通過、 第11回ネット小説大賞、一次選考通過、 マンガBANG×エイベックス・ピクチャーズ 第一回WEB小説大賞一次選考通過作品です。 百物語系のお話。 怖くない話の短編がメインです。

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...