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聖女
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しおりを挟む「しかし聖女もやっかいな祝福の条件を持ってきたもんだ。面倒な力だよな」
「全くだ。結局はあの女に都合の良い条件がつけられたって事だろう。なんてったって神様の寵愛を受けた祝福の聖女様だ。……まったく。条件があの女への説明通り「いるだけでいい」なら都合がよかったのに」
聞きたくもないのに、彼らのひそひそと話す声が耳に飛び込んでくる。
部屋の外に漏れないように潜められた声だけど、控え室にいれば十分すぎるほどはっきりと聞こえてしまう。
「まあ、それならご機嫌取りなんてせずに、死なないようにどっかに閉じ込めとけばイイもんな。まったくやってらんねぇな。女を笑わせるのなんか、したことなかったし。おもしろくもないのに笑えるか」
いつも楽しませてくれて、楽しそうに研究の話をしてくれた彼が。
「よく言う。乗り気でへらへら笑ってただろうが」
「そりゃあの女を落としたら、国から金が出るからな。必死にもなるってもんだろ」
「で、一生へらへら笑い続けるのか。ごめんだな」
「お前だって似たようなもんだろ」
「ふん。王命だ。あの女をこの国にとどめるのにちょうど良い条件に当てはまっていたのだから仕方あるまい。気にくわなかろうが、万が一の時は生涯やり遂げたさ。それが国への忠誠だ」
いつも穏やかで柔らかな笑みを浮かべ、優しく手を差し伸べてくれていた彼が。
「かー。条件に当てはまったって、てめぇは地位も権力も金もあって若くてツラのいい男だって? まあ、女たらし込むなら、必要な条件だろうな。やってられっか。国の幸多き未来のために、聖女を笑わせ続けろってか。まあ、たった一年で手の平返して男侍らせていい気でへらへら笑ってる頭の軽いあの女には、ちょうど良い条件なんだろうよ」
私の知る優しい彼らの姿が幻想なのだと言わんばかりに、二人が私を嘲笑っている。
足下が崩れていくような心許なさに、頭がくらくらした。体ががたがたと震えていた。この場所から逃げてしまいたいと思った。自分が愛されているだなんて勘違いをしたことが、恥ずかしくてたまらなかった。誰もが私を笑っているのかと思うと、怖くてたまらなくなった。
ここは、私の居場所じゃない。好きでここにいるわけじゃない。
なんで、私がこんな事言われなきゃいけないの。相手してなんて言ってない。来て欲しいなんて頼んでない。無理矢理こんな所に連れてこられて、こんな所いたくないのに、いるしかなくって、なのに、なんでこんな……。
ひどい。ひどい。ひどい。私がなにをしたって言うの? ねぇ、どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの。
召喚された憎しみを必死で押し殺してきた。最初にさんざんぶつけ続けて、たくさんの人を傷つけた。でも彼らはずっと優しかったから、もう、憎しみをぶつけるのはやめようと決めた。優しさには優しさで返せる人間でいたかった。思いやりを向けてくれる彼らを許したかった。
寂しさをごまかしているのに気付かないふりをして、時折ぶり返す狂おしい郷愁を押し殺して、聖女なんていうこの世界の勝手を押しつけられた憎しみを忘れたふりして、必死に笑ってきた。心配してくれる彼らに気付かれてはならないと、どんなときも楽しそうなふりをした。
勝手に喚んだくせに、この仕打ちは、何なの。
求められたのだから、応えたいと思っていたのに、どうしてそんなことが言えるの。
彼らが部屋を出て、静かに静まりかえった部屋で、声を押し殺して泣いた。
ここから消えてしまいたかった。
でも、どこへ? 逃げるって、どこに? 逃げた先に、私の幸せってあるの? 私に復讐できる力なんて、あるの?
立ち上がり、周りを見渡して、途方に暮れる。
逃げる所なんて、どこにもなかった。だって、真綿にくるまれるように、私はここで生きてきた。だって私は外の世界での生きる術なんて知らない。
なんて私は愚かだったんだろう。
食べ物は与えられ、生活を保障され、笑われてるとも知らずに、望み通りさえずっていた私は、まるで鳥かごの中の鳥のようだ。ひとたび外へ出れば、生き方を知らずに死んでしまう。
私は、逃げたくても、逃げ方すら知らない。
知らないところへ勝手に連れてくるという残酷さは、連れてくる側は考えもしない物なのだろう。
山で捕ってきたカブトムシを、ろくに木もない町中で虫かごに入れて飼うことに罪悪感を感じないのと、同じように。環境は整えてあるでしょ、餌もあるでしょ。だから、何の問題もない……そう、死んだとしても、手は尽くしたし、仕方がない。せっかくだから死ぬなら役に立って死んでもらわないともったいない。
私の存在なんて、たったそれだけのものでしかないのだ。高価な高価な、カブトムシと同じ程度。
この仕打ちは、彼らにとってはその程度のことなのだ。人間を浚ってきたなんて感覚は、ひとかけらもないのだ。
鳥どころか、虫けら程度だ。
悲しみのままに一人でさんざん泣き尽くした末に、むなしさと冷静さが戻ってくる。
そして、ようやく冷静に自分の現状を受け止めた。
彼らにとって、私は「聖女」であっても、人間ではないんだ。「私」という人権は、「聖女の力」を守る為に仕方なく守られているだけ。
与えられたこの鳥かごから逃げ出す術なんてしらない。
私は自分のことさえ、ろくに知らされていなかった。自分の力がどんな物かさえも知らなかった。私の祝福の力の条件が「笑っている事」なんて知らなかった。命をかけたら大抵の願いも叶えられるなんて事も。
命をかけての願い事を「生け贄」だなんて、うまいことを言った物だ。
王子がどうやって私を贄に差し出すかだなんて、簡単に想像が付いた。大変な事があれば何か出来ることはないかと、おそらく自分なら聞くだろう。そんなとき王子からその力を知らされて「いや、君にそんなことはさせられない」とでも苦しい顔一つされれば、最終的に私は命を差し出して願いを叶えただろう。
簡単な物だ。
そして、死んだのち「聖女の力」は称えられるだろう。対して「役に立ってくれた」と死んで喜ばれ、馬鹿だと嘲笑われ、高笑いされるのが、「私」の価値か。
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