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表:リリー
4獣の王2
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蛇の獣人である執事に言われて、自分が甘えすぎていることに気付いてしまった。
「リリーさまは、このままでよろしいのですか?」
「このまま、とは……?」
突然言われた言葉の意味がわからず執事を見れば、表情のわからない蛇のまんまるとしたその瞳が、私を見透かすようにとらえていた。
そして、ほんの少し困ったように首をかしげ、諭すような声色で私に告げた。
「我らが主に心を砕いて頂いているのは、存じ上げております。しかしながら我らは所詮は獣。あなたのような若く美しい方がいつまでも気にかける必要はございますまい。使用人一同、皆あなた様のことを案じております。こんな山奥で獣に囲まれて暮らすより、人の世で幸せを見つけるのも、ひとつの道かと。我らの主への恩に縛られ、人生を棒に振る必要は、ないのですよ」
「……え?」
「帝国での生活でしたら、私どもが整えることができます故、心配は無用でございます。決心がつきましたら、いつでも申し出て下さいませ」
優しい声色で、執事はそう言って礼をとった。
頭から水をかぶせられたような気がした。
いつまでもいていいと言われて、真に受けていた自分が恥ずかしくなった。
帝国とは、我が国から森を挟んだ向こう側の隣国だ。獣人の彼らが自国とし、僅かながらも交流があるのが隣国。
これは遠回しに、隣国に逃してやるから出て行くように言われているのだとわかった。
当然だ。私のようなひ弱な人間など、この森を統べる雄々しきレオンさまにふさわしくない。
図々しくもここに居座ろうとする私は、彼らの足手まといでしかないと、私も本心では分かっていた。獣人の彼らの能力は桁違いだ。詳しくは知らされていないが、全員何かしらの魔法が使えるのだという事も聞き及んでいる。彼らと比べたとき、いくらがんばっても人間の力など及びもしない。
執事の気遣う言い回しが、申し訳なかった。自ら申し出るべきことだったのに、優しい彼らに言わせてしまった。
泣きそうで引きつってしまいそうな顔を、必死で抑えて笑顔を作る。
「……わかり、ました……」
恥ずかしくて、申し訳なくて、逃げるように部屋へと戻った。
私のために整えられた部屋は、自国の自分の部屋よりも立派だった。それだけレオンさまが私に心を砕いて下さっていたということでもある。
この待遇に甘えてはいけなかったのに、なぜずっと一緒にいられると思ってしまったのだろう。
皆様優しくて、だからきっと今まで言えなかったのだ。捨てられた憐れな令嬢を、再び放り出すことができずにいたのだ。
執事だってそうだ。最後まで言葉の端々から、私を気遣ってくれているのが分かった。はっきりと、出て行けと言えない彼らの優しさに、甘えすぎていた。
あまつさえ、生活の基盤まで整えてくれるというのは、過分すぎる申し出と言って良い。
それに感謝こそすれ、嘆くなど、身の程知らずという物だ。
でも、誰にも言わないのなら、一人、泣くことぐらいは許されるだろうか。ずっと一緒にいたかったと、思うだけなら許されるだろうか。
けれど、身の程はわきまえなければいけない。だから彼らの邪魔にならないように、私はこの森を、出て行くことを決めた。
でも、その前にひとつだけ我が儘を通したいと思った。
思い出をひとつ、できればレオンさまの心に小さな傷痕を。
「リリーさまは、このままでよろしいのですか?」
「このまま、とは……?」
突然言われた言葉の意味がわからず執事を見れば、表情のわからない蛇のまんまるとしたその瞳が、私を見透かすようにとらえていた。
そして、ほんの少し困ったように首をかしげ、諭すような声色で私に告げた。
「我らが主に心を砕いて頂いているのは、存じ上げております。しかしながら我らは所詮は獣。あなたのような若く美しい方がいつまでも気にかける必要はございますまい。使用人一同、皆あなた様のことを案じております。こんな山奥で獣に囲まれて暮らすより、人の世で幸せを見つけるのも、ひとつの道かと。我らの主への恩に縛られ、人生を棒に振る必要は、ないのですよ」
「……え?」
「帝国での生活でしたら、私どもが整えることができます故、心配は無用でございます。決心がつきましたら、いつでも申し出て下さいませ」
優しい声色で、執事はそう言って礼をとった。
頭から水をかぶせられたような気がした。
いつまでもいていいと言われて、真に受けていた自分が恥ずかしくなった。
帝国とは、我が国から森を挟んだ向こう側の隣国だ。獣人の彼らが自国とし、僅かながらも交流があるのが隣国。
これは遠回しに、隣国に逃してやるから出て行くように言われているのだとわかった。
当然だ。私のようなひ弱な人間など、この森を統べる雄々しきレオンさまにふさわしくない。
図々しくもここに居座ろうとする私は、彼らの足手まといでしかないと、私も本心では分かっていた。獣人の彼らの能力は桁違いだ。詳しくは知らされていないが、全員何かしらの魔法が使えるのだという事も聞き及んでいる。彼らと比べたとき、いくらがんばっても人間の力など及びもしない。
執事の気遣う言い回しが、申し訳なかった。自ら申し出るべきことだったのに、優しい彼らに言わせてしまった。
泣きそうで引きつってしまいそうな顔を、必死で抑えて笑顔を作る。
「……わかり、ました……」
恥ずかしくて、申し訳なくて、逃げるように部屋へと戻った。
私のために整えられた部屋は、自国の自分の部屋よりも立派だった。それだけレオンさまが私に心を砕いて下さっていたということでもある。
この待遇に甘えてはいけなかったのに、なぜずっと一緒にいられると思ってしまったのだろう。
皆様優しくて、だからきっと今まで言えなかったのだ。捨てられた憐れな令嬢を、再び放り出すことができずにいたのだ。
執事だってそうだ。最後まで言葉の端々から、私を気遣ってくれているのが分かった。はっきりと、出て行けと言えない彼らの優しさに、甘えすぎていた。
あまつさえ、生活の基盤まで整えてくれるというのは、過分すぎる申し出と言って良い。
それに感謝こそすれ、嘆くなど、身の程知らずという物だ。
でも、誰にも言わないのなら、一人、泣くことぐらいは許されるだろうか。ずっと一緒にいたかったと、思うだけなら許されるだろうか。
けれど、身の程はわきまえなければいけない。だから彼らの邪魔にならないように、私はこの森を、出て行くことを決めた。
でも、その前にひとつだけ我が儘を通したいと思った。
思い出をひとつ、できればレオンさまの心に小さな傷痕を。
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