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表:リリー
3獣の王1
しおりを挟む「……お嬢さん、大丈夫?」
あの日、そう言って私を助けてくれたのが、レオンさまだった。
大きな獅子の身体を小さくかがめてのぞき込んできた。
今思うと、すごく気を遣ってくれてたんだと分かるけど、あの時は怖くて震えてしまった。
レオンさまは、この魔物の森の王様だ。人と魔物は共存できないから、あいまみえる事がないようにと、魔物の森と人間の住処との境界をわけているのだと教えてもらった。
境界において魔物は人間に攻撃をしたらダメで、知能の高い魔物は、場合によっては人間を守ってくれる。あの時、馬の魔物がそうしてくれたように。その統制を行っているのがレオンさまたち獣人だ。
レオンさまのお城には、他にも八人の獣人達がいた。使用人だというけれど、家族のように皆さん仲がいい。
彼らは怯える私を気遣って、そして話を聞いてくれて、ここにいることを許してくれた。
森を管理するのが彼らの仕事だと言っていた。といっても、誰かからそれを命じられたわけではないという。
私たちに命令できる者など誰もいないさ。と、当然のように笑い飛ばした。
確かに、迷いの森を作り出し、魔物を支配するレオンさまに、誰が命令できるというのか。
ではなぜこんな事をしてらっしゃるのかと問えば、他にやることがないからな、と、軽やかに笑っておっしゃった。
彼らはなんでもない顔をして森の治安を守っている。それを誰かに見せつけるでもなく、なにかを要求するでもない。人が入ったら危険だから、魔物だけを罰するのはあまりにも理不尽だから。双方を守るために生活を賭している。にもかかわらず、それを傲ることはなかった。
その謙虚な姿に私は衝撃を受けた。使う魔力も労力も相当な物のはずだ。信念がなければできることではない。
我が国では、自分の手柄を吹聴し自分の力を誇示するのが一般的だった。人の手柄すら自分の物とする権力者の多さには、やりきれない物があった。
母は隣国から嫁いできた貴族で、この国の在り方はおかしいと度々嘆いていた。私が殿下に気に入られなかったのも、そうした考え方の差が言葉の端々に出て疎ましかったせいかもしれない。人の労力を権力で奪う殿下を側で見続けていた私には、冗談めかして笑うレオンさまの姿が、あまりにも気高く美しく見えた。
誇り高い獣人の王がそこにいた。
だから私がレオンさまをお慕いするようになるのにも、そう時間はかからなかった。
少しお茶目で気安く話す姿も、本当はたくさんのことを抱えているのに、大変な顔ひとつもせずに、気がついたら全て解決させてしまうその頼もしい姿も、どれもが好ましく思えた。
姿が違う事なんて些細なことだと気付いたのはすぐで、大事なのはその心根だと知った。どれだけ見目麗しくても、尊敬できるところなどひとつもなかった殿下を知っているから、なおのこと。
そうやって二人を比べている内に気づいたこともある。
じゃあ、自分はレオン様と比べてどうなのだろう。私は彼にふさわしい存在だろうか。
比べていくことで見えてきたことがあった。
自分は何もできなかったくせに、レオン様と比較して王子を見下す事で尊厳を保とうとしていた、そんな自分の傲慢さにも気付いた。
心根が王子と変わらないと思うと恥ずかしかった。
だから、せめて、変わりたいと思った。ここでは自分のできることをもっとやっていきたいと思った。
王子の婚約者であった頃、逃げるため、そして自分を守るためにがんばっていただけだったと思うようになった。王子妃としてとか国のためなんて、言い訳でしかなかったのかもしれない。
そう考えるようになって、今の自分を省みたとき、レオンさまに恥ずかしくない、誰かの力になれるような人になりたいと、初めて思ったような気がする。
過ごす時間が長くなるに従って、その姿もまた、何よりも好ましいと思うようになっていた。
顔のいい信頼できない人間の男の人なんて、こりごりだ。
その点レオンさまは、何をしていてもかっこよかった。
獅子の顔にも表情があり、キリッとした凜々しいお顔立ちも、楽しそうに大きな口を開けて笑いながらおひげがピクピクと震える様子も、使用人に怒られてはあうあう口を開いて大きな手を必死に動かして言い訳する姿も、困ったときのへにょんと目元が下がる様子も、やり場のなさそうにしっぽがぷらぷらと揺れる姿も、どれもがかっこよくて、可愛らしく見えた。
なにより、誇り高き獅子の姿に、いつも見惚れていた。
その崇高な心根が姿に表れていると、しみじみと思うのだ。
尊敬の念からはじまった気持ちは、いつの間にか、恋心へと変わっていた。
とはいっても、こんな素晴らしい方に国を追われた私などふさわしくない。だからその恋心は隠した。おそばにいられるだけで良いと思っていた。
でも、それさえも、いつまでも許されることではないと、気付いてしまった。
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