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8 エピローグ
しおりを挟むそれからは怒濤の日々が続いた。
クリシュナと伯爵の婚約は正式な発表前であったためにそのまま白紙に戻り、代わりに、国王とクリシュナの婚約が発表された。二人の周りは祝福と反発と両極端な反応が多かったが、大きな問題は起きずにクリシュナは国王の正式な婚約者になった。そして式の準備などいろいろあるために、式を挙げるのは一年後に決まった。
それらの出来事は、わずか一ヶ月の間に行われ、そこに国王の本気と執念が見て取れる。
若い婚約者に骨抜きなのだと影で笑う者もいたが、噂を聞いた国王は「本当の事をいわれたところで、何か問題でもあるか?」と笑っている。
そして国王から以前と変わらない様子でかわいがられているクリシュナであったが、今はもう、それが子供扱いしていると切なくなる事はない。
何もかもが突然の変化で、戸惑う事も少なくはなかったが、それでも何よりも焦がれていた場所に立てたのだから、幸せだった。
隣で地べたに座り込む国王が、立ちすくんでいるクリシュナを見上げて屈託なく笑うと、ぽんぽんと地面を叩いた。
隣に座れと言っているらしい。
それこそが、彼女の望んだ場所だった。
困った様子で国王を見下ろしていたクリシュナだったが、諦めたように微笑む。
なんだかんだと国王の行動に慣らされているクリシュナは、今日はとうとう国王に言いくるめられて、王妃教育から抜け出し、一緒になって城の庭にまで逃げてきていたのだ。
「わたくしまで巻き込まないで下さい」
そう言いながらも、ドレスが汚れるのも気にせずに隣に座るのを見て、国王が破顔した。
「それでこそ俺のお転婆娘だ」
楽しげに国王は小さな肩を抱き寄せてから、被さるようにして口付ける。
同じ隣でも、同じ言葉でも、以前とは違う距離だった。触れていてもあんなに遠く感じた存在が、今はこんなにも近い。
口付けの後、クリシュナはコトンと頭を国王の肩にもたせかける。
何もかもが急激に変わってしまって、まだ夢でも見ているような気持ちになる事もある。
けれど隣にいる国王の存在が、これは現実だと教えてくれる。
自分だけに見せてくれる表情も、優しい言葉も、無骨な手の優しい触れ方も、自分が望んだ幸せ全てが確かにここにあるのだと教えてくれる。
「お前と初めてあったのは、ここだったが……覚えているか?」
えっとクリシュナは驚く。城の庭だとは覚えていたが、正確な場所までは覚えていなかった。
「あの時、お前の警戒心のなさが、懐かしかった。あれからずっと、お前の隣は今も昔も、俺にとって一番居心地の良い場所だ」
「ほんと、ですか?」
懐かしげに語る目が優しくクリシュナに向けられて、国王は小さく肯くとクリシュナの髪を弄ぶように撫でた。
「お前と居ると俺は自由でいられた。お前の居るところが、俺が俺でいられる場所だ」
国王の静かな告白が、クリシュナの胸に染み渡る。自分にだけ見せる顔が誇らしかった。けれど、そんな顔を見せるのは自分が子供故だとずっと思っていた。
違っていたのだ。子供だったからではなかった。
胸に込み上げてきたのは歓喜だった。当時の国王の想いは恋ではなかったかもしれない。けれど、その頃からクリシュナは誰よりも認められていたのだ。
報われた気がした。苦しかった気持ちも悲しかった気持ちも流れて行ってしまうぐらい。それらが涙となって込み上げてきて、すぐ隣の国王の顔が滲んで見える。
「これからもそばにいてくれ」
そう囁いた国王に、クリシュナは言葉にならず、涙を流しながら何度も肯いた。
庭の一角で二人並んで腰を下ろし、出会った場所で寄り添いながら気持ちを確かめる。
ほんの一月前まで、諦めなければならないと思い詰めた事さえ嘘のように、幸せが優しく降り積もっていた。
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そこまで見ていなかったので、ご指摘助かりました。ありがとうございます。