10 / 53
本編
10 過去 ~出会い2
実咲から袋を受け取ると「じゃあ」と手を挙げて、彼は止めてある原付に向かう。実咲はその後ろ姿にふと疑問を感じて呼び止めた。
「ねえ、井上君、子犬つれてどうやって帰るの? まさか、その原付に乗せて?」
背中に呼びかけると彼は振り返って、何でもないような口調の返事を返してきた。
「そうだけど?」
当たり前のような返事に、実咲は戸惑いながら尋ねた。
「家、近いの?」
「あんまり近くはないな。」
苦笑いしながら言ったその返事を聞いて、呆れたのと感心したのとでひどく笑いが込み上げてきたのを今でもはっきりと覚えている。
「子犬つれて、どうやってバイクを走らせる気?」
「なんとか」
涼しそうな顔をして雅貴が答えた。
「なんとかって」
実咲は吹き出した。
「井上君って、意外と面白い人だね」
実咲はひとしきり笑うと、たいした問題でもなさそうな顔をしている雅貴に言った。
「よかったら車で送るよ」
その時雅貴の表情がゆるんだ。
「ホント? 三十分乗せていくことになるから、面倒だと思っていたんだ。こいつも疲れるだろうし」
「その代わり原付取りに、ここまで戻ってこないといけないけどね。二度手間だけど」
「おっけー、おっけー。助かるよ、ほんと。実咲ちゃんの方こそ、迷惑かけるけど」
思いがけず遠慮がちな反応に好感が持てて、実咲は思わず笑った。
「迷惑じゃないよ。井上君のおかげで、私もこの子のことを心配せずにいられるわけだし」
「でも実咲ちゃん、車乗ってきてるように見えないけど」
確かに実咲は徒歩だった。
「アパートに置いてあるから。こっから歩いて十分弱だけど、急いで取ってくるから十五分ぐらい待っててもらえる?」
「家、どっち?」
「こっち。この通りのパチンコ屋のとこを右に曲がって、そしたら本屋あるの、知ってる?そこの近くなんだけど」
実咲が指した方を見て雅貴が頷く。
「あぁ、それなら一緒に行こうか。俺んちはこの通りをずっと行くんだし」
「そう?」
そうして一緒に歩き出すと、私たちはとりとめもなく話した。
「でもウチまでくるの面倒じゃない?」
「なんで?」
「原付押しながら歩いたら疲れるし」
「まあね。楽ではないけどな。でも、こんな道ばたに原付置き去りにできないし。下り坂だし、そんなに大変でもないよ。実咲ちゃんのアパートの駐輪場におかせてよ」
「そっか。うん。そうだね。じゃあ先に原付乗っていっても良いよ。犬つれて私が歩くからさ、向こうで待っていてよ」
原付を押すのは結構大変なはずなのに、雅貴は笑って実咲の提案を断った。
「そんなにおいはらわなくてもいいだろ」
「追い払ってなんかないよ」
「じゃあ、一緒に歩いても良いだろ。実咲ちゃんさー、いつも研究室の奥の方にいるし、俺が荷物持って行っても、全然動く気配ないし。嫌われているかと、どきどきしてたんだよ」
その言い方がおかしくて笑うと、「実咲ちゃんと話してみたかったんだ」と、さらっとくさいことを言われてしまった。
名前もまともに覚えてなかったのに、話してみたかったっていうのは単なる社交辞令なんだろうと思ったが、悪い気はしなかった。
「話したこともない人を嫌ったりなんかしないよ。ただ」
「ただ?」
「井上君、先輩達のお気に入りだからね。井上君と話したい人いっぱいいるし、私がわざわざ行く必要ないから」
実咲の受け答えに、雅貴はにやっと笑ってから、大げさなぐらいうなだれた。
「ふーん。俺、やっぱり実咲ちゃんからあんまり良い印象をもたれてなかったんだろ?」
確かに、と、実咲は考える。あまり良い印象は持っていなかった。かといって、格別悪い印象を持っていたわけでもないけれど。良くも悪くも、関心がなかった、と言う方が正しい。
でも、ここは。
実咲はわざとらしくにっこりと雅貴に笑いかけた。
「あ、ばれた?」
「うわっ、傷つく!」
雅貴は、わざとらしく更にがっくりとうなだれた。
会話を交わしながら、実咲は、意外に話しやすい雅貴に「さすが営業」と感心していた。
実咲自身は、あまり人と話すのが得意な方ではなかった。特に、社交的な人と話すのは大抵疲れる傾向にある。けれど雅貴と話すときは、息が合うというか、自然に会話が弾むのを感じていた。
あなたにおすすめの小説
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】
remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。
佐倉ここ。
玩具メーカーで働く24歳のOL。
鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。
完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。
【完結】ありがとうございました‼
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。