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本編
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その日は、待ち合わせの場所に行くと雅貴は本を読んでいた。実咲に気付くと本を閉じて雅貴が軽く手を振る。それに手を振り返すと、実咲はテーブルの向かいに座った。
「そういえばさ、この本の新刊でたの知ってる?」
雅貴が暇つぶしに読んでた本をさした。
「うん? 買ったよ」
「マジで? 俺、探してるんだけど、売り切れてるみたいでさ。ちょっと足のばしたらあるのわかってるけど時間なくて」
「貸して欲しい?」
実咲がにやりと笑ってもったいぶると、雅貴が顔の前で両手を会わせた。
「お願いします」
ここ数日、仕事が終わると一緒にいるのが当たり前のようになっていた。つきあい始めた当初でさえ、連日待ち合わせて一緒に過ごすことはなかった。
けれど賭をしてから、毎晩電話がかかってくるようになった。会った日に電話なんてろくにしてきたことないのに、今は会った日も、会わなかった日も、必ず電話をかけてくる。
わざとらしいと思いつつも気がつくと心待ちにしている自分に気付く。ゲームを始めてたった十数日しか経ってないのに、それが当たり前のように心待ちにしている。
実咲はそんな自分の弱さを叱咤するものの、自分の気持ちなのにコントロールできずにいた。
信じたくないのに、信じたくてたまらない。
好きになりたくないのに、好きで好きでたまらない。
当たり前のように一緒にいて、当たり前のように毎日電話がかかってきて、当たり前のように実咲だけを見ているように見える雅貴。
イヤになる。
実咲は心の中で悪態をつく。
勘違いをしてしまいそうな自分が、イヤでたまらない。分かってるくせに、それでも、もしかしたら雅貴が自分だけを本当に見てくれるのではないかと、期待しそうになってしまう自分がいる。
ゲームのくせに、そんな風に見せかける雅貴が憎い。こんなにも、こんなにも雅貴のことが好きなのに、雅貴にとってはゲームでしかないことが、たまらなく辛い。
以前のような楽しくて居心地の良い関係が続いていた。
自分の名前を呼ぶ彼の声は優しくて、体を重ねた後でも当たり前のように実咲を抱きしめる。以前のように自分を突き放すような冷たさを感じなくなっていた。
むしろ、雅貴は以前より優しくなった。友人としてつきあっていた頃の思いやりと、彼女としてつきあい始めてからの優しさと、両方を実咲に向けているように感じられた。
実咲の望んだ雅貴が、そこにいた。
「実咲」
優しく名前を呼ばれ、抱き寄せられる。
そうしてキスをしたのは、雅貴の家のリビングでのこと。
どうして、家になんか呼ぶの。
どうしてこの家で、そんなに優しくするの。
期待が募り、実咲は心の中で雅貴をなじる。
優しくされたら期待をしてしまう。三匹の犬と戯れながら、屈託なく笑う表情がそのまま向けられて、そのままキスされて。
うれしくて幸せで、それが苦しくて胸の痛みとしてこみ上げる。
この家にいることを許されたら期待してしまう。
どうせ、私のことなんか、本当はどうでもいいくせに。
心の中でなじりながら、幸福感に流される。
キスをしていると、遊んでいるのかと思ったのか、犬が飛び入り参加してきた。
「おまえ、邪魔すんなよ」
笑いながら雅貴がすり寄ってくるその体をなでた。
雅貴にじゃれつく犬の様子にふっと気持ちが和み、実咲も笑う。
「雅貴と遊ぶの、ホントに好きだね」
犬に話しかけて、その首をなでた。
雅貴の家は居心地がいい。今は三匹になった犬たちが実咲の心を和ませてくれた。何より、彼らがいるせいか、家では雅貴自身がとてもゆったりとくつろいでいる様子になる。犬たちと戯れる雅貴を見るのは楽しかった。
半分押し倒された状態から、実咲は体を起こすと、先日引き取った子犬を抱き上げ、雅貴と寄り添うような状態で座り直す。雅貴が笑いながら犬をかまう様子が楽しかった。
抱き上げた子犬が、実咲の顔をぺろぺろとなめた。くすぐったくて、子犬の愛情表現がかわいくて、その口元に顔を寄せる。
「……実咲」
突然子犬が雅貴に奪い取られ、キスされる。
「つづき、しよ」
雅貴に誘われるまま寝室に入る。
「おまえらは邪魔するから、だめ」
笑って犬たちを閉め出すと、そのままベッドに押し倒される。
はじめて入った部屋だった。一人で寝るには、大きすぎるベッド。
この部屋に、自分以外の女性が入ったことあるのだろうか。
疑問が浮かび、そして考えるのをやめた。
どちらにしろ、自分にとってはよくない考えにたどり着く。
過去にいたのだとしたら、その特別な女性への嫉妬を抱き、いなければ自分は期待する。
「……何を考えてんの?」
雅貴の問いかけに笑う。
「ドアの向こうで、寂しがってる子がいるよ」
ドアの向こうから聞こえる、クンクンとなく声。
それを気にする実咲に、にやりと雅貴も笑顔を返した。
「じゃあ、入れる? 犬って、最中をじっと見てるから興奮するって話、聞いたことあるけど。試してみる?」
実咲に覆い被さるような体制で、からかうようにささやく雅貴の声。
「絶対に、やだ」
実咲がペちっとたたくようにして顔の真上にある雅貴の両ほほを挟むと、彼は笑って実咲を抱きしめるように彼女の体に身を沈めた。
幸せなまま、毎日が過ぎていた。
きっと、怖いぐらい幸せ、という言葉は、こういう時のためにあるのだろうと実咲は思う。
賭を始めて一ヶ月がたっていた。
雅貴の言葉を信用なんかしていなかった。少なくとも、信用しないと自分を戒め続けていた。
けれど、これまでの一ヶ月、実咲の知る限りでは雅貴が約束を破った様子はなかった。
まだ、ゲームに負けたくない気持ちの方が強いのかもしれない。
そんな言葉で必死に自分をいさめる。
たかが一ヶ月、だけど、幸せでたまらなかった一ヶ月。
自分をいさめなければ、雅貴のことを信じたくて信じたくてたまらない自分が、「もういいだろう」と、「もう信用してもいいだろう?」と、誘惑する。甘い考えに流されそうになる。
雅貴が見せる誠実ともいえる態度がうれしくてたまらない。
なのに信用できない。信じたいと思うこともあったけれど「もしかしたら」と不安がよぎる。信用できないのに信じたい。信じたいけれど、疑り続けていたい。相反する感情が実咲の中で交差していた。
けれど、雅貴が今だけでも実咲だけを見ているということが、理性や不安を全て押し流すほどの幸福感を感じさせていた。
「実咲」
優しく名前を呼ばれ、当たり前のようにそばにいるようになった雅貴が手をつないでくる。
そんな何でもないことが、どうしようもなくうれしい。
回数なんてもう覚えてないほどセックスをしてきたのに、手をつないで歩いてることの方が幸せだなんて、自分でも不思議だ。
雅貴の大きな手が、実咲の手のひらを包むように握りしめる。つないだ手の感触が気持ちよくて、幸せになる。
距離をとろうと思っても、手をつなごうと伸ばされた手に、思わず触れてしまう。躊躇いながらも軽く雅貴の手に触れるようにつなぐと、その瞬間彼の表情が和らいで、優しく握りかえされる。
まるで当たり前のように一緒にいた。
それがあまりにも幸せで、実咲は望む。
ずっと、こうしていることができればいいのに、と。
限りがあることを分かっていながら、この瞬間が少しでも長く続くようにと。
信用しないという反面、叶わぬと思いながら、今の幸せなときが続けばいいと、祈り続けていた。
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