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真麻一花

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本編

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 返事のない実咲を前に、雅貴はしばらく考え込んだ様子で黙っていたが、ためらいがちに口を開いた。

「もうひとつ話を聞いてもらいたい。気分のいい話ではないと思う。だから、迷っていたけど……、やっぱり、聞いて欲しい」

 実咲は探るように雅貴を見ると、彼は躊躇った様子で目をそらした。

「俺が、実咲と付き合っていた間も、他の子と関係を持ってた理由」

 言いにくそうに、雅貴がつぶやく。
 どくんと、心臓が大きな衝撃を伝えてきた。

 なに、それ。そんなの、聞きたくもない。

「今更言い訳? そんなの聞いても意味がない」

 ここに来て、何でそんな苦しいことを聞かないといけないのか。
 言い捨てた実咲に、雅貴が小さく息を吐く。

「……そうだな。そんな事を聞いて欲しいと頼むのは、虫が良すぎるよな。はっきり言って、ろくでもない話だし、聞けば余計に実咲は俺を軽蔑するかもな」

 そう言って雅貴は重く溜息をついた。

「でも、俺は、出来れば実咲とやり直したいと思っている。そのためにも聞いてもらいたい。その話を聞いて、実咲が俺を許せないのなら、俺も、諦めがつくから。最初に約束したとおり、もう、おまえに迷惑はかけない。二度とここにも来ない。約束する。だから、実咲は、俺をあきらめさせるためでもいいから、話を聞いて欲しい」

 雅貴は静かに息を吐いて実咲を見つめてきた。
 返事を求められて、自分の心臓が激しく打つのを聞く。

 聞きたくない。
 けれど、もし、雅貴の言い分が理解できて、信用できるようになるとしたら? それとも、もっと軽蔑できる……?

 聞きたくないけれど、聞きたい。
 決着を、自分の心につけられるだろうか。
 そんな期待がないわけではないが、聞くのは怖い。
 実咲には選ぶことが出来なかった。
 雅貴から目をそらすと、それをどう受け取ったのか、雅貴が話し始める。

「たぶん俺は、自分の好きなように組み敷けるのなら、誰でも良かったんだと思う。セックスがしたかったわけじゃないと思う」

 意味が分からず、とっさに実咲は問い返す。

「じゃあ何がしたかったの」

 責めるような口調になった実咲の声が震える。答えを聞けば、自分が傷つきそうな気がした。
 実咲の目の前で雅貴は考え込むように口をつぐみ、そして、息苦しそうにつぶやいた。

「……見下したかったのかもしれない、と、思う」

 雅貴が大きく息を吐いた。
 それを感じながら実咲は自分の手をじっと見つめる。自分と雅貴の付き合ってた頃のことが脳裏をよぎった。そういうことだったんだ、と思うと泣きたかった。だから、雅貴は誰でもいいからあんな事が出来たんだ、と。

「きれいな顔して、何考えているか分からないような女が俺の思うとおりになるのが面白かった」

 実咲の顔がゆがむ。その言葉が彼女の中で惨めに響いた。

「私も、その中の一人、か」

 自嘲してつぶやいた言葉に、雅貴がきっぱりと否定した。

「違う。実咲は違う。実咲をそんな風に見たことはない。実咲と抱き合うのは、気持ちよかったよ。実咲は、他の女とは全然違う。実咲に触れるのは信じられないぐらい気持ちよかった。実咲の隣は、居心地が良かった。でも……居心地が良すぎて、正直イヤだった」

 気持ちがいいと言ったその口で嫌だという。胸がずきりと痛んだ。

「……意味が分からない」
「たぶん、俺は、実咲のことも見下したかったんだろうと思う。でも、出来なかったんだ。人としてはもちろん、女としても、抱けば、いつだって気持ちよかったし、俺は実咲がかわいいと思っていたよ。俺ばっかり猿みたいにやりたがって、いつだっておまえが優位に立っているように感じていたような気がする。俺は実咲相手だと優位に立てなかった。だから、苦しかったんだと思う」

 雅貴が深く息をつく。実咲は、その告白をどう理解したらいいのか、分からなかった。嬉しいような気もしたし、切なくも感じた。思いもよらない雅貴の告白に、感情がついていかない。

「たぶん俺は、怖くなったんだ。実咲相手だと俺はいつものように優位に立てない。俺と付き合いだしてから、やたらときれいになるし。……俺は、化粧をしてきれいになった実咲が、笑顔の下で何考えているのか分からなくなった。自信をつけて、他の男にも同じように笑いかけているかもしれない、そんな気がした。だから、実咲を抱いた後は余計にイライラしていた。実咲に見下されたくなくて、たぶん俺は必死で実咲をおとしめる為の何かを探していた。でないと怖かったんだと思う。実咲は俺なんか簡単に裏切るはずだと、ずっとそんな感覚があった」

 その言葉に、呆然として聞いていた実咲の感情の一つが、ようやく目を覚まし、わき上がってきた。

「私が、雅貴を裏切る……?」

 怒りで声が震えた。その言葉を、そのまま雅貴に返したかった。他の女に同じように笑いかける雅貴を見て、苦しんだのは実咲だった。

「私がいつ……」
「実咲はそんな事しない。分かってるんだ」

 雅貴が頭を抱えるようにしてうつむいた。そして息を大きく吐くと、もう一度顔を上げる。けれど実咲と目を合わそうとはしなかった。その表情は無表情なのに、実咲にはひどく苦しそうにも見えた。

「でも、俺は、そんな女しか知らないんだ。見た目のいい男を連れて歩きたい、後腐れのないセックスをしたい、そんな女しか俺の周りにはいない」
「それは、雅貴がそんな付き合いをして……」

 実咲がカッとして口を挟むと、その言葉尻を取り上げるように、雅貴が続ける。

「そうだ。そんな付き合いしかしてこなかった。いいかげん、気がつけば良かったのに。せめて実咲を傷つける前に。……たぶん俺は、女とのつきあい方のスタートを間違えたんだ。実咲と出会う、ずっと以前に、……俺は間違えていたんだ」

 雅貴は、下を向いたまま小さく息を吐いた。
 雅貴の告白はをどう受け止めたらいいか分からないまま、実咲の中にその言葉が重く響く。

「でも、俺はそれに気がつかなかった。実咲と一緒にいるのは居心地が良かったのに、そこで気がついても良かったはずだったのに。でも、それの違和感を居心地が悪いと逃げて向き合わなかった。俺は、怖かったんだと思う。居心地が良ければ良いほど、不安が募っていたんだと思う。実咲は、俺の中の安定を壊すんだ。実咲の側が心地よいほど、女の子を見下していたことで安定していた俺の立ち位置は崩れる。だから俺は実咲と一緒にいるほど他の見下す女の子が必要になったんだと思う」

 浮気の言い訳としては、最低だと思った。
 言い訳のつもりなら、話にならないと怒鳴ったかもしれない。

 けれど、実咲は口を挟むことが出来なかった。
 雅貴の言葉は謝罪の意志はあっても、許しを請うわけではなく、むしろ断罪を求めているように見えた。言い訳と言うよりも、これが雅貴にとっての事実なのだ。
 それを実咲が怒りにまかせて責め立てたとして、雅貴は、ただその怒りを「そうだな」と受け止めるだろうと想像できた。

「そのくせして、俺は実咲に依存していた。居心地がいいから甘えていた。だから、ずっと側に置いておきたくて、俺は実咲の優位に立とうとしていたんだと思う。それに実咲が優位のままだと、俺に実咲を引き留めておく力がないようで恐かったせいもあるかもな。俺はたぶん、実咲に「俺は実咲を傷つけるだけの力がある」って、思わせたかったんだ。そんなくだらない俺のプライドに、実咲を巻き込んだ」

 雅貴はため息をつくと、わずかに微笑んだように見えた。

「勘違いも甚だしいよな。どんなに実咲を傷つけることが出来たとしても、俺自身が実咲に嫌われたら、なんの意味もないのに。どんなに俺が優位に立っていると感じても、切り札を持っているのは実咲の方だったことに、俺は、実咲に見捨てられて、ようやく気がついたよ」

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