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真麻一花

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囚心

2


 賭を切り出して以来、ずっと続いていたいらだちがおさまっていた。彼女にだけ感じる、不可解ないらだちが。
 あの賭の日以降、感じることがない。
 大切にしたいと思う気持ちのままに、彼女に優しくいられた。

 抱いた後も、かわいいと思う気持ちのままに抱きしめることができた。彼女が望んでいるだろう形の関係がそこにあった。
 あの日以来、ほかの女性を抱きたいという衝動はなくなった。彼女へのいらだちと連動しているかのように起こっていたあの衝動。

 かわいい女の子と話すのは楽しい。特に、男慣れしたような女の子。
 でも今は、全く興味すらわかない。彼女と一緒にいるのがただ心地よい。
 少し素っ気なく突き放すように、けれど求めれば決して突き放すことはない彼女。躊躇うその動作一つに、彼女の好意を垣間見る。それがたまらなく心地よかった。

 実咲は俺のことが好きなのだ。
 そう実感するほんの些細な一瞬に快感を覚える。そんな彼女がかわいくてたまらない。
 かわいい実咲。いっぱい優しくしてあげよう。
 優しくしてあげるから、以前のように、楽しい関係にしよう。

 雅貴は機嫌良く端末を操作し、通話履歴を表示する。電話をかける先は、もちろん実咲だ。
 彼女としての実咲も、意外と悪くないと思えるようになていった。

 元々、実咲から求められて始まった関係だった。

「つきあって」

 と、あのとき言われた突然の言葉にひどく驚いたのを思い出す。彼女がそんなことを言うわけがないと、心のどこかで思っていた。
 あのときは彼女から向けられる好意を、初めて重いと感じた。けれど、少なからず緊張した彼女の様子から、もし断れば、彼女は迷わず離れていくのではないかと思えた。つきあいを断った後も、変わらず友達でいられるような器用な付き合い方が出来る女ではないだろう。きっと少しずつ距離を置くタイプだ。うなずく以外に、彼女を自分の元に引き留めるすべはないのではないかと思えた。

 まあ、いいか。

 そう思ってうなずいた。ぐだぐだ考えても仕方のないことだし、とりあえず実咲とのつきあいが切れなければいいのだ。
 友達としての付き合いに、体の付き合いが加わるだけ、そんな感じになればいいと思っていた。幸いにもそう思えるぐらいに、実咲の雅貴に対する態度は変わらなかった。特にべたべたしてくるわけでもなく、変に彼女ぶって口出しをしてくるわけでもない。
 彼女の傍は、以前と変わらず居心地が良かった。趣味が似ていて、話が合う。友達でいた頃と変わらない彼女。

 ただ、付き合い始める前から思っていたことだったが、彼女は急激にきれいになっていった。
 興味を持っただけだと言っていたが、本当に興味がわいてきれいになっていったのか、雅貴に見せる為になったのかは分からないが、とにかくきれいになった。

 雅貴の好みに合った「いい女」に。

 どうせ抱くのなら、好みの女の方が良い。元々の自然な感じの彼女も好ましく思っていたが、やはりあれでは友人としての感覚が強かった。
 人間として好ましく思っていた実咲が、女らしい魅力を持って、雅貴のそばに自然にいる。
 友人としての実咲を失うぐらいなら、女としての実咲はいらない。けれど、両方ならばそれも悪くなかった。

 けれど、結局、破綻したのだが、それでも何とか取り繕った現状は、これはこれで悪くない。

 電話をすると、少し堅い彼女の声がする。けれど、だんだんとほぐれて、聞こえる声の端々に、彼女の笑顔が思い浮かぶ。
 そんな彼女の様子が想像できて、雅貴は軽く浮き立つ。

 彼女と電話で話をするのは、こんなに楽しかっただろうか。

 電話だけではなかった、彼女の気持ちを引き留めるつもりで連日会いに行っていただけだったのに、しばらくすれば、単純に彼女といることを楽しくなっていた。
 そういえば、と雅貴は気付く。最近、こんな風に彼女と会話を交わしたことがなかったことに。抱き合う気持ちよさにばかり流され、訳の分からないいらだちに、彼女と距離を置いていた。

 その時期をなんだったんだろうと思い返す。
 ずっと今みたいな関係でいられたら良かったのに。
 距離を置こうとしながら、隠し切れないまま雅貴に向けられる、彼女からの好意。それに気付かないふりして、彼女をもっと楽しませてあげて、彼女に気付かせてやりたい。

 どうやってごまかしても、俺のことが好きだという事に。

 雅貴の表情が自然とゆるむ。
 心配なんかしなくても、実咲は特別なのに。
 それに、あの賭がなくても、今は他の女性に全く興味がわかなくなっていた。雅貴自身不思議なぐらい、全く。
 それよりも、彼女がどんな反応をするか、彼女とどのようにすごすかの方に興味があった。
 彼女の警戒を解きたい。
 彼女に関わることすべてが、楽しくて仕方がなかった。



 彼女は、手をつなぐのが好きだ。
 雅貴は、自分から少し離れて歩く彼女をちらりと見る。
 彼女と歩くときに手をつなぐようになったのは、ちょっとしたきっかけだった。

 それはいつだったか。つきあい始めて間もない頃だったように思う。何かの拍子に手を差し出したとき、少しはにかんだ表情でうれしそうに彼女が手を重ねてきたのだ。
 あのときの表情がかわいくて、もう一度見たくて、彼女と手をつなぐのがくせになった。
 腕を組んでも肩を抱き寄せてもそんなに表情が変わったりしない彼女が、手を差し出したときだけは、未だにやはり表情がゆるむ。

 手をつなぐぐらいであんなにうれしそうな表情をするのならと、恥ずかしそうに顔を赤らめる実咲を期待して肩を抱いた事もあった。
 その結果、むしろ嫌そうな顔をされた。事もあろうに肩に置いた手をちらりと見て、仕方なさそうにため息をつかれたのだ。二度と肩を抱くものかと思った記憶がある。しかし、そのときは、意地でもこの手を離してやる物かと思った。
 指を絡めるつなぎ方も、肩を抱いた時と同じような反応をされた。

 そんなことがあって、手をつなぐという事を、意識的にするようになった。いつも冷静で落ち着いている彼女が見せる、手をつなぐ瞬間のゆるんだ表情が見たかった。
 雅貴は手を差し出すと、ためらいがちにつながれた手を握り返し、なんでもないふりをして歩く。彼女の緊張した表情が、わずかにゆるんでいくのを、さりげなく確かめる。

 肩を組んだり、腕を組んだり、指を絡めたり。以前はそういう触れ方の方が親密だと思っていた。けれど、どうやらそれは、誰にでも当てはまる物ではないらしい、と雅貴は思う。
 彼女にとっては、手をつなぐことの方が、親密なのだ。
 慣れると、これも悪くない、と思えた。

 普通にただ手をつないでいる状態で、肩を並べて歩く。離れすぎず、近づきすぎない、動きを邪魔されない、ほどよい距離感。つながっている感覚、触れている感触。少しはにかんだような彼女の表情。
 手をつないだ瞬間は特に、ゆっくりと柔らかく時間が過ぎているように感じた。

「どっかでメシ食ってく?」

 声をかけた雅貴に、そうだね、と少しゆるんだ表情で彼女がうなずいた。
 彼女と共に過ぎていく時間は心地よかった。
 賭など彼女をとどめるためのただの口実だった。
 その結果、思ってもいないほど、心地よい関係が出来上がっていた。
 雅貴は、そのことに満足する。

 彼女が喜ぶのなら、このまま警戒を解いてくれるのなら、この状態をずっと維持してあげようと、心底思った。


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