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囚心
5
スマホを手に取り、通話の履歴を表示する。
後は、発信ボタンを押すだけだった、が、押しかけて、雅貴はふっと力を抜くように息を吐くと、やめた。
端末をぽんとソファーの上に投げる。
何を言えばいいのか分からなかった。彼女があれほどまでに怒った理由さえ、雅貴には分からなかった。
分かっているのは、ただ、取り返しのつかないことをしたのだと、それだけだ。
電話をかけても、きっと彼女は取ってはくれない。
その確信がある。彼女は、あの瞬間雅貴を拒絶したのだから、あの様子だとそう簡単に許してもらえないだろう。そう思うと、また雅貴から一つ溜息がこぼれる。
そんなつもりはなかった。
そう、心の中で、言い訳を繰り返す。
ほんの少し。ほんの少しだけ、彼女を傷つけたかっただけだった。
それが、こんな結果につながるとは思いもせずに。
ほんの少しでよかったのに。
雅貴は思いも寄らない結果を後悔して溜息をつく。
そもそも、どうして俺は実咲を傷つけたかったのだろう。
雅貴は、初めてそのことを考えた。確かに彼女に対して苛立っていた。だから傷つけて、たぶん「冗談だよ」と抱きしめたかったのだろうと思った。
その考えに至り、自分が何も考えていなかったのだと気付く。
溜息が出た。
彼女がどんな気持ちでいるのか、彼女がどう感じるかとか、全く考えていなかった自身を、今になって知る。
ただ、自分に都合良く彼女を動かそうとしていた。彼女の気持ちをすべて分かっている気分になって。
やりきれなさを抱えながら、雅貴はソファーの背もたれに体を深くあずける。沈み込んでいく感触は、自分の今の気持ちのようにも感じた。
俺は、実咲の何に苛立ちを感じていたのだろう。
自分の中に答えを探るが、何一つ彼女に悪いところはなく、いくら考えても分からなかった。
しばらく時間をおこう。
雅貴はベッドに潜り込むと目をつぶる。
お互い、もう少し頭が冷えてきた頃に連絡を取ればいい。
今は、雅貴自身、どうすればいいのか分からなかった。
実咲に別れを突きつけられてから数日が経っていた。雅貴は、会社の玄関を前に立ち止まると、覚悟を決めるように息を吸い込む。
その日は、実咲のいる研究室への納品日だった。
彼女と話す機会があるかと少し緊張しながら雅貴は研究室の前に立ち改めて深呼吸をすると、そのドアを開け、いつものように声をかけながら室内を見渡す。
実咲はデスクワーク中のようで、一番雅貴の近くにいた。
彼女が声に反応して振り返ると雅貴を見た。
ほっとして声をかけようとした雅貴は絶句する。実咲が、雅貴を見た瞬間に不快そうに顔を歪ませたのだ。
まだ、怒っている。
当然だと思う理性とは裏腹に、腹立たしくなった。あれは、ただのいたずらだった。そこまで嫌悪されるようなことをしたつもりはなかった。
苛立ちを押さえながらも彼女にどう声をかけるか、迷っている間に、他の女の子がやってきた。内心そのことに不快感を覚えながらも、雅貴は営業らしくにこやかに商品を受け渡しする。そして研究室を後にしながら、雅貴はちらりと実咲の背中に目をやった。
雅貴に視線を向けることなく仕事を続けている彼女に、まだ、怒りは解けてないことを感じ取る。
もう少し、様子を見よう。
雅貴は自分を落ち着けるように、そう心の中で呟く。悪いのは自身であることは分かっていたが、それでも実咲の態度が腹立たしくもあった。かといって、彼女が許してくれないからと、諦めるつもりもない。
それでも今は、互いに時間が必要であろうと思われた。
どう謝れば、彼女は怒りを解いてくれるだろう。
雅貴は鬱々とした気分で考える。対応一つ間違えば、確実に彼女は離れていく。慎重に事を進めなければいけないのだと、雅貴は先日の失敗を思いだして、自分に言い聞かせる。
苛立ちに振り回されて対応を誤ったらおしまいだ。
必ず、もう一度実咲を手に入れる。
それだけは諦めるつもりはない。焦ってたら仕損じる。
雅貴は深く息を吐き、感情を抑え込む。
もう少し、時間をおこう。
雅貴は、焦る気持ちを抑えつけて、行動を起こすのを堪えた。
それが間違いだと気付いたのは、彼女に振られてから一週間以上が過ぎてからだった。
ことごとく、俺は実咲に対しては読み違いをするらしい。
雅貴はスマホを握りしめて重い息を吐いた。
電話がつながらない。
電話番号が変わっているらしい。
動揺して端末を持つ手が震えた。
実咲に拒絶をされるのが、これほどまでにきついとは思わなかった。たかだか電話ができなくなった程度だというのに。
彼女は、本気で自分をたち切ろうとしているのだと突きつけられた。
対応を間違えずに、真剣に気持ちを伝えれば彼女は許してくれるはずだと高をくくっていた自分に気付いた。
もっと早くに謝りに行くべきだったのだ。
握りしめた端末の画面をじっと見つめる。胸の辺りがずんと重く、いくら息を吐いても軽くはならない。
わざわざ離れていった女に執着する必要はないだろうと、頭の片隅で考えたりもした。けれど、すぐにその考えは打ち消す。実咲と今までの付き合った女とは、雅貴にとって全く価値が違うのだ。代わりのきく人間だと、もとより思ったことがない。女に執着しているんじゃない、実咲だから関係を取り返したいのだ。そもそも、雅貴は一度たりとて彼女との関係を壊したいなどとは思っていなかったのだから。
実咲のことはずっと大切にしてきた。してきたのだ。今まで一度も適当に扱ったことはない。何故それが分からない。何故そんなに簡単に俺を切り捨てる。
途切れた電話を持って彼女への怒りにも似た思いがこみ上げる。
イライラする。こんなにも大切に思っているのに、分かろうとしなかった彼女が腹立たしい。
雅貴は少し浅くなった呼吸を整えながら、あふれそうになった苛立ちを押さえる。
違う、傷ついたのは実咲だ。怒って良いのは、俺じゃない。
雅貴はそう自分に言い聞かせる。
とりあえず家に行ってみよう。
雅貴は立ち上がった。が、時計を見て諦める。今から彼女の家に向かえば十一時を過ぎる。ただでさえ怒っている相手に、こんな時間に行っても顔を出してもらえると思えなかった。
明日、会いに行こう。
もう一度息を深く吐き、今すぐ行動に移したい衝動を抑えた。
毎日、溜め息ばかりが増えている気がした。
行き慣れた道だった。
実咲の車が駐車場にない事にもすぐに気が付いた。
どこか、買い物にでも出かけているのか。
雅貴は部屋の前で待とうと、実咲の部屋に向かった。
通路を進みながら、彼女の部屋のドアを見て、びくりと体が震えた。
まさか。
いくら何でも、と、自分の考えを否定する。きっと、チラシか何かだろうと。
けれど、ドアの前にたどり着いて、そのまさかが、まさかだったのだと知った。
ドアノブにかかっていたのは入居者に向けた書類だった。
つまり、この部屋は、空き部屋という事だ。
実咲は引っ越したのだ。引っ越しをするほど、自分は拒絶されているのだ。
「……そこまで……」
自分でも信じられないほどの衝撃を受け、雅貴は思わず口に出して呟いた。
俺は、実咲に、そこまでさせる、何をしたのだろう。
呆然と、空き部屋になったドアを見る。
なぜ、そこまで拒絶されなければいけないのか、雅貴には分からなかった。
ほんのいたずらだったと実咲には言ったのに。
彼女が怒るのは当然だ。それはさすがに一応は理解した。だが、電話番号を変え、引っ越しをし、雅貴からの連絡が取れなくさせるほどのことかと問われると、とてもそうは思えなかった。
ただのキス一つ、浮気と言っても些細な物なのに。最初に実咲に別れを切り出されてから、あのいたずらでしたキスまで、あんなにうまくいっていたのに。そこまで拒絶される意味が分からなかった。
確かに、その辺りの倫理観に、少々隔たりがあるのは雅貴にも分かるが、そうはいっても、たかが冗談のキス一つなのだ。
何度自分の中で繰り返したか分からない言い訳を、雅貴は今日もまた繰り返す。
後悔と苛立ちと、どうしようもない苦しさと、絶望感、表現しようのない怒りが雅貴の中をせめぎ合っていた。
後は、発信ボタンを押すだけだった、が、押しかけて、雅貴はふっと力を抜くように息を吐くと、やめた。
端末をぽんとソファーの上に投げる。
何を言えばいいのか分からなかった。彼女があれほどまでに怒った理由さえ、雅貴には分からなかった。
分かっているのは、ただ、取り返しのつかないことをしたのだと、それだけだ。
電話をかけても、きっと彼女は取ってはくれない。
その確信がある。彼女は、あの瞬間雅貴を拒絶したのだから、あの様子だとそう簡単に許してもらえないだろう。そう思うと、また雅貴から一つ溜息がこぼれる。
そんなつもりはなかった。
そう、心の中で、言い訳を繰り返す。
ほんの少し。ほんの少しだけ、彼女を傷つけたかっただけだった。
それが、こんな結果につながるとは思いもせずに。
ほんの少しでよかったのに。
雅貴は思いも寄らない結果を後悔して溜息をつく。
そもそも、どうして俺は実咲を傷つけたかったのだろう。
雅貴は、初めてそのことを考えた。確かに彼女に対して苛立っていた。だから傷つけて、たぶん「冗談だよ」と抱きしめたかったのだろうと思った。
その考えに至り、自分が何も考えていなかったのだと気付く。
溜息が出た。
彼女がどんな気持ちでいるのか、彼女がどう感じるかとか、全く考えていなかった自身を、今になって知る。
ただ、自分に都合良く彼女を動かそうとしていた。彼女の気持ちをすべて分かっている気分になって。
やりきれなさを抱えながら、雅貴はソファーの背もたれに体を深くあずける。沈み込んでいく感触は、自分の今の気持ちのようにも感じた。
俺は、実咲の何に苛立ちを感じていたのだろう。
自分の中に答えを探るが、何一つ彼女に悪いところはなく、いくら考えても分からなかった。
しばらく時間をおこう。
雅貴はベッドに潜り込むと目をつぶる。
お互い、もう少し頭が冷えてきた頃に連絡を取ればいい。
今は、雅貴自身、どうすればいいのか分からなかった。
実咲に別れを突きつけられてから数日が経っていた。雅貴は、会社の玄関を前に立ち止まると、覚悟を決めるように息を吸い込む。
その日は、実咲のいる研究室への納品日だった。
彼女と話す機会があるかと少し緊張しながら雅貴は研究室の前に立ち改めて深呼吸をすると、そのドアを開け、いつものように声をかけながら室内を見渡す。
実咲はデスクワーク中のようで、一番雅貴の近くにいた。
彼女が声に反応して振り返ると雅貴を見た。
ほっとして声をかけようとした雅貴は絶句する。実咲が、雅貴を見た瞬間に不快そうに顔を歪ませたのだ。
まだ、怒っている。
当然だと思う理性とは裏腹に、腹立たしくなった。あれは、ただのいたずらだった。そこまで嫌悪されるようなことをしたつもりはなかった。
苛立ちを押さえながらも彼女にどう声をかけるか、迷っている間に、他の女の子がやってきた。内心そのことに不快感を覚えながらも、雅貴は営業らしくにこやかに商品を受け渡しする。そして研究室を後にしながら、雅貴はちらりと実咲の背中に目をやった。
雅貴に視線を向けることなく仕事を続けている彼女に、まだ、怒りは解けてないことを感じ取る。
もう少し、様子を見よう。
雅貴は自分を落ち着けるように、そう心の中で呟く。悪いのは自身であることは分かっていたが、それでも実咲の態度が腹立たしくもあった。かといって、彼女が許してくれないからと、諦めるつもりもない。
それでも今は、互いに時間が必要であろうと思われた。
どう謝れば、彼女は怒りを解いてくれるだろう。
雅貴は鬱々とした気分で考える。対応一つ間違えば、確実に彼女は離れていく。慎重に事を進めなければいけないのだと、雅貴は先日の失敗を思いだして、自分に言い聞かせる。
苛立ちに振り回されて対応を誤ったらおしまいだ。
必ず、もう一度実咲を手に入れる。
それだけは諦めるつもりはない。焦ってたら仕損じる。
雅貴は深く息を吐き、感情を抑え込む。
もう少し、時間をおこう。
雅貴は、焦る気持ちを抑えつけて、行動を起こすのを堪えた。
それが間違いだと気付いたのは、彼女に振られてから一週間以上が過ぎてからだった。
ことごとく、俺は実咲に対しては読み違いをするらしい。
雅貴はスマホを握りしめて重い息を吐いた。
電話がつながらない。
電話番号が変わっているらしい。
動揺して端末を持つ手が震えた。
実咲に拒絶をされるのが、これほどまでにきついとは思わなかった。たかだか電話ができなくなった程度だというのに。
彼女は、本気で自分をたち切ろうとしているのだと突きつけられた。
対応を間違えずに、真剣に気持ちを伝えれば彼女は許してくれるはずだと高をくくっていた自分に気付いた。
もっと早くに謝りに行くべきだったのだ。
握りしめた端末の画面をじっと見つめる。胸の辺りがずんと重く、いくら息を吐いても軽くはならない。
わざわざ離れていった女に執着する必要はないだろうと、頭の片隅で考えたりもした。けれど、すぐにその考えは打ち消す。実咲と今までの付き合った女とは、雅貴にとって全く価値が違うのだ。代わりのきく人間だと、もとより思ったことがない。女に執着しているんじゃない、実咲だから関係を取り返したいのだ。そもそも、雅貴は一度たりとて彼女との関係を壊したいなどとは思っていなかったのだから。
実咲のことはずっと大切にしてきた。してきたのだ。今まで一度も適当に扱ったことはない。何故それが分からない。何故そんなに簡単に俺を切り捨てる。
途切れた電話を持って彼女への怒りにも似た思いがこみ上げる。
イライラする。こんなにも大切に思っているのに、分かろうとしなかった彼女が腹立たしい。
雅貴は少し浅くなった呼吸を整えながら、あふれそうになった苛立ちを押さえる。
違う、傷ついたのは実咲だ。怒って良いのは、俺じゃない。
雅貴はそう自分に言い聞かせる。
とりあえず家に行ってみよう。
雅貴は立ち上がった。が、時計を見て諦める。今から彼女の家に向かえば十一時を過ぎる。ただでさえ怒っている相手に、こんな時間に行っても顔を出してもらえると思えなかった。
明日、会いに行こう。
もう一度息を深く吐き、今すぐ行動に移したい衝動を抑えた。
毎日、溜め息ばかりが増えている気がした。
行き慣れた道だった。
実咲の車が駐車場にない事にもすぐに気が付いた。
どこか、買い物にでも出かけているのか。
雅貴は部屋の前で待とうと、実咲の部屋に向かった。
通路を進みながら、彼女の部屋のドアを見て、びくりと体が震えた。
まさか。
いくら何でも、と、自分の考えを否定する。きっと、チラシか何かだろうと。
けれど、ドアの前にたどり着いて、そのまさかが、まさかだったのだと知った。
ドアノブにかかっていたのは入居者に向けた書類だった。
つまり、この部屋は、空き部屋という事だ。
実咲は引っ越したのだ。引っ越しをするほど、自分は拒絶されているのだ。
「……そこまで……」
自分でも信じられないほどの衝撃を受け、雅貴は思わず口に出して呟いた。
俺は、実咲に、そこまでさせる、何をしたのだろう。
呆然と、空き部屋になったドアを見る。
なぜ、そこまで拒絶されなければいけないのか、雅貴には分からなかった。
ほんのいたずらだったと実咲には言ったのに。
彼女が怒るのは当然だ。それはさすがに一応は理解した。だが、電話番号を変え、引っ越しをし、雅貴からの連絡が取れなくさせるほどのことかと問われると、とてもそうは思えなかった。
ただのキス一つ、浮気と言っても些細な物なのに。最初に実咲に別れを切り出されてから、あのいたずらでしたキスまで、あんなにうまくいっていたのに。そこまで拒絶される意味が分からなかった。
確かに、その辺りの倫理観に、少々隔たりがあるのは雅貴にも分かるが、そうはいっても、たかが冗談のキス一つなのだ。
何度自分の中で繰り返したか分からない言い訳を、雅貴は今日もまた繰り返す。
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※小説家なろうサイト様にも載せています。