アクセサリー

真麻一花

文字の大きさ
53 / 53
囚心

20(最終話)

しおりを挟む
 実咲の関心を引きたくてたまらない。

 何でもないこと、そう、たとえばスーツを脱ぎっぱなしにしてみたりとかして、彼女がどんな反応を示すのかを待つ。犬たちのおもちゃにされそうになって慌てて取り返したり、溜息ついて片付けてくれたり、放置プレイされたり、めんどくさそうに顔にバサッとかけられたり。そんな事がとても楽しい。

 この前は夕食作るとき、実咲がキッチンに入ってきて「教えて」というから、ウキウキしながら教えついでにちょっかい出したら、不埒な真似をした左手をペシリと叩かれ逃げられた。
 逃げた実咲を恨めしげに見ていたら、カウンターの向こうで、子供みたいに「いーっ」と顔をしかめられた。あの時は可愛くて悶え死にそうだった。

 俺があまりにもしつこいせいで、ときどき嫌がらせに、以前俺が吹き出したどくだみ茶をそしらぬ顔で飲まされたりもする。が、意外と人間の味覚とは慣れる物で。さりげなく飲まされ続けて、とうとうその苦手だった味になれてきてしまっている。非情に苦々しい現実だ。その回数の裏に、実咲の怒りを感じる。
「意外とおいしいでしょ」とにやにや笑う実咲に、そればかりは賛同しかねるが、あれから彼女がどくだみ茶にはまって自分から買うようになったどくだみ茶攻撃も、それはそれで楽しいというか、幸せというか、そう思わないでもない。あの独特な味は、幸せの味の象徴と、言えないこともない、ような気もする。

 実咲が受け入れてくれている、実咲のいる場所が、俺の帰る場所。実咲のいるところが、俺の安心できる場所。
 そんなふうに今は思う。

 そして、それを実感するたびに、俺はひどく後悔をする。
 こんな実咲を傷つけたことを。実咲の信頼を損なうようなことをした自分自身を。

 なのに実咲は、こうなったのは、自分のせいもあるからと笑う。俺がそうしたくなるような自分を作ったからだと。
 それは違う。
 たぶん、実咲が出会った頃の素朴な雰囲気のままでも、俺は最終的に同じ事をしただろう。
 きっと、実咲に見捨てられるまで俺は気付けなかった。結局、自分は実咲を傷つける道しか選べなかっただろうと思う。
 たぶん、誰かに思い知らされるまで……失敗するまで気づけないことだったのではないかと思う。

 人は、経験なくして想像力を巡らすのは難しい。実咲に見捨てられる以前の自分では、気づく余地さえなかったのではないかと思う。
 実咲を傷つけるより他、気付く道はなかった。もしかしたらあったかもしれないが、けれどそれは何年も先になっただろう。

 だから、きっと俺には必要な通り道だった。実咲を傷つけ、見捨てられたことさえも、実咲との未来のために必要なことだったのではないかと思う。もしかしたら、今に繋がる最短の道だったのかもしれない。

 それでも。悔いは止まらない。
 それは傷つけた事への免罪符にはならないのだから。女性を憎むことに安定感を求めたことが間違っていたのだから。

 だから、実咲は悪くない。俺が悪いんだと話をしても、実咲は笑って首を振る。
 どっちでも良いんだよ、と。彼女は笑って言うのだ。

「私にも出来たことがあったはずなのは、確かなんだから。雅貴のせいにしても、なんにもかわんないし、雅貴のせいにすればするほど、私は雅貴を信用できなくなって結局私自身が苦しくなるから。人のせいにするより、自分に出来たことを考えるのがずっといい。それを未来に繋げていく方が、ずっといい」

 だから、お互い様が良いよ、そう言って実咲は笑う。今一緒にいられるから、それでもういいよ、と。

 だから、信頼させて。騙さないで。心変わりは仕方ないけど、裏切らないで。

 まっすぐに見つめてくるその視線を受けて、俺は実咲を抱きしめる。何度も頷きながら、ありがとうと抱きしめながら、彼女に包まれているような安心感を覚える。

 ここに居場所があった。

 この居場所は、俺を閉じ込めることはない。
 実咲を抱きしめれば、俺をとらえて放さなかったこわばった感情がほどけてゆく。

 居場所とは、家という入れ物にではなく、人にあるのだと知った。俺が執着していた家の形は、俺がなくした物への憧憬を詰め込んでいただけの物だったのだろう。

 人は、人の中にこそ、居場所を作る。
 帰ったとき、受け入れてくれる人の中に、存在意義を確かめるのだと知った。

 実咲は、俺自身そのものを受け入れてくれる。取り繕わなくても、無理をしなくてもそこにいて良いと。きっとそれが、居場所があるという事なのだろう。

 正直、実咲がどうしてここまで俺を思ってくれるのかが分からない。
 そう言うと、実咲は笑う。
 私も分からないよ、と。
 それはそれで切なくて、こっそりと落ち込む。

 それを見て笑う実咲に、こんな俺を信用できるのかと尋ねると、困った顔をされた。
 不安は、あるよ、と彼女は答える。雅貴がいつか私から離れていくかもしれないって、思うよ、と。でも、あの時の雅貴の言葉は、信用しているよ、と実咲は続けた。もう、私をだましたりしないって、それは信用しているよ、と。だから、不安でも、大丈夫だよ、そう言ってくれたのだ。

 不安なときは、俺に言えよ、と言うと、彼女は「無理」と一言で答えると笑った。
 不安なのは、雅貴を信用してないからじゃないから。私の心の問題だから、と。
 そのかわりさ、
 そう言って、彼女は微笑む。

「雅貴が、私に対して、誠実でいてくれたら、それで良いよ。それがいい。そしたら、いつか、安心できるようになるかもしれないから」


 実咲は人の心は変わっていくものだから、未来の心は誓わなくても良いと俺に誓わせてくれない。
 だから俺は、俺自身に誓う。
 心が変わっていくのなら変わっていくのも良いだろう。
 実咲への思いが変わることもあるかもしれない。実咲以上に大切に思う誰かが現れるかもしれない。
 そんな事は、誰にも分からない。もちろん俺にも。
 けれど、そんな日が来たとしても、俺はずっと、ずっと、彼女を大切にするのだと。実咲に対して誠実にいるのだと。
 それだけは誓っている。

 だから実咲。
 これからも、傍にいてくれないか。
 実咲が俺の居場所を与えてくれたように、俺もいつかお前の居場所になれるようになるから。
 だから。

 結婚しよう。




しおりを挟む
感想 3

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

ぜった
2020.11.10 ぜった

一気に読みしました。
めちゃくちゃ面白かったです。
はじめから、雅貴このクズ野郎!!もげろ!!って感情移入してました。
でも、ハッピーエンドで良かったです!
読ませていただき、ありがとうございました!

2020.11.11 真麻一花

ありがとうございます。
雅貴はホントにクズですが(笑)、それでもハピエンをよかったって言っていただけてうれしいです。
楽しんでいただけたのでしたら、とてもうれしいです!

解除
さや
2020.10.04 さや

すごく好きなお話です。
何回も読んでしまいます。ありがとうございます。

2020.10.05 真麻一花

ありがとうございます。そう言っていただけて、とてもうれしいです(*´▽`*)

解除
YUKI
2020.06.14 YUKI

猫の10戒見ました!めっちゃ面白かったです(●︎´▽︎`●︎)
あの…後日談とか番外編をもっと読みたいですお願いしますm(*_ _)m

2020.06.14 真麻一花

ありがとうございます(*´▽`*)
猫の十戒は犬の十戒と差がありすぎてかわいいですよね。
ずいぶん昔書いた物の転載なので、番外編とかはないのですが、そう言っていただけてうれしいです。

解除

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

初恋だったお兄様から好きだと言われ失恋した私の出会いがあるまでの日

クロユキ
恋愛
隣に住む私より一つ年上のお兄さんは、優しくて肩まで伸ばした金色の髪の毛を結ぶその姿は王子様のようで私には初恋の人でもあった。 いつも学園が休みの日には、お茶をしてお喋りをして…勉強を教えてくれるお兄さんから好きだと言われて信じられない私は泣きながら喜んだ…でもその好きは恋人の好きではなかった…… 誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。 更新が不定期ですが、よろしくお願いします。

幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ

猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。 そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。 たった一つボタンを掛け違えてしまったために、 最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。 主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?

氷雨と猫と君〖完結〗

カシューナッツ
恋愛
彼とは長年付き合っていた。もうすぐ薬指に指輪をはめると思っていたけれど、久しぶりに呼び出された寒い日、思いもしないことを言われ、季節外れの寒波の中、帰途につく。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。