結婚の条件

真麻一花

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 料理を作るのも慣れてきた。
 アルミナは、はじめの頃より豪華になった料理を運びながら切り出した。

「これからのことなんですけれど」

 互いの気持ちを受け止めて、名実共に夫婦として再出発をした二人の生活は一週間を過ぎていた。
 まだ、互いにぎこちなさはある。ジェイクにはまだアルミナとの関係をこのまま続けて良いのかという躊躇いがあり、アルミナは彼のその気持ちに気付いており、その事への不安があった。けれど表面上は問題なく穏やかな日常が過ぎている。
 それまでと違うところがあるとすれば、ジェイクからアルミナを追い出そうとする言動がなくなったことだろうか。
 そして相変わらず口は悪いが、彼の気遣いがほんの少しだけわかりやすくなった。
 これからの事への口火を切ったアルミナに、ジェイクが目を向ける。
 彼女の運んでくる料理を受け取りテーブルに並べながら、少し躊躇いがちな彼女と視線を合わせた。

「ああ」

 彼女の言葉を促すようにジェイクは肯く。

「もし、ジェイクが構わなければ、一緒に大叔父の所へ行きませんか?」

 彼女の大叔父というと、ここから一週間ほどかかる土地に住んでいる大地主だと、ジェイクは聞いている。だから、そこにいればひとまず彼女の父親も手を出しにくいのだと。「そこの近くに、私の家もあるんです」

「……馬具職人のじいさんだったか?」

 ジェイクは、いつかアルミナが言った、唯一の家族であり彼女に革細工を教えたという祖父のことを思い出す。

「はい!」

 アルミナが何気なく話したその内容を、ジェイクが覚えていたという事に、彼女は嬉しくて笑顔を返す。
 その様子が微笑ましくもあり、ジェイクは目元を細めた。
 愛おしいという感情は込み上げるばかりで、その感情を収める術が分からない。良いはずがないと思う理性とは裏腹に、この状況を手放したくない自分を、ジェイクは自嘲気味に自覚する。

「……か」

 彼女の故郷の名を呟いて、彼女の思い浮かべる未来という物を、想像してみる。
 少しばかり不安そうな瞳でアルミナが彼を見ていた。
 二人の関係が変わって、アルミナも少しだけ変わった。以前ほど押しが強くなくなった。追い出そうとするジェイクに対して強がっていたところが抜けたのだろうと、ジェイクは思っている。代わりにジェイクの気持ちを窺おうとする素振りが増えた。
 気を使わせているのだろうか。
 不安げな彼女の視線を受け止めながら思う。ねじが一本抜けたようなあっけらかんとした様子が少し減ったことを、わずかながら寂しく思う。もっとも、あれを以前のように全力で続けられたら続けられたで、ジェイクとしても少々疲れるのだから、ほどほどであって欲しいという気持ちもなきにしもあらずなのだが。

「そうだな、それも良いかもしれないな」

 ジェイクは、込み上げる感情を抑えながら、そう呟いた。
 ここには、もう彼を引き留める物はないのだから。遠く離れた土地に移り住んだところで、何の問題もないはずなのだ。少しばかり心に引っかかるのは、なくした物への郷愁に過ぎない。この地に未練があるわけじゃない。
 未練があるとすれば……。
 そこまで考えて、ジェイクは思考を打ち切る。もう捨てるべき過去なのだ。掘り起こしたところで虚しさが込み上げるだけだ。
 この土地に住み続けたのは、捨てきれない過去への未練だった。それを断ち切る時期なのかもしれない。

「……ジェイク?」

 黙り込んだ彼に、アルミナが心配そうにのぞき込んでくる。

「そんなに難しい顔して悩まなくても、料理は逃げていきませんわよ?」

 目の前の料理を睨むようにして考え込んでいたジェイクにアルミナがいつもの調子でとぼけたことを言ってくる。
 ふっと、ジェイクの肩から力が抜けた。

「そうだな」

 彼女がいる。他に望む物など、今更ないのだ。
 静かに肯いたジェイクに、アルミナがわずかに瞳を翳らせたことを、彼は気付かなかった。

「賞金でいただいた分のお金では二人分の旅費には心許ないですから、もうしばらくこちらでお金を貯めたいと思っていますの。それに、いろんなところで仕事をいただいて間もない身ですので、いただいた分は、しっかりとやりたいですし」

 食事を取りながらアルミナの語る内容を聞きながら、まだしばらくはここにいるのだとほっとする。未練がましさから目を逸らし、ジェイクはアルミナの言葉にそうだなと肯いた。

 アルミナは大叔父の元へ行く話しをしたときのジェイクの様子が気になっていた。
 ジェイクの過去に何かあるのだろうと言うことは想像がついている。彼は元々、こんな生活を送ってきた人間ではない。彼の粗暴さは投げやりに近い物を感じていたし、アルミナとの生活を再開して以降は、酒に飲まれる様子もなく、どうやら真面目に仕事もしているらしい。何をしているのかは、聞いてもはぐらかされるので、言いたくはないらしい。
 言えない仕事なのだろうかとじっと見つめていると、「変な仕事じゃねぇよ」と、眉間に皺を寄せて否定された。
 食事のマナーにしても、日常とふとした動きでも、彼の動きは決して見苦しい物ではない。美しいというほどのことはないにせよ、男臭くもありながら落ち着きのある所作が多い。道ばたで飲んだくれて座る日常を長年してきたような柄の悪さといった物が感じられない。
 彼をこの状況に追いやった何かがきっとあるのだろう。
 そして、あの時のジェイクの様子から考えると、心残りな何かがあるのかもしれない。
 まだ時間はある。すぐにこの土地を離れるわけではないし、詳しく何かを決めたわけでもない。その間に、ジェイクの過去を少しずつ知れたら……アルミナはそう考えていた。
 その疑問の答えは、ある日の早朝、突然にやってきた。



「ジェイク! ジェイク!」

 突然、張りのある声が響き、ドアが乱暴に開けられた。休日の朝、決して人が訪ねてくるような時間ではない。
 朝食を作っていたアルミナは驚いて立ちすくみ、起き抜けのジェイクは、頭がついていかない様子で突然の来訪者に目を向けていた。
 ジェイクより少し年上だろうか。ジェイクと変わらないほどの大きな体は、彼よりか幾分がっしりとしている。しかしそれに反して身綺麗に整えられた様子は優美さを感じられる相貌である。
 やってきた男は二人の様子など気にした風もなく、満面の笑顔を浮かべ、室内にずかずかと入ってきたかと思うと、力強くジェイクの肩を掴んだ。

「ロデオの大会に出ていたそうだな! 居ても立ってもいられなかったぞ! ようやく時間がとれたんで来てやったぞ! さっさと隊に戻ってこい」

 隊?
 アルミナは会話の意図が分からずに、様子を見守りながらも、耳をすませる。
 ジェイクは軍隊にでも所属していたのだろうか。そして、この男はジェイクが隊に戻ることを待っていたらしい。
 対するジェイクの様子は、驚きはしているが、どうやらこんな来訪をされたにもかかわらず、特に不快感を抱いている様子もない。こんな非常識なことをしているが、格別問題のある人物ではないのだろう。

「……隊長……。何であなたがこんな所に。しかもこんな朝早くからなんですか……」

 不機嫌そうではあったが、力の抜けた様子で溜息をつくところを見ると追い返さなければいけないような客でもないようだ。
 珍しく心持ち丁寧な言葉を使い、隊長と呼ぶところを見ると、隊にいた頃の上司なのだろうか。
 そして、この隊長はジェイクのことを高く買っているのだ。
 ジェイクが高く評価されているのは嬉しい。なのに隊をやめてしまったジェイク。今もこうして足を運ばれるぐらい望まれているのに。もしかしたら隊に所属していた頃、何かあったのかも知れない。
 アルミナは、ジェイクの憂いの元に近づけるかも知れないと、わずかながら緊張しながら二人を見つめた。

「そろそろ、戻ってくる気になったか」

 ジェイクは目を逸らしうつむくと口をつぐんだ。隊長はジェイクの肩を掴んでいる腕に力を込めると、たたみかけるように誘いかける。

「あのときの事はもう問題ないと言っているだろう。ああいう目立つところに出たからには、それ相応に覚悟も戻ってきたのではないか?」

 ジェイクは溜め息をついた。

「俺は、除隊されたと思っていたのですが」

 顔を上げようとしないジェイクに、隊長が鼻で笑う。

「するか。お前が除隊の願いを届出たので預かりはしたが、心配するな、休暇中だ」

 その言葉にジェイクがようやく呆れた様子で顔を上げた。

「俺は隊に在籍していた状態だったと……? 何をしているんですか、あなたは。もし俺がその間に問題を起こしていたらどうするつもりだったんですか」
「心配するな、もみ消してやる」

 気持ちのいい笑顔を浮かべて言いきった男に、ジェイクが渋い顔をして頭を押さえた。

「俺が戻る必要があるとは思えませんがね」
「私が、お前が良いと言っているんだ。お前が一番信頼できる」

 その言葉に、ジェイクがゆがめるような笑顔を浮かべた

「俺は、一番信頼されてませんよ」

 怒っているようでも、悲しんでいるようでもある声だと、アルミナは思う。やはり、隊で何かあったのだろう。やめざるを得なかっただけで、やめたくはなかったのではないだろうか。だとするのなら、今、このチャンスを逃してはいけないのかも知れない。

「成り上がったお前だからこそ、心酔しているヤツもいるさ。そういう奴らをまとめてくれればいい」

 隊長は、そう言いながら、ちらりとアルミナに目をやった。
 彼に初めて目を向けられ、隊長は自分の存在に気付いていたことに驚いた。しかし、その視線は決して友好的な物ではない。探るようでもあり、軽蔑しているようでもある。

「あなたが、この男をやる気にさせた女性かな?」

 隊長の嘲るような低い声に、ジェイクの方が不快そうに顔をゆがめた。

「……レナウド様、彼女の事は……」
「だまれ」

 アルミナをかばおうとしたジェイクを、隊長は押しとどめ、その一瞬の隙にアルミナへと言葉をぶつけてきた。

「この男は、領主となる私の腹心となる男だ。ちょっとした諍いでこんなところに引っ込んではいるが、落ち着き次第引き立てるつもりでいた男だ。役にならない女に用はない。ふさわしくない女には消えてもらおう」

 強制的な強さのあるその声は、アルミナを拒絶していた。
 アルミナは、何故自分がここまで嫌われているのか分からず、思わず首をかしげる。
 初めてあった方なのに、わたくし、何かしてしまったのかしら、と。
 だとしたら問題である。ジェイクの上司に嫌われては、ジェイクにとってマイナスになってしまう。
 アルミナが困っている間に、ジェイクが立ち上がると彼女を隠すように隊長の前へと体を移動する。

「レナウド様、彼女への侮辱は、あなた相手でも許す気はないですよ。彼女を侮辱するつもりなら帰ってもらいましょうか」

 ジェイクは、深く息をついて、厳しい目で彼を見た。
 仲違いは良くない。この男はおそらくジェイクにとっては必要な人だ。アルミナは慌てて口を挟む。

「ジェイク、わたくしはかまいませんわ。気にしないで下さい。わたくしは、あなたの望むようにいたします」

 アルミナは短い言葉の中に、彼が復帰するのならそれを受け入れると言う事、そして、隊長になんと言われようと、ジェイクから拒絶されない限り離れるつもりはないことを含ませる。
 まるで状況など分かっていないかのようににこりと微笑むアルミナに、何が彼の気をそいだのか、隊長が視線を和らげて笑う。

「お前にしては、大分らしくない女性を選んだようだな。あれと一緒に考えたのが間違いだったようだ」

 あれ、とは何だろう。
 アルミナは尋ねたかったが、ジェイクの表情が不快そうに歪んだことで、尋ねることを諦める。
 隊長はさっきまでとは打って変わった態度で、優雅とも言える礼を取った。
 それがなにやら胡散臭いとアルミナが思ってしまったことは、口には出さず、心の中に留める。

「ご婦人、失礼した。どうやらあなたは、この男の役に立つ事ができそうだ。喜んで受け入れよう。ところで、この男は騎兵隊の副隊長として元々活躍していた男だ。取り立て直そうというのに、あまり気が乗らないらしい。お嬢さん、この男を説得してはくれまいか?」

 なるほど、軍隊ではなく、騎兵隊だったのだ。ジェイクの馬に対する信頼や愛情に思わず納得する。
 そして、隊長の態度の変化に思わず笑みが浮かぶ。
 道理で胡散臭いはずであった。突然の友好的な態度と、あからさまに良くなった笑顔は、まずアルミナから引き込んでジェイクを説得する方法に手段を変えたせいらしい。
 騎兵隊長であり、領主でもある……上流階級の男らしい、表面上の使い分けはジェイクにはない変わり身の早さだ。
 ここに来るまで父親の元で見てきたような人間達のようだが、その変化をジェイクの為にやっているのだと思うと、別段悪い気はしない。
 けれど、その笑顔にほだされてやる義理もない。
 アルミナにとって大切なのはジェイクなのだから。

「お言葉を無碍にするようで申し訳ないのですが、それはお引き受けいたし兼ねますわ。わたくしはジェイクの望む事の力になると決めております。望まぬ事を勧めるような真似はいたしかねます。もちろん、本心がやりたいと思っているようでしたら、なんとしてでも決心をつけさせるように努力はいたしますが」

 アルミナは微笑んだままそう言いきると、隊長から視線を外しちらりとジェイクを見つめる。本当は、戻りたいのでしょう、と。わたくしはそれ望んでいるのだと。
 隊長が溜め息をついた。

「この男に、このお嬢さんか」

 苦笑して、隊長はどうだとジェイクに視線を送る。それをアルミナはわずかな緊張を持って見つめた。

「……俺は、あなたの許可さえもらえたら、戻りたいと思っていますよ。だが、今の俺には守りたい物がある」
「ジェイク」

 アルミナは思わず咎めるように彼を呼んだ。その言い方では、まるで断ろうとしているようではないか。

「向こうに行けば、あんたを守る事ができる」

 やはり隊長の誘いを断るつもりだったらしい。先日話した大叔父の元へ行くという考えから離れていないようだ。
 アルミナは、今までになく真剣にジェイクを見つめると、こわばった声を出した。

「私のために、望まない事はしないで下さい」

 しかしジェイクは首を横に振る。

「それが、俺の望みだ。あんたが気にすることじゃねぇ」

 ジェイクは自分の事よりも、アルミナの安全の方が望みだと、父親に奪われないこと、ひいては共にいられること、そちらの方が重要だというのだ。
 それを嬉しくないだなんて思わない。
 ジェイクの気持ちが、彼女に向かっているが故の決断だというのなら、嬉しくないはずがない。
 だからこそ、アルミナは譲れないと思った。そこまで自分を思ってくれるような人から、大切な場所を奪いたくない。彼が隊に戻りたいという気持ちがあるのなら、絶対に。
 朝食の準備は全て止めて、ジェイクの元へと歩み寄る。
「気にするな」ともう一度言ったジェイクに、アルミナは首を横に振り、彼の手を取った。

「いいえ。私の望みは、あなたと共にいることで、あなたと幸せになることですわ。ジェイクは話してくれませんでしたが、わたくしはずっと気になっていました。好きなのに、馬を見ると苦しそうな顔になること。あなたはとても優しいのに、人に優しくすることに不快感のような物を抱いていること。……元々はこんな生活をしていた人じゃないこと。なのに、浮浪者のような生活を望んでしていたこと。あなたを追い詰めた理由がきっとあるのだと思っていました。戻るべき所、戻りたいところがあるのではないかと。やっと分かりましたわ。ジェイクは、隊長さんの所へ戻りたかったのですね」

 大叔父の元へ行く話しをしたときから、ずっと気になっていた。この土地を離れたくないのではないかと。
 アルミナは微笑んだ。

「どうか騎兵隊に戻って下さい」

 ジェイクが力なく首を振る。

「……あんたの安全が最優先だ」

 彼の、ただ一つ譲れない理由がそれであることに、アルミナは涙が出そうなほどの幸せを感じる。
 だから、ジェイクが留まっても良いと思えるだけの物を出さなければならない。
 それは、アルミナにしかできないことなのだから。
 アルミナはジェイクにしっかりと肯く。「大丈夫ですわ」と。

「騎兵隊の副隊長だなんて、花形ですもの。わたくしから父への嫌がらせは成立しませんが、父の了承する相手としては許容範囲内ではないかと思いますの。いくら嫁がせる為のメリットがないとはいえ、私を無理矢理連れ戻したりしたら、それこそ外聞が悪くなってしまいます。そうですわね……その方が父も諦めるかもしれませんわね……」

 アルミナは、父親の性格を考えながら、メリットとデメリットを計算する。
 あの父親の鼻をあかすには相手がこんなに良い身分だと今ひとつインパクトに欠けてしまうが、この際、そんな事はどうでも良いことである。それよりも大切なことがある。
 ジェイクと幸せになってこそなのだから。
 それよりも、メリットとデメリットはしっかりと把握しておかねばならない。メリットはより大きく、デメリットはそれを覆い隠す何かを考えておかなければ、父と対決するときに足下を掬われる。
 ふと視線を感じて顔を上げると、ジェイクと隊長が彼女を見ていた。

「あ、あら、わたくし、自分の事ばかり考えてしまって、申し訳ありません」

 頬を染めてうつむいたアルミナに、ジェイクが困ったように呟く。

「……あんたは、ほんとに良いのか」

 アルミナの最善を考えて躊躇っているのだろう。より安全な方を取りたいのだと分かる。だからこそ、アルミナは自信を持って肯いて見せた。

「もちろんですわ」

 それまで黙って聞いていた隊長が、にやりと笑って肯く。

「……どういう事情かは分からんが、こいつを引き留める為に俺の力が必要であれば、それなりに手を貸すのも、やぶさかではない」
「それは心強いですわ! 今度詳しくお話ししますので、一緒に対策を考えて下さいませ」

 アルミナは嬉しげに手を叩いて、そしてジェイクを見つめる。

「ジェイク、わたくしは、ここにいたいです。あなたが、あなたのいるべき場所で活躍する姿を見たいと思います。酒で飲んだくれていても、わたくしはあなたが好きでした。でも、騎兵隊の副隊長だなんて、きっと、もっと素敵ですわね」
「本当に、それで良いのか」
「良いも悪いも。ジェイクがわたくしに居場所を与えて下さって幸せにしてくれているのですから、今度はわたくしの番ですもの。ジェイクを幸せにするのは、わたくしの特権ですわ」

 いかにも嬉しいといった様子で笑うその姿に、ジェイクは力ない笑みを浮かべる。
 ほんとに、勝てねぇ、と。

「ここに留まるのなら、レナウド様の元なら申し分はねぇ。それなりにあんたを守る力にもなれるだろう。……アルミナ。俺は、騎兵隊に戻ってもいいか?」
「はい……!!」

 アルミナはジェイクの胸に頬をよせ、腕を背中へと回す。彼の節くれ立った大きな手が優しくアルミナの髪を撫でた。
 そんな動きがジェイクらしくなくて、けれどそれが嬉しくてアルミナが頬を染めた。

「私の事を忘れているようだが」

 ゴホンと咳がして、鷹揚に隊長が切り出す。

「本日をもって、騎兵隊副隊長ジェイク・ローウェルは復帰、そしてアルミナ嬢を、私は歓迎しよう。しかし、未婚の女性と共に過ごすというのは感心できんな」
「あら、わたくし、ジェイクの妻でしてよ?」

 目をしばたかせたアルミナに、隊長の方が大仰に驚いた。

「なんだと?! こんなに若いお嬢さんと、お前、いつの間に……!!」
「騙して結婚させて、押しかけ女房しましたの!」

 ジェイクは頭を抱えた。それは胸を張って嬉しそうに公言する内容ではない。騙したのが意図的でなかったにしろ。
「騙したのか?! いや、だが、確かに、ジェイクを落とすのなら、そのくらいしなければ難しいかもしれんな……。アルミナ嬢、見事だ」

「お褒めにあずかりまして、光栄ですわ」

 にこにこと笑うアルミナを、突然大きな手が口を塞ぎ、そのままその腕に引き寄せられる。アルミナの体は、彼女が信頼する広い胸元へと背中から倒れていった。

「あんたは、余計なことをしゃべりすぎだ」

 表情を引きつらせながらジェイクがアルミナを後ろから羽交い締めにする。もちろん口は塞いだまま。

「はははは、嫉妬か! これはおもしろい物を見た」

 隊長がニヤニヤと笑いながら、二人を見つめる。

「嫉妬以前の問題です」

 引きつった表情のまま、呻くような声が返される。
 アルミナは口を塞がれたまま、ジェイクの顔をちらりと見上げた。
 ジェイクはこれから彼自身の定めた道を歩んで行くことになるのだ。そしてアルミナは彼の妻としてここにいて、そして父に手出しを諦めさせる為手段を考える。
 今度はからかいの笑みを浮かべている隊長へと目を向ける。幸いにも、心強い味方もできた。
 アルミナはほっとして微笑んだ。
 きっと、何とかなる。何とかしてみせる。
 彼女の頭の上では二人の会話が続いている。
 アルミナは、ジェイクの腕の中で、にこにことその様子を見守っていた。


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