白銀の竜と、金の姫君

真麻一花

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6 勝ち取った日常

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 姫のもたらした知らせは、国を混乱に陥れた。

 竜の守護、という物がどの程度の物か知る者はない。人にとって大型の竜とは架空の生き物に限りなく近い存在であった。
 巨大な体と強大な魔力、そして人に勝る叡智を持つ生き物。
 そのあたりにいる人より一回り大きいだけの竜とは違う存在、といわれている。その竜の逸話はどれも伝説じみた物ばかりで、人と大きく関わった文献となると、他国で遠い昔に起こった竜の制裁を記す書物のみだ。
 けれど白竜を実際に目で見れば、架空の生き物と切り捨てることなど誰もできなかった。
 民家二軒ほどもありそうな巨体も、翼を広げればそのあたりの屋敷よりも大きく見える姿も、何より、城の魔術師たちがそろって脅えた強大すぎる魔力も、どれもが伝説と一致する。
 伝説の竜が存在してるのだと、認めざるをえなかった。古い記述は比喩や架空の史実ではなく、事実であったとしてもおかしくないと思わせた。

 何より理知的なその瞳も、交わす言葉も、人間に易々と御されるような存在ではないことを明らかにさせた。
 姫と竜の処遇をどうするかということに混乱を極めたが、引くつもりのない姫と、そして姫の望みを叶えようとする竜に押される形で決着がつく。
 姫君を対価に、国の守護を任すという形で白竜を受け入れたのだ。

 白竜は、姫の守護、ひいてはそのために国の守護を契約した。あくまでも結ぶのは姫とである。守るのも姫のみだ。姫を守るために国を守るが、それ以外のことは関知をしない。白竜の護りを利用して戦をすることも禁じた。そのときには姫の身のみを守り、国防には手を出さぬ事を明らかにする。国王の守護さえも拒絶した。
 国王と結ばせようと画策する動きがあったのだが、それは白竜の拒絶により断たれた。
 そうして姫は、国としても手を出しがたい、そして白竜を留めるために他国に嫁ぐことは許されぬ身となった。

 喜んだのは姫である。たとえ贄の姫と呼ばれようと、トカゲの花嫁と呼ばれようと、指をさされ嗤われようと、些細なことだ。そのような者達はひそひそとささやくのみで、白竜がこわくて何の手も出せぬ。
 それよりも他国に嫁がされる可能性は消え、なおかつ国王はじめ重職につく者がそろって、姫の降嫁を望むのをやめたのだ。
 つまりこれからは姫としての役割を果たせば、竜のそばに居続けることができるのだ。


 白竜の住処として城の裏手にある森とそして城の背後を守るようにある山が提示された。そして日常的には、広く芝生がひかれ手入れされた森へと続く広大な裏庭が主な竜の居場所となった。
 竜は意識すれば、たとえ自身が森にいようとも姫の声を聞き分けられる聴覚を持っていた。そして、それが竜の名を呼ぶ物であれば、国内ぐらいの範囲であれば、どこにいようと届く。その名と言うだけで、白竜に響くだけの力があった。
 白竜は姫がどこにいようとも駆けつけられるように己の名を与えた。
 魔術師を恐れさせるほどの力は、立場によっては、ひどく魅力的に見える物だと言うことを白竜は知っていた。そして、その白竜をこの城にとどめているのが姫の存在だと知られているということが、どういう意味を持つのかも。

 竜の守護を知らしめると言うことは、護りでもあり、時にその存在の強大さ故に危険にさらすことにもなりうる。
 圧倒的な存在だけに脅えていた者たちが、ただのんびりと守護者を気取るだけの存在を利用したいと考えるようになるまでそうかからないであろう。

 大事なのは、最初だ。
 白竜は、己が為に姫が危険にさらされる日が来るであろうことを予見していた。そしてそれを、誰もが恐れる形でつぶすことが大切であると考えていた。
 姫に手を出して白竜を使おうと思えば、その身が危ういのだと思い知らせるためだ。

 白竜が姫の守護者となって数年のうちに、姫を人質に白竜を従えようと拐かされそうになったのが三度、王座の転覆を狙い姫を亡き者にしようとしたのが二度、よからぬことを企て姫をそそのかし引き込もうとした者たちは、下らぬことも含めて数十回を数える。
 悪質な思考を持つ者は、問答無用に白竜が屋敷を破壊するという形で知らしめた。直接人を害すれば、姫自身が迫害されかねない。

「直接焼き殺してやろうというのを、姫が心を痛めるであろうから、この程度にとどめたのみ。姫を害すれば、人の裁きなど我は関知せぬ。目に余るようであれば、人の裁きが下される前に竜の裁きを受けることになるであろう」

 そうして、姫に手を出すことの不利さを示した。

 最初の一度目は、ただ竜を恐れ、その獰猛さに不信感を抱く者が多かった。けれど数度起これば、屋敷を壊された者は、それだけで国への忠誠を疑われるという道をたどるようになった。
 竜に屋敷を壊されるということは、一般人にまでわかるあからさまな反逆者の目印なのだ。
 国から不信感を抱かれ、監視されるようになるばかりではない。それだけなら表面上は逃れようもある。最もそれによって打撃が与えられたのは、関わる者たちすべてが不審の目で見てくるということだ。
 一挙一動にいたり、一般人からまで監視される。
 屋敷を壊された者達と取引をするということは、すなわち国から目をつけられるということだ。何かを企もうにも、誰かをだまそうにも、誰もが警戒をして関わることを拒絶してくる。仲間ですら嫌疑を持たれることを恐れて手を引いた。
 表向きにも裏向きにも、完全な孤立状態となるのだ。
 よからぬことを企む者にとって、姫に手を出すことは忌避されるようになっていった。

 実際攻撃された者たちからぼろぼろと明るみに出る不正の数々は、白竜の追い風となった。もちろんそれを暴く事ができたのは、耳の良い白竜が集めた情報があったためだ。
 それらが白竜の正当性を示しているのだと、姫は周囲の考えを誘導していった。
 しかも悪質な者ばかりが明るみに出てきたとあって、白竜の行いは正義の鉄槌のようにもてはやされることさえあった。

 しかし反面、姫の不興を買えば竜からどんな仕打ちを受けるかわからないと言った、あらぬ噂がまことしやかに流れ、姫の周りに群がる者は減っていった。
 人間生きていればそれなりにやましいことも出てくる。悪質ではないにしろ、清廉潔白なばかりの人間などいない。貴族社会をそれなりに生き抜こうと思えばなおのことである。
 姫に対し悪しき心を持たずば問題ないとわかっていても、何がその逆鱗に触れるかわからない。そう思ってしまう恐怖心は、ただの人の身である以上、仕方のないことであったのかもしれない。

 けれど白竜が案ずれば、姫はあっけらかんとしたもので、「余計なことに取られる時間が減って、白竜様といる時間が増えましたもの。ちょうど良いですわね」と軽やかに笑って、竜に寄り添いながら裏庭でまどろむのだ。


 そんな日常が数年続いた。
 出会った頃は幼さが残っていた姫も年頃となり、美しさは他国にも響き渡るほどのものとなっていた。けれど当の姫は変わらず竜を慕い、時間のあく時は裏庭へとかよいゆったりと白竜と戯れている。
 もはや国王も、姫のまともな降嫁をあきらめていた。姫が望みさえすれば、嫁ぐことも可能であったかもしれない。けれど当の姫が竜を未だ慕っているのだ。幼さ故の思い込みではなかったのだと、この数年をかけて白竜にも国にも知らしめた。
 姫は未だ、一途なほどに白竜を思い続けていた。
 白竜自身そのことに驚きを覚えていた。
 数年もすれば飽きるであろう、自身の時間を楽しむことも増え、女性らしいことに興味を抱き、竜とともに芝生に身を横たえる時間など厭うようになるだろう、そうして顔を合わせる日も減ってゆくだろうと思っていた。
 ところが一向に減らぬどころか、慕う様子は以前よりも強くなっているほどだった。

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