月光に照らす君

虫とるず

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数秒の間の後高坂は我に返ったように素っ頓狂な声を上げた。
「へ…?学研…?」
その瞳は大きく開いていた。
そして一色は無言で頷くと、
「学校についての歴史や噂や秘密云々を僕達が徹底的に調べるのさ。謂わば探偵みたいなものだね。幸太朗、こういうの好きだろ?」
と右手を翳しながら言った。
すると高坂は苛立たせながら頭を掻きむしると不満顔をした。それは高坂が本当の嫌悪感を出している時に見せるものであった。
「一色…お前は俺のモットーを知っているはずだ…しょーーー」
高坂は言いかけると一色がそれを横取った。
「省エネ主義…だったよね?そんなことはわかっているさ、わかっているからこそ幸太朗を誘ったんじゃないか」
「…どういうことだ?」
高坂はポケットに手を入れ真剣な表情になる。
「昨日言ったじゃないか、幸太朗にはスパイスが足りないって。だけど部活動って言っても普通のよくありげなものじゃそれはスパイスにならない、だから効き目をきかせた激辛スパイスを入れようと思ったんだ…幸太郎の中にね」
一色はそう言うと興味津々で高坂を見つめる。
するとやはり彼は難しげな顔になっており、それが可愛らしく思ってしまう一色は左手を後頭部に翳し空笑いする。やっぱり怒るかな、と彼は少し不安にもなったが。
しかし高坂は意外にも溜息をつきそのまま説教することもなかった。
「お節介も甚だしいことで一色君」
それだけ言うと高坂はいつもの気の抜けたようなオーラを全身から出し始める。いつもの幸太朗だ、と一色は安心した。
そして高坂が急に帰ろうとしたので一色は呼びかけるが寝起きのような醜いサウンドを返されただけであり、仕方なく諦めると高坂の背中に呟きかける。
「じゃあまた明日部活で…幸太郎」
そして高坂も無言で手を挙げる。高坂は何故か胸がくすぐったく悪い気分ではなかった。つまり意味のわからない部活動入部に対して、まんざらでもなかったということなのだ。


翌日。早速部活動が開始した。その最初の内容は。
「部員集めだよ幸太郎!!」
と一色は向かいに座って本を読んでいる高坂に向かって吠える。
すると高坂は本を閉じ一色を見つめる。考えているように。
「…そうだな、確かに部員二人だけじゃ少なすぎるな。後々俺が幽霊部員になると考えても、そうだな、二人はいるかな」
「まあ、そうだね。妥当な数字かな」
一色はあえて何も突っ込まず指を顎に当てた。彼の対応の関心の無さに呆気にとられて、もう一度本を開いて読み始める。
高坂は読書家で、近くの古い本屋にほぼ毎日通っている。一週間に1冊以上は最低読み、気に入った作品は付箋を貼って何度も読み返す。普通の高校生とは違い高坂は本以外に興味を示すものはなく、彼自身も最近の若者は…などと言い、感性自体も変わってきている。彼の省エネ主義はおそらくそういった変人的性質から成しているのだ。
「ねえ、早速部員集めにいかない?」
「…今からか?」
「もちろん」
と一色はグーポーズをとる。
「何するんだ?呼びかけか?」
「違うよ、そんな手順の悪いことはしないさ」
「だったら何を…」
高坂はその瞬間何かを感じた。一色の目の色が変わり始めていることに。
そして一色は言う。
「校内放送だよ」
「はあ!?」
どうやら嫌な気配は正しかったと高坂は思うが、予想以上の事に流石に阿保だと一色に伝えようとする。が、その前に一色が高坂の腕を強引につかみ立たせた。
「おい、何だよ一色」
「行くよ放送室に」
「本気なのか?」
と高坂は言うがその答えはとっくに知れていた。
「イエス」
思惑通りに一色は答えた。そのどうにも覆しのしようもないオーラに渋々高坂は引き寄せられた。長い付き合いだ、こういう男だ一色建氣は。
そして高坂と一色は放課後ならではの空気感を感じながら廊下を走り、時折何事かとたくさんの視線を感じたがそれを物ともせず目的地へと行く。野球部の声、合唱部の澄んだ声音、吹奏楽部の全国大会に向けての演奏。その全てを高坂は感じながら、目の前を走っている一色を見る。
___ああ俺もこの中に溶け込んでいるのか___

「着いた」
すると高坂は突然意識が戻り、目の前には息を切らした一色がこちらを見ていた。その後ろには放送室と書いたプレートが見えた。
「本当にやるんだな」
念のため再度確認を入れる。
「やるさ、おー、なんか楽しくなってきたぞ」
相変わらずだと、高坂は笑い、胸の内で覚悟を決する。
やるんだ、と。
高坂はスパイスを求めていた。何気ない日常を何気なく過ごす日々にそろそろ嫌気がさしていたのだ。かといって授業が終わるとすぐに本屋に行き、気に入ったものを購入し、家に帰ってコーヒーをおつまみ代わりにして本を読む、といった日々に飽きたということではない。ただ、高坂は何かを欲していた。そしてそれがただありふれたものではないことはわかっていた。自身を満たすものが欲しかったのだ。
「俺も…少しそう思うぞ…一色」
「ん?何か言ったかい?」
「いいや…何でもないよ」
高坂は小さな声で呟いたせいで一色には聞こえなかった。
そして二人は放送室に入る。中は3畳ほどの小さな空間で、その中に大量の機器が置かれてある。
ふたりはどでかく本格的なマイクの前に置かれた椅子に腰掛けた。
すると高坂は肝心な事を思い出すようにして一色に聞く。
「そういえば先生からの許可は下りているのか?」
「勿論!!無断使用だよ」
一色はまたグーポーズする。するとそれを見た高坂は
「お前ってやつは」
と溜息を吐く。
若干だが二人の嗅覚に機械の鉄臭が刺激する。
高坂は心臓が早く拍動し、身体中から汗が湧き出ているが一色は平気そうだった。
「覚悟はいいね?幸太郎」
「…お前こそ大丈夫か」
すると一色は頬を緩め
「おーけ、行くよ」
そしてスイッチをオンにした。
少しの間二人は黙っていた。何を言えばいいのか考えていなかったのだ。お互い馬鹿野郎だと思う。
そしてようやく一色が話し始める。
「えーーーと…、学研部です」
最初に何かいうことがあるのではないのかと、高坂が突っ込もうとするが、一色は任せなってと言わんばかりに続ける。
「今回放送させてもらったのは…といっても誰からも使用許可は下りてないんですけど」
「余計なことは言わんでいい」
高坂はほとんど聞こえない位小さな声で突っ込んだ。
そんな高坂を気にせず一色は続ける。
「実は昨日僕達が作った部活動の部員が僕を含め二人しかいないんですよ、しかも学研部なんかに入ってくれる人なんていないんじゃないかと不安になりまして。そして危機逃れるべく、なにか方法はないかと考えまして、思い立ったのが放送で入部者を呼びかける、といったことなんですよ」
一色の発言が学校全体に聞こえていると思うと寒気が襲う。
しかし彼は乗ってきたのか、徐々にトーンが上がっている。
「まあ、堅っ苦しいことは言いません。どうか学校研究部、略して学研部に入部してください、という話なのです。どんな活動をするだとか、活動場所や活動時間などの具体的なことは言いません。あなた達が入部してくださればいいのです」
一色の言うことは全く構成がなっていない。ぐちゃぐちゃな物言いだ。
などと高坂が思っていると、廊下を猛ダッシュで駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「一色、先生だ」
と忠告すると、一色はマイクを握り締めて言い始めた。まるでどこかのミュージシャンみたいに。
「そろそろ時間みたいです。皆さんどうか学研部に来てください。待ってます」
言い終わると高坂に振る。
「…なんかひと言」
一色は小声でつぶやく。足音はすぐそこまで来ている。
高坂は懸念したが一色があれだけ言ったからには自分も黙っておいてはいけないと、自分らしくない考えに至り、渋々言う。
「…歓迎しますよ、興味のある方は是非第三教棟四階まで__」
すると突然扉が開き、高坂が言い切る前に先生が入ってきた。
「君たち何をしているんだ」
一色はヤバイと、とっさにスイッチをオフにした。
先生の顔は赤く湯気が立ちそうなほどに怒り顔だった。二人は背筋をピンと伸ばし、謝り続けた、しかし、やった事は後悔せず、怒られている最中でも達成感で胸踊らされていた。

そして二人の学研部での最初の活動が終わった。
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