桜姫 ~50年後の約束~

雨宮よひら

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桜ノ国編

4.桜ノ逃走

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大和と別れて自分の自室に戻った私は、そのまま寝床に倒れ込む。

(今日は色々なことがありすぎて疲れたわ…少しだけ休もう…)
私は、夜に備えて少しだけ仮眠することにした。


--目を覚ますと、既に辺りは暗くなっていた。

(少しだけ眠るつもりが、長く寝てしまったみたいね)

「失礼します。桜姫様、お食事の用意が出来ました」

侍女が御前を持ってきたが、今の私は喉に通らなかった。
御膳には色とりどりの豪華な料理が並べられている。

「ごめんなさい。お腹がすいてないからこれは下げてください」

「畏まりました」

そして刻一刻と時間が過ぎ、約束の時間を知らせる鐘の音が鳴り響く。

ゴーン ゴーン ゴーン 


私は平包に最小限に纏めた荷物と、被衣かつぎと呼ばれる布を頭からすっぽりと被る。
顔を隠すには最適だった。


音を立てないように襖を開けて、誰もいないのを確認する。

私は細心の注意を払いながら、小走りで目的地に向かう。

現在、桜ノ国は、梅ノ国に占領された花笠村の奪還を目指して、梅ノ国と激闘を繰り広げている。
そのため多くの兵士たちは戦場に駆り出されており、宮殿内の警備は手薄だった。

「大和…!」

桜庭園に着くと大和は既に到着していて、約束の桜の木の前で私を待っていた。


「桜姫、必ず来てくれると信じてました」


桜の花の隙間から射し込む月明かりに照らされた大和の顔は、いつもより妖艶で美しくみえた。


「綺麗…」

私は思わず呟く。


「はい。夜に見る桜も昼に見る桜とはまた違った美しさで、とても素敵ですよね」


「そ、そうね」


「さあ、誰かに気付かれぬうちに早く行きましょう」


大和は手を差し出す。
私は迷わずその手を掴んだ。


***

桜ノ国の宮殿は頑丈な塀に囲まれており、宮殿の外に出るには門をくぐらなきゃいけなかった。

「どうしょう…あれじゃ外に出られないわ」


だか門には見張りの番人が交代で、昼夜問わず監視していた。

「あまり姑息な手は使いたくありませんでしたが、やむを得ませんね」

そう言うと大和は、薬箱から何かを取り出して、それを竹筒に入れる。

「大和…?」

「桜姫は、ここで待っていてください」

「ち、ちょっと…」

(行ってしまった…大和は何をするつもりなのかしら)
私はただ、見守ることしかできなかった。

大和は番人に話し掛けると、先程の竹筒を渡す。
番人はそれを受け取ると、口に含んだ。
暫くすると番人は、ふらりと蹌踉めきだし、そのまま地面に倒れた。

私は顔が真っ青になる。
急いで二人の元に駆け寄った。
番人は、仰向けに倒れたままピクリとも動かない。

「し、死んでる…」

私はショックで地面にへたり込む。

(ま、まさか大和が……!?)


「ちゃんと生きていますので、安心してください。端くれとはいえ僕は医師ですよ。無闇に人を殺めたりしません」

クスリと笑う大和。

「ほ、本当に?」

「はい。ただ眠り効果があると言われている薬草を、乾燥してすり潰して粉末状にしたものを、先程の水に混ぜて飲ましただけです」

「な、なんだ…よかった…」


胸をほっと撫で下ろす。

(そうよね…心優しい大和がそんなことする訳ないというのは、ずっと一緒にいた私が分かっているはずじゃない)

少しでも疑った自分が恥ずかしかった。

「実はこの番人は僕の知り合いでして…眠気を覚ます新薬を作ったから、ぜひ試して欲しいと頼んだら、疑いもせず快く飲んでくれました」


「何だか悪いことをしてしまったわね…」


「はい…ですが彼には悪いですがもう少しの間、眠っていて貰いましょう」


「本当に申し訳ないわ」
私は眠っている番人に、手を合わせて謝った。


大和は、私の手を取り立ち上がらせる。
門の前には、通称・桜雲おううん橋と呼ばれる長い橋が架かっていた。

「この橋を渡ると王都です。城下町は何があるかわからないので、絶対に僕から離れないでください」

私は大和の手を強く握り閉める。
大和は、大丈夫だよと応えるかのように、私の手を更に強く握り返した。
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