桜姫 ~50年後の約束~

雨宮よひら

文字の大きさ
15 / 21
薔薇ノ国編

15.薔薇ノ殺意

しおりを挟む
あの晩餐会以降、私はメリナ様やチェリッシュ様、更にはその取り巻きの令嬢たちから、陰湿な嫌がらせを受けることになる。

王宮内の人目につかない場所に呼び出されて、罵声を延々と浴びせられたり、すれ違った際に足をかけられて転倒したこともあった。

だけど私は、決して涙を流したりなどしなかった。
それはマーニャの存在があったからだ。
メリナ様の私に対する振る舞い見た他の女中たちですら、私を蔑み、陰口を叩いていたが、マーニャだけは変わらず接してくれた。

どんなに傷つくことを言われても、マーニャはそれを否定して、私の為に涙を流し、時には怒り、慰めてくれる。
マーニャがいるから私は、挫けずにいられた。

けれど---
そんなある日、事件は起こった。

この日いつものように私に出された食膳の毒味をしていたマーニャが突然、悲鳴を上げた。

「いた…っ…」

「マーニャどうしたの……って何よその血は!?」

口元を押さえるマーニャの白い手の隙間から、赤い鮮血がポタポタと滴る。

(もしかして…ど…毒!!?どうしょう…マーニャが…マーニャが…)

私は、混乱し慌てふためく。

「桜姫様、落ち着いてくださいませ。私は大丈夫でございます。ただお食事の中に硝子の破片が混入していたらしく、取り出す際に唇を切ってしまいました」

そう言うとマーニャは、キラリと輝く硝子の破片を私に差し出した。

「いったい誰がこんな酷いことを……」

私はすぐにある人物が頭に思い浮かんだ。

(ってメリナ様しかいないわよね……私だけならまだしもマーニャにまで……もう我慢の限界よ。絶対に許せないわ!)

私は怒りに任せて勢いよく部屋を飛び出すと、メリナ様を探して広い王宮の中を捜索する。

***

「メリナ様!!」

「あら、あなたの方から出向くなんて、珍しいこともあるのね」

色とりどりの薔薇の花が咲き誇る庭園で、白い大理石の柱と屋根で造られた、小さな丸い建物の中で、メリナ様は優雅にお茶をしていた。
私は脇目も振らずにメリナ様に詰め寄る。

「マーニャに謝ってください」

「ちょっと何を仰ってるのかわからないわ。どうしてこのわたくしが、使用人如きに謝らなきゃいけなくって?冗談はおよしになって」

メリナ様は、馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻で笑う。
だが今回ばかりは、食い下がる訳にはいかなかった。

「メリナ様のせいでマーニャは怪我をしたのですよ。危うく飲み込んでしまうところでした」

「いったい、なんの事かしら」

「とぼけないでください。メリナ様が私の御膳に硝子の破片を忍ばせたのは分かっています。そのせいで毒味をしたマーニャが私の身代わりになって……」

マーニャの痛々しい姿を思い出しただけで、怒りが沸々と溢れ出し、拳を握る手に力が入る。

「なによ。突然やってきたかと思えば勝手に人を犯人呼ばわりして、無礼にも程があるわよ!それにわたくしがやったという証拠はあるのかしら」

「そ…それは…」
痛いところを突かれて、言葉を詰まらせる。
(確かに証拠などないわ。でも……)

「あら、さっきまでの威勢はどうしたのかしら。まさか証拠もないのに、勝手な思い込みだけでわたくしに罪を着せるおつもり?どうなのよ。さぁ、答えなさい!!」

待ってたとばかりにメリナ様は扇子を突き出し、勝ち誇った顔で私を見る。

「……証拠はありません。ですが今までのメリナ様の私に対する数々の非道な行いを見たら、疑われても仕方ないと思いますわ」

「ふんっ!やっぱり証拠などないじゃない。話にならないわね。今すぐここから出て行きなさい。茶が不味くなるわ」


だけど私は、まだ引き下がらない。

「メリナ様、お願いですからもうこのような事はお辞めください。幸いにも今回は怪我だけで済みましたが、次は何をされるのかと思うと恐ろしくて夜も眠れませんわ」

「もうっ!しつこいわね!そんなに不安なら、あなたも護衛をつければいいじゃない」

「護衛を?」

メリナ様の思いがけない返答に、私はキョトンとした表情をする。

「そうだわ。丁度、騎士団長からそれはそれは新人の騎士が採用されたと聞きましたわ。あなた専属の護衛役に回すように、わたくしから頼んであげますわ」

感謝なさい!と含み笑いをするメリナ様に、違和感を覚える。

(いったいどういうつもり?あのメリナ様が私の為に、善意を行うとは到底思えないわ。何を企んでるのかしら) 
私は、妙な胸騒ぎを覚えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!

音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ 生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界 ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生 一緒に死んだマヤは王女アイルに転生 「また一緒だねミキちゃん♡」 ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差 アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、 結婚初日から気づいていた。 夫は優しい。 礼儀正しく、決して冷たくはない。 けれど──どこか遠い。 夜会で向けられる微笑みの奥には、 亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。 社交界は囁く。 「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」 「後妻は所詮、影の夫人よ」 その言葉に胸が痛む。 けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。 ──これは政略婚。 愛を求めてはいけない、と。 そんなある日、彼女はカルロスの書斎で “あり得ない手紙”を見つけてしまう。 『愛しいカルロスへ。  私は必ずあなたのもとへ戻るわ。          エリザベラ』 ……前妻は、本当に死んだのだろうか? 噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。 揺れ動く心のまま、シャルロットは “ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。 しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、 カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。 「影なんて、最初からいない。  見ていたのは……ずっと君だけだった」 消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫── すべての謎が解けたとき、 影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。 切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。 愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

処理中です...