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薔薇ノ国編
16.薔薇ノ宿敵
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そして数日後、正式に私の護衛役に任命された例の新人は、私のもとに挨拶にやってきた。
「お初にお目にかかります。この度、桜姫様直属の護衛役の従者に任命されたリーリオと申し上げます」
(わぁ……綺麗……)
白い髪を後ろに一つに結んだリーリオは、血が通っているのかと疑いたくなるほどの透き通った白い肌と、青空を移した瞳をしていた。
私は、警戒心も忘れてその美しさに釘付けになる。
(なんて白さなのかしら。睫毛まで真っ白だわ。そういえば昔、本で読んだことがあるわ)
北に位置する大国・百合ノ国の者達は皆、一目で分かるある特徴を持って産まれるという。
それは百合ノ国の民の証である、目を奪うような白い肌と白い髪ーー
その白さまるで純白の百合の花のようだとたとえられ、国の名前の由来にもなったと云われている。
「もしかしてあなたは、リーリオは、百合ノ国出身?」
「左様でございます」
「やっぱりそうなのね。小さい頃に読んだ本に書いてあった通りだわ……いいえ!本で想像するよりずっと美しいわ!」
「美しい?桜姫様はこの姿を見て驚かないのですか?」
リーリオは、怪訝そうな顔で問い掛ける。
「もちろん驚いたわ。今まで沢山の人とお会いしてきたけれど、その白い髪も、透き通るような肌も初めて見たわ。なんて神秘的なのかしら。これはきっと百合ノ国の民だけに与えられた神からの贈り物ね。素晴らしいわ」
私の言葉にリーリオは目を見開いて、驚きを隠せないといった顔をするとーー
「神からの贈り物?クッ…クハハハハハ」
「リ、リーリオ?」
(私、なにか変なことを言ったかしら)
突然、吹き出すように笑い出したリーリオに困惑を隠せない。
「いや…その…すいません……まさかそうな風に言ってくれる方がいるとは驚いて…この忌み嫌われた外見を美しいと言ってくれるのは、この国では桜姫様だけですよ」
(忌み嫌われた?どういうことかしら?)
私はリーリオのその言葉の意味を、すぐに知ることになるのだった。
***
リーリオと王宮内を歩いてると、いつもと様子が違うのに気が付いた。
城の者たちは皆、私達を見るなり形相を変えて、まるで化け物を見るかのような目付きで睨み付けてくる。
蔑む視線には慣れていたが、この視線はまた別のものに思えた。
耳を澄ますとーー
『見ろよ。あの灰でも浴びたように白い髪と、死体のような肌を。あれは間違いなく百合ノ国の者である証。なんという気味の悪さだ』
『おぞましい。見てるだけで呪われそうだわ』
『なぜあのような者がここに?いったい誰が招き入れたのよ!』
『忌々しい百合ノ国の者めっ!俺が成敗してやる!』
リーリオに対する心ない中傷だとわかった。
「リーリオ、これはどういう……」
私がリーリオに問い掛けようとしたその時、前からメリナ様とチェリッシュ様の姿が見えた。
「ご機嫌よう」
「メリナ様…チェリッシュ様…」
「まぁ、なんて気持ち悪いのかしら!」
チェリッシュ様はリーリオを見るや否や嫌悪感を表す。
「あら、とてもお似合いじゃない。あなたのような野蛮な姫君には、同じ野蛮な化け物がお似合いよ。似た者同士ぜひ仲良くなさい。ふふふっ」
メリナ様は扇子を広げて愉快そうに笑うと、そのまま私達の横を通り過ぎる。
チェリッシュ様も後を追うようにメリナ様に続くが、最後まで憎悪のこもった瞳をリーリオに向けていた。
(いったいリーリオが、何をしたっていうのよ?)
私は訳が分からず混乱する。
***
「リーリオ、さっきのは……」
城の露台から外の景色を眺めるリーリオに、私は恐る恐る問い掛ける。
「見たまんまですよ。この国では、白い髪と肌は差別の対象なのです」
「どうして?こんなにも美しいのに……」
リーリオの白い肌と髪はとても綺麗で、私は羨ましくすら感じた。
(それなのにどうして、差別されるというのかしら)
「人間は少しでも人と違う者には恐れをなして、拒絶しようとする生き物です。それが百合ノ国の者なら尚更……桜姫様もご存知でしょう。ほんの数年前までは、薔薇ノ国と百合ノ国が敵国同士だったというのは」
「知ってるわ。でも確か五年前に、両国の間には和平条約が結ばれたはずでしょう?」
お互いフロール大陸きっての大国同士であり、長年覇権争いを繰り広げてきたこの二カ国の和平条約という歴史的情報は、瞬く間にフロール大陸中を駆け巡りった。
フロール大陸に住む者なら皆、誰もが知っていることだ。
「そのとおりです。ですが何百年もの間、殺し合いを続けていたんですよ。中には家族や親しい者が戦争の犠牲になった人もいるでしょう。いくら和平条約が結ばれたからといって、そう簡単に人々の心から憎悪の炎が消え去るはずがありません。所詮見せかけだけの平和で、お互いが理解し手を取り合って生きるなど夢物語でしかないんです」
そう語るリーリオの背中は少し寂しそうで、言葉には重みが詰まっていた。
「ねえ、リーリオはどうして薔薇ノ国に?」
私は疑問をぶつける。
「どうして、といいますと?」
リーリオは顔だけ振り返ると、私の問いに聞き返す。
「こんなに差別が円満した薔薇ノ国に、どうしてリーリオは……」
するとリーリオの口からは、予想だにしなかった答えが返ってくる。
「実は俺、奴隷だったんです」
「奴隷…ですって!?」
口にするだけで恐ろしいその言葉に、私は眉を顰める。
リーリオは自分の過去を洗いざらい話し始めた。
「この白い髪と肌は珍しいから、百合ノ国の民は人攫いに狙われやすいんです。俺も子供のころに人攫いにあって、輿行しながら世界中を旅するサーカス団という名の見世物小屋に売られたんです」
(みせもの…ごや…)
想像するだけでそれがどれほど残酷で、劣悪な場所だったのかが窺い知れた。
リーリオは話を続ける。
「それはそれは過酷でしたよ。逃げ出そうものならムチで身体中を真っ赤になるまで叩かれて、飯は三日三晩与えられず、ただ暗い檻の中で見世物にされる日々……いつしか感情を失い、逃げる気力すら失いました」
「ひ、酷いわ……」
「だけどそんな俺にも遂に転機が訪れました。世界中を旅していた俺達サーカス団はその日、薔薇ノ国に辿り着いたのです。そこで俺はとある富豪の主人の目に留まり、高い金で飼われました。主人は見た目こそは何ら変哲もなかったけれど、奴隷産業で財を成した商人の父親と、その奴隷だった百合ノ国の女との間に産まれた混血だったのです。半分とはいえ百合ノ血を引く彼なりの情けだったのでしょう」
「それでリーリオは薔薇ノ国に……」
私の問いに、リーリオは小さく頷いた。
「例えそれが情けでも構わない。あの地獄のような日々から救ってくれた主人に恩を返したい。そう強く思った俺は、血が滲むような努力で、ありとあらゆる武術を習い、用心棒として主人に尽くすことを誓いました」
「リーリオ……」
私はリーリオの悲惨な過去に、何て返していいのか分からず、言葉を詰まらせる。
「そんな顔をしないでください。あの檻の中にいた頃に比べたら、俺は幸せですよ」
そう言って笑うリーリオに、胸が酷く傷んだ。
(その笑顔の裏には、今までどれほどの苦難や悲しみを乗り越えて来たのだろうか?どうか彼のこれからの人生が、幸福でありますように)
そう願わずにはいられなかった。
「その主人は今……」
私はふと気になってることを聞く。
「主人は…アイスバーグ様は……亡くなりました」
「そう、なのね」
(薔薇ノ国と百合ノ国の混血…見た目では分からないとはいえ、きっとその方もさぞかし苦労されたのでしょう。どうか安らかにお眠りください)
「はい。晴れて俺は自由の身って訳です。主人を失い、これからどうすればいいか分からず、喪失感を抱えたまま宛もなく街中を彷徨っていたら、ふと騎士団員募集の張り紙を見つけたんです。学もなく体力しか持ち合わせていない俺が就ける仕事はこれしかないと思って」
リーリオから話を聞き終えると私は、すべてに納得すると同時に、複雑な気持ちになった。
「リーリオ、辛かったら、あなたはいつでも逃げていいのよ」
私は、心からそう思った。
リーリオにはこれからは誰かの為ではなく、自分の人生を生きて欲しかったのだ。
「勿論そうするつもりでした。主人のいないこの国にいたって何の意味もありませんから。ある程度お金が溜まったらすぐに百合ノ国に帰ろうかと……ですがこの姿を見て美しいと仰ってくれた桜姫様のお側で仕えてみたくなりました」
(リーリオ……)
「ありがとう。では、改めて宜しくお願いするわね」
「こちらこそ」
リーリオは私が差し出した手を、快く握り返してくれた。
これから楽しくなる予感がした。
「お初にお目にかかります。この度、桜姫様直属の護衛役の従者に任命されたリーリオと申し上げます」
(わぁ……綺麗……)
白い髪を後ろに一つに結んだリーリオは、血が通っているのかと疑いたくなるほどの透き通った白い肌と、青空を移した瞳をしていた。
私は、警戒心も忘れてその美しさに釘付けになる。
(なんて白さなのかしら。睫毛まで真っ白だわ。そういえば昔、本で読んだことがあるわ)
北に位置する大国・百合ノ国の者達は皆、一目で分かるある特徴を持って産まれるという。
それは百合ノ国の民の証である、目を奪うような白い肌と白い髪ーー
その白さまるで純白の百合の花のようだとたとえられ、国の名前の由来にもなったと云われている。
「もしかしてあなたは、リーリオは、百合ノ国出身?」
「左様でございます」
「やっぱりそうなのね。小さい頃に読んだ本に書いてあった通りだわ……いいえ!本で想像するよりずっと美しいわ!」
「美しい?桜姫様はこの姿を見て驚かないのですか?」
リーリオは、怪訝そうな顔で問い掛ける。
「もちろん驚いたわ。今まで沢山の人とお会いしてきたけれど、その白い髪も、透き通るような肌も初めて見たわ。なんて神秘的なのかしら。これはきっと百合ノ国の民だけに与えられた神からの贈り物ね。素晴らしいわ」
私の言葉にリーリオは目を見開いて、驚きを隠せないといった顔をするとーー
「神からの贈り物?クッ…クハハハハハ」
「リ、リーリオ?」
(私、なにか変なことを言ったかしら)
突然、吹き出すように笑い出したリーリオに困惑を隠せない。
「いや…その…すいません……まさかそうな風に言ってくれる方がいるとは驚いて…この忌み嫌われた外見を美しいと言ってくれるのは、この国では桜姫様だけですよ」
(忌み嫌われた?どういうことかしら?)
私はリーリオのその言葉の意味を、すぐに知ることになるのだった。
***
リーリオと王宮内を歩いてると、いつもと様子が違うのに気が付いた。
城の者たちは皆、私達を見るなり形相を変えて、まるで化け物を見るかのような目付きで睨み付けてくる。
蔑む視線には慣れていたが、この視線はまた別のものに思えた。
耳を澄ますとーー
『見ろよ。あの灰でも浴びたように白い髪と、死体のような肌を。あれは間違いなく百合ノ国の者である証。なんという気味の悪さだ』
『おぞましい。見てるだけで呪われそうだわ』
『なぜあのような者がここに?いったい誰が招き入れたのよ!』
『忌々しい百合ノ国の者めっ!俺が成敗してやる!』
リーリオに対する心ない中傷だとわかった。
「リーリオ、これはどういう……」
私がリーリオに問い掛けようとしたその時、前からメリナ様とチェリッシュ様の姿が見えた。
「ご機嫌よう」
「メリナ様…チェリッシュ様…」
「まぁ、なんて気持ち悪いのかしら!」
チェリッシュ様はリーリオを見るや否や嫌悪感を表す。
「あら、とてもお似合いじゃない。あなたのような野蛮な姫君には、同じ野蛮な化け物がお似合いよ。似た者同士ぜひ仲良くなさい。ふふふっ」
メリナ様は扇子を広げて愉快そうに笑うと、そのまま私達の横を通り過ぎる。
チェリッシュ様も後を追うようにメリナ様に続くが、最後まで憎悪のこもった瞳をリーリオに向けていた。
(いったいリーリオが、何をしたっていうのよ?)
私は訳が分からず混乱する。
***
「リーリオ、さっきのは……」
城の露台から外の景色を眺めるリーリオに、私は恐る恐る問い掛ける。
「見たまんまですよ。この国では、白い髪と肌は差別の対象なのです」
「どうして?こんなにも美しいのに……」
リーリオの白い肌と髪はとても綺麗で、私は羨ましくすら感じた。
(それなのにどうして、差別されるというのかしら)
「人間は少しでも人と違う者には恐れをなして、拒絶しようとする生き物です。それが百合ノ国の者なら尚更……桜姫様もご存知でしょう。ほんの数年前までは、薔薇ノ国と百合ノ国が敵国同士だったというのは」
「知ってるわ。でも確か五年前に、両国の間には和平条約が結ばれたはずでしょう?」
お互いフロール大陸きっての大国同士であり、長年覇権争いを繰り広げてきたこの二カ国の和平条約という歴史的情報は、瞬く間にフロール大陸中を駆け巡りった。
フロール大陸に住む者なら皆、誰もが知っていることだ。
「そのとおりです。ですが何百年もの間、殺し合いを続けていたんですよ。中には家族や親しい者が戦争の犠牲になった人もいるでしょう。いくら和平条約が結ばれたからといって、そう簡単に人々の心から憎悪の炎が消え去るはずがありません。所詮見せかけだけの平和で、お互いが理解し手を取り合って生きるなど夢物語でしかないんです」
そう語るリーリオの背中は少し寂しそうで、言葉には重みが詰まっていた。
「ねえ、リーリオはどうして薔薇ノ国に?」
私は疑問をぶつける。
「どうして、といいますと?」
リーリオは顔だけ振り返ると、私の問いに聞き返す。
「こんなに差別が円満した薔薇ノ国に、どうしてリーリオは……」
するとリーリオの口からは、予想だにしなかった答えが返ってくる。
「実は俺、奴隷だったんです」
「奴隷…ですって!?」
口にするだけで恐ろしいその言葉に、私は眉を顰める。
リーリオは自分の過去を洗いざらい話し始めた。
「この白い髪と肌は珍しいから、百合ノ国の民は人攫いに狙われやすいんです。俺も子供のころに人攫いにあって、輿行しながら世界中を旅するサーカス団という名の見世物小屋に売られたんです」
(みせもの…ごや…)
想像するだけでそれがどれほど残酷で、劣悪な場所だったのかが窺い知れた。
リーリオは話を続ける。
「それはそれは過酷でしたよ。逃げ出そうものならムチで身体中を真っ赤になるまで叩かれて、飯は三日三晩与えられず、ただ暗い檻の中で見世物にされる日々……いつしか感情を失い、逃げる気力すら失いました」
「ひ、酷いわ……」
「だけどそんな俺にも遂に転機が訪れました。世界中を旅していた俺達サーカス団はその日、薔薇ノ国に辿り着いたのです。そこで俺はとある富豪の主人の目に留まり、高い金で飼われました。主人は見た目こそは何ら変哲もなかったけれど、奴隷産業で財を成した商人の父親と、その奴隷だった百合ノ国の女との間に産まれた混血だったのです。半分とはいえ百合ノ血を引く彼なりの情けだったのでしょう」
「それでリーリオは薔薇ノ国に……」
私の問いに、リーリオは小さく頷いた。
「例えそれが情けでも構わない。あの地獄のような日々から救ってくれた主人に恩を返したい。そう強く思った俺は、血が滲むような努力で、ありとあらゆる武術を習い、用心棒として主人に尽くすことを誓いました」
「リーリオ……」
私はリーリオの悲惨な過去に、何て返していいのか分からず、言葉を詰まらせる。
「そんな顔をしないでください。あの檻の中にいた頃に比べたら、俺は幸せですよ」
そう言って笑うリーリオに、胸が酷く傷んだ。
(その笑顔の裏には、今までどれほどの苦難や悲しみを乗り越えて来たのだろうか?どうか彼のこれからの人生が、幸福でありますように)
そう願わずにはいられなかった。
「その主人は今……」
私はふと気になってることを聞く。
「主人は…アイスバーグ様は……亡くなりました」
「そう、なのね」
(薔薇ノ国と百合ノ国の混血…見た目では分からないとはいえ、きっとその方もさぞかし苦労されたのでしょう。どうか安らかにお眠りください)
「はい。晴れて俺は自由の身って訳です。主人を失い、これからどうすればいいか分からず、喪失感を抱えたまま宛もなく街中を彷徨っていたら、ふと騎士団員募集の張り紙を見つけたんです。学もなく体力しか持ち合わせていない俺が就ける仕事はこれしかないと思って」
リーリオから話を聞き終えると私は、すべてに納得すると同時に、複雑な気持ちになった。
「リーリオ、辛かったら、あなたはいつでも逃げていいのよ」
私は、心からそう思った。
リーリオにはこれからは誰かの為ではなく、自分の人生を生きて欲しかったのだ。
「勿論そうするつもりでした。主人のいないこの国にいたって何の意味もありませんから。ある程度お金が溜まったらすぐに百合ノ国に帰ろうかと……ですがこの姿を見て美しいと仰ってくれた桜姫様のお側で仕えてみたくなりました」
(リーリオ……)
「ありがとう。では、改めて宜しくお願いするわね」
「こちらこそ」
リーリオは私が差し出した手を、快く握り返してくれた。
これから楽しくなる予感がした。
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