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二章 落ちぶれた大魔道士、騎士団本部に連れて行かれる
1 不敵な笑顔
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「誰だ?」
「知らない顔だな……」
「団長があんなに親しげなの、初めて見るぞ……」
雑音がひどい。好奇の目がわずらわしい。
――王立魔法騎士団、本部。
一歩足を踏み入れてから……いや、その前に馬車を降りた時からか。
フィーリが隣を歩いているだけで、隠しきれていない声と視線がまとわりついてくる。
「チッ、ここはうるさすぎる。フィーリ、馬車を呼び戻せ」
「まあまあ、もう少しだけ我慢してください、〝レン〟」
踵を返そうとした私の肩を、フィーリが素早くさりげない仕草で抱き寄せ、引き止めてくる。
その際に、偽名とはいえ私の名を呼んだのはわざとだろう。知り合いだと主張されたせいで、好奇の目が余計に増した。
抵抗するが無詠唱の魔法によって、足が床からわずかに離れるくらい浮き上がらせられる。
帰るどころか、その場で踏ん張ることさえできなくなった。
しかも。
「んぐっ……!」
無礼者と声を荒げる直前に、口まで塞がれる。
魔法で生み出された見えない手だ。他の魔法騎士に気づかれないようにだろう、わざわざ隠匿の魔法までかけてある。
(無詠唱魔法の多重展開――クソ、昔は教えてもできなかったくせに……!)
そのまま私は、さりげなく強引に、団長室と書かれた部屋に連れ込まれた。
扉が閉まると同時に忌々しい魔法が解除される。
「ぷはっ。フィーリッ、この無礼者が……!! ここにいる者の中で、君が一番失礼だ!!」
「すみません、レイエ。でも急がないと、誰か話しかけてくるかもしれなかったから。レイエはそっちの方が嫌でしょう?」
「……よく回る口だな」
確かに、話しかけられるのは嫌いだ。
何者かと聞かれるのも、意味のない雑談も、全てがわずらわしい。
五神将だった頃は楽だった。
私は気難しい者として知られていたから、話しかけてくる者はいなかったからだ。
最近も、楽だった。
髪の手入れすらまともにしていない痩せた男に、好き好んで近づこうとする者はいない。
そんな私が今話しかけられそうになっていたのは、ここが魔法騎士団本部であり、団長のフィーリが近くにいたせいだ。
「君が離れて歩けばよかったのでは?」
「嫌ですけど? それに、俺が傍にいる方が都合がいいですよ。いつでも欲しいものを出してあげられますから」
そう言ってフィーリは、応接机の上に大量の魔道書を出現させた。
魔法騎士団本部の図書館から転移させたのだろう。稀少なものから最新のものまで、私が読んだことがない本ばかりだった。
中々の品揃えに満足する。嫌々連れてこられた甲斐はあった。
しかし、ここまで来た以上、図書館には自分で出入りできる。
私一人でいても多少は話しかけられるかもしれないが、フィーリのような目立つ男と四六時中傍にいるよりはマシだろう。
「……君がいる利点より、面倒の方が勝ちそうだ」
「大丈夫ですよ、レイエ」
魔道書を取ろうと伸ばした手が、フィーリに掴まれた。引き寄せられ、ソファに座ったフィーリの上に、向き合うように座らされる。
暑いから離れようとしたが、腰と背中にガッチリと両腕が回されていた。
クソ、もがいてもビクともしない。すぐにしがみついてくるところは子ども時代と変わらないのに、筋力が違いすぎる。
「彼らは後できっちり、黙らせるので」
フィーリは額同士がくっつきそうなほどの距離で、静かに微笑んだ。しかし、青い瞳は笑っていない。
不敵で、強い意志を帯びた笑顔。
子どもの頃はしなかった表情だが――この笑みを見るのは、今日で二回目だった。
***
――数時間前。
私がフィーリに見張られながら渋々、朝食の粥を口に運んでいる時のことだった。
「レイエ。俺は今日、騎士団本部に行く必要があるので、一緒に行きましょう。あとで出かける準備をお手伝いします」
「は? 嫌だが」
フィーリの私邸に来てから、今日で10日目。
毎日食べさせられる朝食が徐々に量を増しており、私はウンザリしていた。
「子どもじゃないのだから、一人で行きなさい」
言いながら、スプーンで掬った粥をフィーリの口に突っ込む。
さすがに今日の量は食べ切れない。おそらくは通常の一人前なのだろうが、スープと違って穀物が入っている分、半分も食べれば限界が来た。
フィーリは軽く目を見開いたが、そのまま素直に飲み込んだ。
そして察したのか、残りの粥が入った皿を引き寄せ、あっという間に空にする。
フィーリはすでに自分の分の朝食を終えていたはずだが、よく入るものだ。
「駄目ですよ。今のあなたを一人にしておけない」
「問題ないだろう。……魔法薬の反応は、落ち着いている」
あまり思い出したくもないが、フィーリが主導するようになってから、魔法薬による疼きの発生は抑えられていた。あの腹立たしい行為を3日おきにすれば、十分なようだ。
最後にしたのは昨夜。
フィーリが離れたところで、何も問題はない。
「だからですよ。今あなたから目を離したら、全力で逃亡しようとしますよね?」
「……………………」
「あはは、図星だ」
この10日間、己が晒した醜態に耐えられなくなった私は、幾度となく逃亡を試みていた。全てフィーリに阻止されたが。
逃げ出せたところで、誓約がある以上は逃げ切れない。わかっていても、安穏と次の3日後を待つことは、私のプライドが許さなかった。
だが、それ以外にも騎士団本部へ行きたくない理由がある。
「君にはデリカシーがないのか、フィーリ」
「デリカシー?」
「あのオークションで、このレイエンダ・オラトリオが競売にかけられていたことは、君以外の団員も知るところだろう。そんな腹立たしい場所に、誰が行くものか」
10日もあれば、オークション関係者への尋問で、私の素性は割れているはずだ。
あの場に突入してきた団員は、私の姿を見ている。いくら今の私が昔と様変わりしているとはいえ、今の姿とレイエンダという名が紐づいた者が騎士団に十人ほどいるのだ。
そのような場所になど、一生行く気はない。
「ああ、それなら問題ありません。関わった全員から、あなたがあの場にいたという記憶を消しました」
「…………」
あっさりと告げられ、私は一旦、口を閉じる。
脳裏には、王国の魔法に関する法律、第八条『禁忌魔法』のリストが浮かんでいた。
この法律は全ての魔道士が、魔法を覚える前に叩き込まれるものだ。
当然、フィーリにも私がきっちり教えてある。
■王国魔法法 第八条『禁忌魔法』
項目5 記憶を改変および改ざんする魔法を禁じる。
「…………」
■同法 同条
項目8 記憶を操作する魔法を禁じる。
「…………」
■同法 同条
項目20 全ての洗脳魔法を禁じる。また、洗脳魔法により騒乱を起こせし者は処刑とする。
「…………」
――大規模に複数人の記憶を消す場合、洗脳を土台として、改ざんと操作を複合した魔法になる。
つまり、違法中の違法だ。
「……………………上手くやったか?」
「はい」
「そうか。なら、いい」
法を破った魔道士は、魔法騎士団によって捕らえられ、五神将による裁判で罪の重さが決まる。
魔法騎士団の団長が大規模な法律違反を起こした場合は、誰が捕らえるのだろうか。前例がないためわからない。
とりあえず元五神将の私が、気づかれていないなら無罪としておいた。
「レイエ。俺はあなたのためなら、なんでもしますよ。わかっていただけました?」
フィーリは私の目を覗き込みながら、笑ってみせる。
子どもの頃はしなかった、不敵で不穏な笑みだった。
「知らない顔だな……」
「団長があんなに親しげなの、初めて見るぞ……」
雑音がひどい。好奇の目がわずらわしい。
――王立魔法騎士団、本部。
一歩足を踏み入れてから……いや、その前に馬車を降りた時からか。
フィーリが隣を歩いているだけで、隠しきれていない声と視線がまとわりついてくる。
「チッ、ここはうるさすぎる。フィーリ、馬車を呼び戻せ」
「まあまあ、もう少しだけ我慢してください、〝レン〟」
踵を返そうとした私の肩を、フィーリが素早くさりげない仕草で抱き寄せ、引き止めてくる。
その際に、偽名とはいえ私の名を呼んだのはわざとだろう。知り合いだと主張されたせいで、好奇の目が余計に増した。
抵抗するが無詠唱の魔法によって、足が床からわずかに離れるくらい浮き上がらせられる。
帰るどころか、その場で踏ん張ることさえできなくなった。
しかも。
「んぐっ……!」
無礼者と声を荒げる直前に、口まで塞がれる。
魔法で生み出された見えない手だ。他の魔法騎士に気づかれないようにだろう、わざわざ隠匿の魔法までかけてある。
(無詠唱魔法の多重展開――クソ、昔は教えてもできなかったくせに……!)
そのまま私は、さりげなく強引に、団長室と書かれた部屋に連れ込まれた。
扉が閉まると同時に忌々しい魔法が解除される。
「ぷはっ。フィーリッ、この無礼者が……!! ここにいる者の中で、君が一番失礼だ!!」
「すみません、レイエ。でも急がないと、誰か話しかけてくるかもしれなかったから。レイエはそっちの方が嫌でしょう?」
「……よく回る口だな」
確かに、話しかけられるのは嫌いだ。
何者かと聞かれるのも、意味のない雑談も、全てがわずらわしい。
五神将だった頃は楽だった。
私は気難しい者として知られていたから、話しかけてくる者はいなかったからだ。
最近も、楽だった。
髪の手入れすらまともにしていない痩せた男に、好き好んで近づこうとする者はいない。
そんな私が今話しかけられそうになっていたのは、ここが魔法騎士団本部であり、団長のフィーリが近くにいたせいだ。
「君が離れて歩けばよかったのでは?」
「嫌ですけど? それに、俺が傍にいる方が都合がいいですよ。いつでも欲しいものを出してあげられますから」
そう言ってフィーリは、応接机の上に大量の魔道書を出現させた。
魔法騎士団本部の図書館から転移させたのだろう。稀少なものから最新のものまで、私が読んだことがない本ばかりだった。
中々の品揃えに満足する。嫌々連れてこられた甲斐はあった。
しかし、ここまで来た以上、図書館には自分で出入りできる。
私一人でいても多少は話しかけられるかもしれないが、フィーリのような目立つ男と四六時中傍にいるよりはマシだろう。
「……君がいる利点より、面倒の方が勝ちそうだ」
「大丈夫ですよ、レイエ」
魔道書を取ろうと伸ばした手が、フィーリに掴まれた。引き寄せられ、ソファに座ったフィーリの上に、向き合うように座らされる。
暑いから離れようとしたが、腰と背中にガッチリと両腕が回されていた。
クソ、もがいてもビクともしない。すぐにしがみついてくるところは子ども時代と変わらないのに、筋力が違いすぎる。
「彼らは後できっちり、黙らせるので」
フィーリは額同士がくっつきそうなほどの距離で、静かに微笑んだ。しかし、青い瞳は笑っていない。
不敵で、強い意志を帯びた笑顔。
子どもの頃はしなかった表情だが――この笑みを見るのは、今日で二回目だった。
***
――数時間前。
私がフィーリに見張られながら渋々、朝食の粥を口に運んでいる時のことだった。
「レイエ。俺は今日、騎士団本部に行く必要があるので、一緒に行きましょう。あとで出かける準備をお手伝いします」
「は? 嫌だが」
フィーリの私邸に来てから、今日で10日目。
毎日食べさせられる朝食が徐々に量を増しており、私はウンザリしていた。
「子どもじゃないのだから、一人で行きなさい」
言いながら、スプーンで掬った粥をフィーリの口に突っ込む。
さすがに今日の量は食べ切れない。おそらくは通常の一人前なのだろうが、スープと違って穀物が入っている分、半分も食べれば限界が来た。
フィーリは軽く目を見開いたが、そのまま素直に飲み込んだ。
そして察したのか、残りの粥が入った皿を引き寄せ、あっという間に空にする。
フィーリはすでに自分の分の朝食を終えていたはずだが、よく入るものだ。
「駄目ですよ。今のあなたを一人にしておけない」
「問題ないだろう。……魔法薬の反応は、落ち着いている」
あまり思い出したくもないが、フィーリが主導するようになってから、魔法薬による疼きの発生は抑えられていた。あの腹立たしい行為を3日おきにすれば、十分なようだ。
最後にしたのは昨夜。
フィーリが離れたところで、何も問題はない。
「だからですよ。今あなたから目を離したら、全力で逃亡しようとしますよね?」
「……………………」
「あはは、図星だ」
この10日間、己が晒した醜態に耐えられなくなった私は、幾度となく逃亡を試みていた。全てフィーリに阻止されたが。
逃げ出せたところで、誓約がある以上は逃げ切れない。わかっていても、安穏と次の3日後を待つことは、私のプライドが許さなかった。
だが、それ以外にも騎士団本部へ行きたくない理由がある。
「君にはデリカシーがないのか、フィーリ」
「デリカシー?」
「あのオークションで、このレイエンダ・オラトリオが競売にかけられていたことは、君以外の団員も知るところだろう。そんな腹立たしい場所に、誰が行くものか」
10日もあれば、オークション関係者への尋問で、私の素性は割れているはずだ。
あの場に突入してきた団員は、私の姿を見ている。いくら今の私が昔と様変わりしているとはいえ、今の姿とレイエンダという名が紐づいた者が騎士団に十人ほどいるのだ。
そのような場所になど、一生行く気はない。
「ああ、それなら問題ありません。関わった全員から、あなたがあの場にいたという記憶を消しました」
「…………」
あっさりと告げられ、私は一旦、口を閉じる。
脳裏には、王国の魔法に関する法律、第八条『禁忌魔法』のリストが浮かんでいた。
この法律は全ての魔道士が、魔法を覚える前に叩き込まれるものだ。
当然、フィーリにも私がきっちり教えてある。
■王国魔法法 第八条『禁忌魔法』
項目5 記憶を改変および改ざんする魔法を禁じる。
「…………」
■同法 同条
項目8 記憶を操作する魔法を禁じる。
「…………」
■同法 同条
項目20 全ての洗脳魔法を禁じる。また、洗脳魔法により騒乱を起こせし者は処刑とする。
「…………」
――大規模に複数人の記憶を消す場合、洗脳を土台として、改ざんと操作を複合した魔法になる。
つまり、違法中の違法だ。
「……………………上手くやったか?」
「はい」
「そうか。なら、いい」
法を破った魔道士は、魔法騎士団によって捕らえられ、五神将による裁判で罪の重さが決まる。
魔法騎士団の団長が大規模な法律違反を起こした場合は、誰が捕らえるのだろうか。前例がないためわからない。
とりあえず元五神将の私が、気づかれていないなら無罪としておいた。
「レイエ。俺はあなたのためなら、なんでもしますよ。わかっていただけました?」
フィーリは私の目を覗き込みながら、笑ってみせる。
子どもの頃はしなかった、不敵で不穏な笑みだった。
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