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二章 総統閣下の探し人
19 「それ恋じゃないな?」
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『どうするんですか刹那。あなたの養い子、あなたに関してはぽんこつみたいですけど』
「ぽんこつって言うな俺のレインを……! うう……でも俺の価値観では測れなさすぎる……。あ……まさか……?」
その瞬間、俺は恐ろしい考えに思い当たる。
むしろなぜ今までこの考えが出てこなかったのか。
レインは異様なほど俺に甘く、ちょっとおかしいほどに俺のことを好きだという。
――これこそ、俺の<異能>によって引き起こされたものなんじゃないか?
レインを好きになってしまった俺が、レインにも好いてほしいと無意識に考えて、歪めてしまったのだとしたら。
俺は、どうやってこの子に詫びればいい。
『ちなみに、レインは刹那のどこが好きに?』
「あ……ベスが、レインは俺のどこが好きかって」
ベスも同じ考えに行き着いたようで、先んじて問いかけてくれる。
レインはふむ、と再び少し考え込んだが、今度はさっきよりずっと短い時間だった。
「全部だが」
「やっぱり俺の<異能>のせいだ……」
「刹那への好意を自覚したのは十代になったばかりの頃だな」
「あれっ俺より早い……ってことは俺の<異能>のせいじゃない?」
俺がレインを好きになったのはレインが16か17の頃だったはずだ。
気づいた時は青天の霹靂のような心地で、それまでは恋愛対象として見たことは全くなかった。
10歳前後ということは、俺がレインを捻じ曲げたわけではないのだろうか。
『何をもって刹那が好きだと?』
「あ……ベスが、レインが俺のこと好きだと思ったのはどういう時だって」
「ああ、好意を自覚した瞬間ならよく覚えている」
レインは美しく、優しく微笑んだ。
「あなたがソファで腹を出して寝ていた時だ」
「やっぱり俺の<異能>のせいかな!?」
なんでソファで腹出して寝てたら好きになるんだよ!! おかしいだろ!!
もう俺の深層意識がレインのこと大好きちゅっちゅってレインのこと歪めたとしか思えないだろ!!
『それのどこを好きになったんですか……』
「それのどこを好きになったんだってベス……と俺からも聞きたい……」
「そうだな、あれはあなたがソファでいびきをかきながら眠っていた時のことなんだが」
「もうこの時点で好きになる要素無くないか?」
「服がめくれて腹が出ていたから何かかけてやろうと毛布を取りに行き、戻ったら」
「戻ったら……?」
「その辺にあった座布団で腹を隠していて。それが、いいな、と」
「……」
『……』
俺とベスは顔を背け、小声で話す。
「どう思う?」
『どうって……あなたレインのことお腹を出して誘惑した覚えでもあるんです?』
「無い、一切無い。レインの10歳前後って……ソファで腹出して寝るくらい珍しいことじゃなかっただろ。いつのことかすらわからん」
『ではやはり<異能>なのでは』
「ううん……シチュエーションが特殊すぎてピンとこない……。なあレイン、もうちょっと細かく聞いていいか? 腹に座布団乗せてて何が良かったんだ……」
「詳しくか」
俺たちが理解していないのがわかったのだろう。
レインは宙に指を滑らせ、形まで描いて説明してくれた。
「無防備に腹を出していると思ったら、短い間に座布団で覆っていた姿から、」
「うんうん」
「弱そうな割にしぶとい生命力を感じて、」
「感じる力が高いな」
「この一筋縄でいかない生き物を支配したいと思うようになったな」
「それ恋じゃないな?」
「恋だが」
「断言するじゃん……」
どう思うベス、と視線を向けたらベスは虚無の顔になっていた。
あまりの虚無と混乱に、ベスの背景に無限の宇宙が見える。
そこにないなら答えはないですね……と言いたげな気配が伝わり、俺はベスに問いかけるのをやめた。
長い時を生きてきたベスでもわからないことはあるようだ。
「さっきから、どうやら俺があなたの<異能>で恋心を抱いたのではないかと疑っているようだが」
「うん……まあ今はもっと根幹がわからなくなってきてるけど……」
「話を聞いた限りだとあなたの<異能>に不可能なことは無いのだろう。俺に影響を与えた可能性があるのが不満なら、取り除いてみたらどうだ?」
「あ……そうか、なるほど。それいいな」
これまで自ら<異能>を使おうとしたことなんてほとんど無かったから思い当たらなかった。
確かに、俺の力ならレインから歪んだ影響を取り除くことができるはずだ。
「えっとじゃあ、やってもいいか……? 少し、お前の精神に干渉することになるけど……」
「構わない」
レインは躊躇なく目を閉じた。
俺に何をされてもいいという意思表示。
……こんな無防備な姿を見ることができるのは、これが最後になるかもしれない。
頭の上でベスが卵を産んだ感覚がある。
正気に戻ったレインが俺を殺そうとした時のためだろう。
そうなったら悲しいが、心に干渉され捻じ曲げられていたのだ。
殺されてやるわけにはいかないが、それくらいする権利がレインにはある。
「それじゃあ――いくぞ」
自らの意志で<異能>を使った経験はほとんど無い。
しかし、使い方は体が覚えている。
俺の<異能>は常に全身を覆う無数の糸のようなイメージだ。
それを少し引き剥がし、動かし、レインに触れさせる。
触れるのはどこでもいいが、今回はまぶたにした。
これが次に開かれる時、見える世界が正常なものでありますように。
そう願いを込めて、レインの中から『俺の<異能>によって植え付けられた恋心』を探し、消去を試みる――
(ん? あれ、無い)
消去以前に、該当箇所が見つからなかった。
検索条件を変えたり緩めたりして何度も試行錯誤するが、一切ヒットしない。
他の精神系<異能>や薬等による影響も疑い探すが、そちらも無い。
――レインの中にあったのは、混じりけなしのレインの心のみ。
(え、これってつまり――つまり、レインが本当に、純粋に、俺のことが好きってことになるんだが――?)
糸を体に戻すイメージで<異能>による干渉を終わらせ、肩の力を抜く。
しかし裏腹に、心臓はバクバクと緊張していた。
「――終わったか?」
「う、うん」
レインの低い声に返そうとしてどもってしまう。
レインの顔を直視できない。全身がぽかぽかと、茹だりそうなほどに上気していた。
そんな俺の唇に、レインがちゅ、と音を立ててキスを落とす。
「――これで信じてもらえたか?」
「ハイ……」
もっとわからないことも増えたが、これだけは確信できた。
――レインは、俺のことが好きだ。
『良かったですね、刹那』
「うん……っはは、泣きそうだ……」
『……そういえば、刹那はいつ恋心を自覚したんです?』
「えっ俺が恋心を自覚した時?」
「それは俺も興味がある」
ベスと俺の会話はレインにはあまりわからないようで聞き流すことが多いが、急にずずいと距離を詰めてくる。
元よりレインの膝の上なので逃げることはできないが、さっきの今でこれは少し恥ずかしい。
「言う、言うからちょっと離れて……。えっとな、あれは確かレインが16だか17の頃なんだけど、仕事から帰ってきたらソファでうたた寝しててさ」
「あなたさっき『その時点で好きになる要素無い』といったことを言わなかったか」
「いや、レインはいびきかいてなかったし、足組んで背もたれに身を預けて寝姿も綺麗なものだったよ。でも風邪ひくから部屋で寝なーって声かけたら素直に起きてさ、読んでたらしい雑誌をこう、マガジンラックに戻しに行ったわけよ」
「ふむ」
「その時、部屋着のズボンの裾が片方だけ膝下くらいまでめくれ上がってるのが見えて」
「……ふむ?」
「それ見た瞬間だったな……ああ、好きだなあって……」
いくら両思いがわかったとはいえ、改めて好きになった時のことを口に出すと気恥ずかしいものがある。
照れながら話を締めくくると、レインとベスはなぜか黙りこくっていた。
「どうかしたか?」
「いや……まあ……あなたがそれで俺を意識してくれたなら良かったんだろう」
『刹那、私が燃えている間に人間の恋愛方法って変わりました?』
「えっなんだよ2人して……」
いまいち理解できないと表情で雄弁に語る1人と1羽。
結局、遠い記憶にある両親が、休日でも寝起きでもきっちりした格好をする人たちだったため、ちょっとだらしない姿のレインを見て初めて家族以外として意識したのだと、それから数十分ほど話してようやくわかってもらえたのだった。
「ぽんこつって言うな俺のレインを……! うう……でも俺の価値観では測れなさすぎる……。あ……まさか……?」
その瞬間、俺は恐ろしい考えに思い当たる。
むしろなぜ今までこの考えが出てこなかったのか。
レインは異様なほど俺に甘く、ちょっとおかしいほどに俺のことを好きだという。
――これこそ、俺の<異能>によって引き起こされたものなんじゃないか?
レインを好きになってしまった俺が、レインにも好いてほしいと無意識に考えて、歪めてしまったのだとしたら。
俺は、どうやってこの子に詫びればいい。
『ちなみに、レインは刹那のどこが好きに?』
「あ……ベスが、レインは俺のどこが好きかって」
ベスも同じ考えに行き着いたようで、先んじて問いかけてくれる。
レインはふむ、と再び少し考え込んだが、今度はさっきよりずっと短い時間だった。
「全部だが」
「やっぱり俺の<異能>のせいだ……」
「刹那への好意を自覚したのは十代になったばかりの頃だな」
「あれっ俺より早い……ってことは俺の<異能>のせいじゃない?」
俺がレインを好きになったのはレインが16か17の頃だったはずだ。
気づいた時は青天の霹靂のような心地で、それまでは恋愛対象として見たことは全くなかった。
10歳前後ということは、俺がレインを捻じ曲げたわけではないのだろうか。
『何をもって刹那が好きだと?』
「あ……ベスが、レインが俺のこと好きだと思ったのはどういう時だって」
「ああ、好意を自覚した瞬間ならよく覚えている」
レインは美しく、優しく微笑んだ。
「あなたがソファで腹を出して寝ていた時だ」
「やっぱり俺の<異能>のせいかな!?」
なんでソファで腹出して寝てたら好きになるんだよ!! おかしいだろ!!
もう俺の深層意識がレインのこと大好きちゅっちゅってレインのこと歪めたとしか思えないだろ!!
『それのどこを好きになったんですか……』
「それのどこを好きになったんだってベス……と俺からも聞きたい……」
「そうだな、あれはあなたがソファでいびきをかきながら眠っていた時のことなんだが」
「もうこの時点で好きになる要素無くないか?」
「服がめくれて腹が出ていたから何かかけてやろうと毛布を取りに行き、戻ったら」
「戻ったら……?」
「その辺にあった座布団で腹を隠していて。それが、いいな、と」
「……」
『……』
俺とベスは顔を背け、小声で話す。
「どう思う?」
『どうって……あなたレインのことお腹を出して誘惑した覚えでもあるんです?』
「無い、一切無い。レインの10歳前後って……ソファで腹出して寝るくらい珍しいことじゃなかっただろ。いつのことかすらわからん」
『ではやはり<異能>なのでは』
「ううん……シチュエーションが特殊すぎてピンとこない……。なあレイン、もうちょっと細かく聞いていいか? 腹に座布団乗せてて何が良かったんだ……」
「詳しくか」
俺たちが理解していないのがわかったのだろう。
レインは宙に指を滑らせ、形まで描いて説明してくれた。
「無防備に腹を出していると思ったら、短い間に座布団で覆っていた姿から、」
「うんうん」
「弱そうな割にしぶとい生命力を感じて、」
「感じる力が高いな」
「この一筋縄でいかない生き物を支配したいと思うようになったな」
「それ恋じゃないな?」
「恋だが」
「断言するじゃん……」
どう思うベス、と視線を向けたらベスは虚無の顔になっていた。
あまりの虚無と混乱に、ベスの背景に無限の宇宙が見える。
そこにないなら答えはないですね……と言いたげな気配が伝わり、俺はベスに問いかけるのをやめた。
長い時を生きてきたベスでもわからないことはあるようだ。
「さっきから、どうやら俺があなたの<異能>で恋心を抱いたのではないかと疑っているようだが」
「うん……まあ今はもっと根幹がわからなくなってきてるけど……」
「話を聞いた限りだとあなたの<異能>に不可能なことは無いのだろう。俺に影響を与えた可能性があるのが不満なら、取り除いてみたらどうだ?」
「あ……そうか、なるほど。それいいな」
これまで自ら<異能>を使おうとしたことなんてほとんど無かったから思い当たらなかった。
確かに、俺の力ならレインから歪んだ影響を取り除くことができるはずだ。
「えっとじゃあ、やってもいいか……? 少し、お前の精神に干渉することになるけど……」
「構わない」
レインは躊躇なく目を閉じた。
俺に何をされてもいいという意思表示。
……こんな無防備な姿を見ることができるのは、これが最後になるかもしれない。
頭の上でベスが卵を産んだ感覚がある。
正気に戻ったレインが俺を殺そうとした時のためだろう。
そうなったら悲しいが、心に干渉され捻じ曲げられていたのだ。
殺されてやるわけにはいかないが、それくらいする権利がレインにはある。
「それじゃあ――いくぞ」
自らの意志で<異能>を使った経験はほとんど無い。
しかし、使い方は体が覚えている。
俺の<異能>は常に全身を覆う無数の糸のようなイメージだ。
それを少し引き剥がし、動かし、レインに触れさせる。
触れるのはどこでもいいが、今回はまぶたにした。
これが次に開かれる時、見える世界が正常なものでありますように。
そう願いを込めて、レインの中から『俺の<異能>によって植え付けられた恋心』を探し、消去を試みる――
(ん? あれ、無い)
消去以前に、該当箇所が見つからなかった。
検索条件を変えたり緩めたりして何度も試行錯誤するが、一切ヒットしない。
他の精神系<異能>や薬等による影響も疑い探すが、そちらも無い。
――レインの中にあったのは、混じりけなしのレインの心のみ。
(え、これってつまり――つまり、レインが本当に、純粋に、俺のことが好きってことになるんだが――?)
糸を体に戻すイメージで<異能>による干渉を終わらせ、肩の力を抜く。
しかし裏腹に、心臓はバクバクと緊張していた。
「――終わったか?」
「う、うん」
レインの低い声に返そうとしてどもってしまう。
レインの顔を直視できない。全身がぽかぽかと、茹だりそうなほどに上気していた。
そんな俺の唇に、レインがちゅ、と音を立ててキスを落とす。
「――これで信じてもらえたか?」
「ハイ……」
もっとわからないことも増えたが、これだけは確信できた。
――レインは、俺のことが好きだ。
『良かったですね、刹那』
「うん……っはは、泣きそうだ……」
『……そういえば、刹那はいつ恋心を自覚したんです?』
「えっ俺が恋心を自覚した時?」
「それは俺も興味がある」
ベスと俺の会話はレインにはあまりわからないようで聞き流すことが多いが、急にずずいと距離を詰めてくる。
元よりレインの膝の上なので逃げることはできないが、さっきの今でこれは少し恥ずかしい。
「言う、言うからちょっと離れて……。えっとな、あれは確かレインが16だか17の頃なんだけど、仕事から帰ってきたらソファでうたた寝しててさ」
「あなたさっき『その時点で好きになる要素無い』といったことを言わなかったか」
「いや、レインはいびきかいてなかったし、足組んで背もたれに身を預けて寝姿も綺麗なものだったよ。でも風邪ひくから部屋で寝なーって声かけたら素直に起きてさ、読んでたらしい雑誌をこう、マガジンラックに戻しに行ったわけよ」
「ふむ」
「その時、部屋着のズボンの裾が片方だけ膝下くらいまでめくれ上がってるのが見えて」
「……ふむ?」
「それ見た瞬間だったな……ああ、好きだなあって……」
いくら両思いがわかったとはいえ、改めて好きになった時のことを口に出すと気恥ずかしいものがある。
照れながら話を締めくくると、レインとベスはなぜか黙りこくっていた。
「どうかしたか?」
「いや……まあ……あなたがそれで俺を意識してくれたなら良かったんだろう」
『刹那、私が燃えている間に人間の恋愛方法って変わりました?』
「えっなんだよ2人して……」
いまいち理解できないと表情で雄弁に語る1人と1羽。
結局、遠い記憶にある両親が、休日でも寝起きでもきっちりした格好をする人たちだったため、ちょっとだらしない姿のレインを見て初めて家族以外として意識したのだと、それから数十分ほど話してようやくわかってもらえたのだった。
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