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最終章 消えたものと見つけたもの
14 「あなたが良からぬことを考えていないかと」
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『結論を先に言うね。ボク達が助かる道は、レインくんの魔王覚醒にあると考えている』
「助かる……道……!?」
死を待つか、正義と悪に戦いを続けさせるか。
その二択しか無いと思っていたのに、新たな可能性が提示される。
「――なるほど」
俺を後ろから抱きしめるように立っていたレインが低い声で呟く。
「魔王の<異能>でレーギアと地球を分断するということか?」
『その通りだよレインくん。『一切両断』が魔王の<異能>の劣化版だとしたら、魔王になれば世界と世界を切り離すことすら可能――かもしれない。ただの希望だけど、ボク達はもうそれに縋るしかない』
世界を切り離す――その言葉に俺とテトロさんが目を見開いた。
それこそ俺たちが長年追い求めていたこと。
レーギアの支配下から地球を解き放つための理想的な解答。
しかしそんなこと到底不可能だと思っていたのに――まさか今、可能性が提示されるなんて。
「すごいな……でも世界を切り離したところで精神系能力者が生きるためのエネルギーはどうするんだ?」
『ボク達がエネルギー不足に陥るのは、ほとんどをレーギアに搾取されているからなんだよね。江戸時代の百姓は作った米を税として全てお上に差し出して餓えた。でもお上に差し出さなければ餓えないくらいの米はあった――ボク達も同じ。人間が完全に争いをやめることなんて無いからね、レーギアとの繋がりさえ断てば、ボク達が生きるくらいはできるはず』
「なるほどな。だがレインの魔王覚醒ってどうしたらいいんだ……?」
前のめりになって画面にかじりつく。
もちろん全て仮定と推測に過ぎない。
そんなことはモリノミヤもわかっている。
でも、試せることがあるならやるべきだ。
モリノミヤを生かすことができるなら――俺はその方法に縋りたい。
『うん。だから刹那っちには、奪い取ったレインくんの魔王の部分を返還してもらわなければならない』
モリノミヤは阿摩羅が入っているブリキの玩具を大映しにする。
『阿摩っちは『あれが死ねば我が主戻る』と言った。あれ=刹那っち、我が主=魔王のレインくんと仮定する。阿摩っちは『我が主を弑(しい)した大罪人』とも言っていたけど、それがレインくんの弱体化を指すとしたら、レインくんの魔王としての部分や記憶を刹那っちが<異能>で奪い取ったと考えられる』
「ふむ」
『根拠の無い推測になってしまうのだけど、レインくんの弱体化と刹那っちの分断はほぼ同時に行われたんじゃないかな。だから両方ともなされ、二人とも記憶を失った。さて、レインくんの魔王覚醒にはその記憶や能力が必須になるわけだけど、今それがどこにあるのかを知るのは――』
「奪い取った、俺か」
『そう。奪い取られた刹那っちでもある』
「まずいな、欠片も覚えてないぞ……」
レインを魔王として覚醒させるために必要なものはかつての俺が奪った。
しかしその記憶含めてどうやらレインによって分断され、今の俺からは失われてしまったらしい。
「ちなみに魔王って危険は無いのか……?」
『刹那っち、レーギア兵なのに地球人側についた変態のくせして意外と常識的なところでビビるよね』
「お前の言う変態ってそういう意味だったの!?」
『魔王の危険は未知数だけど……これまでの歴史上、少なくとも魔王による大量虐殺の例は無いんだよね。地球やレーギアの人の方がよっぽど邪悪だよ』
ねー阿摩っち、とブリキのおもちゃを逆さまにして関節を逆方向に折り曲げているモリノミヤもたいてい邪悪で説得力がある。
画面の端で久寿米木(くすめぎ)がドン引いているのがちらりと映った。
『話を戻そう。阿摩っちは刹那っちの体に乗り移ったよね。それができたということは、刹那っちの体に精神が入っていなかったということ。おそらく分断されたことで危険を感じて、体を置いて精神だけ逃げ出したんじゃないかな。魔王としてのレインくんを持ったまま』
「ど、どこに……?」
『……………………』
これまで流れるように話していたモリノミヤがここにきて沈黙する。
ややあって気まずそうにフレームアウトしていった。
画面の外からぽつりと声がする。
『……ワカンナイ』
「そうか! そうだよな! 当然だよな! いやお前は本当によく頑張ったよモリノミヤ!! 死にかけながらそこまで考えてくれてありがとう!!」
『ウン……』
「久寿米木、モリノミヤを撫でてやってくれー! これ本気で落ち込んでいる時の声だ……!!」
『は? わ、私ですか!? も、モリノミヤ……どうどう……』
久寿米木が不器用にモリノミヤを励ます声を聞きながら、俺とレインとベス、テトロさんとセバスチャンが顔を突き合わせる
「――ここまでの話をまとめると、逃げたという俺の精神を見つけて、レインを魔王として覚醒させなきゃいけない」
「でも精神の場所の手がかりは……阿摩羅の発言くらいよねぇ」
阿摩羅は『あれが死ねば我が主戻る』と言っていた。
俺が死ぬことで魔王は解放されレインの元へ戻る――?
「わぷっ」
考え込んでいると、レインに抱きすくめられた。
俺の腕の中ではベスがムリムリと卵を産みまくっている感触がある。
「なんだよレイン、ベスも」
「――あなたが良からぬことを考えていないかと」
「ああ……俺が死ねば解決するんじゃないかってことか? 考えてないわけじゃないけど最後の手段だよ。俺だってまだ死にたくないし」
「それなら、いい」
いいと言いつつもレインの腕は弱まらない。
少し痛いくらいぎゅうぎゅうと抱かれ、嬉しさと心地よさで頬が緩む。
「はぁ……俺が何か、覚えていたら良かったのにな……」
レインにもたれかかって目をつぶり、<異能>も使って自分の過去の記憶を遡った。
レインと出会った頃の記憶は特に朧げだ。
<異能>を使っても虫に食われた文書のように、読み解くことは難しい。
諦めて、レインと出会うよりずっと前の自分と今の自分の違いを探す。
俺から失われたものがあるのなら、無くなったことが手がかりになるものでもあればいいんだが。
「……ん?」
ふわっとした子どもの頃の記憶を<異能>で鮮明にすると違和感があった。
今探っていたのはモリノミヤと出会った頃の記憶だ。
『ねえ、君って人の心を弄ることができるんでしょ? ――ボクもだよ』
モリノミヤはそう言ってニタリと笑った。
モリノミヤは俺が初めて会った、自分以外の精神系能力者だ。
その時初めて知ったのだが精神系異能を持つ者同士は近づくとなんとなく互いに感じ取ることができる。
昔のアナログテレビが無音でもついていることがわかったように、独特の音のような――言葉にできない何かを感じるのだ。
「んんん!?」
「どうした、刹那」
『何かわかったんですか?』
「い、いや……ま、まだわからない」
いつからだろう。
ほんのささやかなものだった。ささやかすぎていつの間にか気にも止めていなかった。
記憶を遡って、子どもの頃と今を比べた時――おかしなことが一つあったのだ。
「モリノミヤ!」
『なにー?』
テレビ電話の画面に、ジュースとペロペロキャンディーを手に持って久寿米木によしよしされているモリノミヤが映る。
「あのさ、俺らが近くにいると独特の感じがあるだろ?」
『あるね』
「あれって一人の時は――あるか?」
『……』
モリノミヤに出会った時に初めて知った、精神系能力者が傍にいる時のあの感じ。
ささやかな感覚だし、俺自身が精神系能力者だから気にも止めてこなかった。
しかし過去の記憶と比べるとおかしいように思う。
――今の俺は、その感覚を常に一人分感じている。
しかし過去の俺は……そんな感覚が無かったのだ。
『――無い。刹那っち、それだ!』
「ああ!」
「何、どういうことぉ!?」
俺は自分の胸に手を当てる。
胸には俺が俺であることを示す、火傷の痕があった。
手のひらから感じるのは俺の鼓動。
物理的にあるのはそれだけだ。
他にわかりやすいしるしなど無い、あるという証拠はほんのささやかな感覚だけ。
それでも、俺は確信していた。
分断され、体から逃げ出した精神――手近に他の体が無かったのなら、そもそも入り込める場所なんて限られている。
逃げ出した俺が安全を求めて逃げ込める場所。
――ベスの卵に守られていると確信できる場所。
「俺は、俺の中にいる」
「助かる……道……!?」
死を待つか、正義と悪に戦いを続けさせるか。
その二択しか無いと思っていたのに、新たな可能性が提示される。
「――なるほど」
俺を後ろから抱きしめるように立っていたレインが低い声で呟く。
「魔王の<異能>でレーギアと地球を分断するということか?」
『その通りだよレインくん。『一切両断』が魔王の<異能>の劣化版だとしたら、魔王になれば世界と世界を切り離すことすら可能――かもしれない。ただの希望だけど、ボク達はもうそれに縋るしかない』
世界を切り離す――その言葉に俺とテトロさんが目を見開いた。
それこそ俺たちが長年追い求めていたこと。
レーギアの支配下から地球を解き放つための理想的な解答。
しかしそんなこと到底不可能だと思っていたのに――まさか今、可能性が提示されるなんて。
「すごいな……でも世界を切り離したところで精神系能力者が生きるためのエネルギーはどうするんだ?」
『ボク達がエネルギー不足に陥るのは、ほとんどをレーギアに搾取されているからなんだよね。江戸時代の百姓は作った米を税として全てお上に差し出して餓えた。でもお上に差し出さなければ餓えないくらいの米はあった――ボク達も同じ。人間が完全に争いをやめることなんて無いからね、レーギアとの繋がりさえ断てば、ボク達が生きるくらいはできるはず』
「なるほどな。だがレインの魔王覚醒ってどうしたらいいんだ……?」
前のめりになって画面にかじりつく。
もちろん全て仮定と推測に過ぎない。
そんなことはモリノミヤもわかっている。
でも、試せることがあるならやるべきだ。
モリノミヤを生かすことができるなら――俺はその方法に縋りたい。
『うん。だから刹那っちには、奪い取ったレインくんの魔王の部分を返還してもらわなければならない』
モリノミヤは阿摩羅が入っているブリキの玩具を大映しにする。
『阿摩っちは『あれが死ねば我が主戻る』と言った。あれ=刹那っち、我が主=魔王のレインくんと仮定する。阿摩っちは『我が主を弑(しい)した大罪人』とも言っていたけど、それがレインくんの弱体化を指すとしたら、レインくんの魔王としての部分や記憶を刹那っちが<異能>で奪い取ったと考えられる』
「ふむ」
『根拠の無い推測になってしまうのだけど、レインくんの弱体化と刹那っちの分断はほぼ同時に行われたんじゃないかな。だから両方ともなされ、二人とも記憶を失った。さて、レインくんの魔王覚醒にはその記憶や能力が必須になるわけだけど、今それがどこにあるのかを知るのは――』
「奪い取った、俺か」
『そう。奪い取られた刹那っちでもある』
「まずいな、欠片も覚えてないぞ……」
レインを魔王として覚醒させるために必要なものはかつての俺が奪った。
しかしその記憶含めてどうやらレインによって分断され、今の俺からは失われてしまったらしい。
「ちなみに魔王って危険は無いのか……?」
『刹那っち、レーギア兵なのに地球人側についた変態のくせして意外と常識的なところでビビるよね』
「お前の言う変態ってそういう意味だったの!?」
『魔王の危険は未知数だけど……これまでの歴史上、少なくとも魔王による大量虐殺の例は無いんだよね。地球やレーギアの人の方がよっぽど邪悪だよ』
ねー阿摩っち、とブリキのおもちゃを逆さまにして関節を逆方向に折り曲げているモリノミヤもたいてい邪悪で説得力がある。
画面の端で久寿米木(くすめぎ)がドン引いているのがちらりと映った。
『話を戻そう。阿摩っちは刹那っちの体に乗り移ったよね。それができたということは、刹那っちの体に精神が入っていなかったということ。おそらく分断されたことで危険を感じて、体を置いて精神だけ逃げ出したんじゃないかな。魔王としてのレインくんを持ったまま』
「ど、どこに……?」
『……………………』
これまで流れるように話していたモリノミヤがここにきて沈黙する。
ややあって気まずそうにフレームアウトしていった。
画面の外からぽつりと声がする。
『……ワカンナイ』
「そうか! そうだよな! 当然だよな! いやお前は本当によく頑張ったよモリノミヤ!! 死にかけながらそこまで考えてくれてありがとう!!」
『ウン……』
「久寿米木、モリノミヤを撫でてやってくれー! これ本気で落ち込んでいる時の声だ……!!」
『は? わ、私ですか!? も、モリノミヤ……どうどう……』
久寿米木が不器用にモリノミヤを励ます声を聞きながら、俺とレインとベス、テトロさんとセバスチャンが顔を突き合わせる
「――ここまでの話をまとめると、逃げたという俺の精神を見つけて、レインを魔王として覚醒させなきゃいけない」
「でも精神の場所の手がかりは……阿摩羅の発言くらいよねぇ」
阿摩羅は『あれが死ねば我が主戻る』と言っていた。
俺が死ぬことで魔王は解放されレインの元へ戻る――?
「わぷっ」
考え込んでいると、レインに抱きすくめられた。
俺の腕の中ではベスがムリムリと卵を産みまくっている感触がある。
「なんだよレイン、ベスも」
「――あなたが良からぬことを考えていないかと」
「ああ……俺が死ねば解決するんじゃないかってことか? 考えてないわけじゃないけど最後の手段だよ。俺だってまだ死にたくないし」
「それなら、いい」
いいと言いつつもレインの腕は弱まらない。
少し痛いくらいぎゅうぎゅうと抱かれ、嬉しさと心地よさで頬が緩む。
「はぁ……俺が何か、覚えていたら良かったのにな……」
レインにもたれかかって目をつぶり、<異能>も使って自分の過去の記憶を遡った。
レインと出会った頃の記憶は特に朧げだ。
<異能>を使っても虫に食われた文書のように、読み解くことは難しい。
諦めて、レインと出会うよりずっと前の自分と今の自分の違いを探す。
俺から失われたものがあるのなら、無くなったことが手がかりになるものでもあればいいんだが。
「……ん?」
ふわっとした子どもの頃の記憶を<異能>で鮮明にすると違和感があった。
今探っていたのはモリノミヤと出会った頃の記憶だ。
『ねえ、君って人の心を弄ることができるんでしょ? ――ボクもだよ』
モリノミヤはそう言ってニタリと笑った。
モリノミヤは俺が初めて会った、自分以外の精神系能力者だ。
その時初めて知ったのだが精神系異能を持つ者同士は近づくとなんとなく互いに感じ取ることができる。
昔のアナログテレビが無音でもついていることがわかったように、独特の音のような――言葉にできない何かを感じるのだ。
「んんん!?」
「どうした、刹那」
『何かわかったんですか?』
「い、いや……ま、まだわからない」
いつからだろう。
ほんのささやかなものだった。ささやかすぎていつの間にか気にも止めていなかった。
記憶を遡って、子どもの頃と今を比べた時――おかしなことが一つあったのだ。
「モリノミヤ!」
『なにー?』
テレビ電話の画面に、ジュースとペロペロキャンディーを手に持って久寿米木によしよしされているモリノミヤが映る。
「あのさ、俺らが近くにいると独特の感じがあるだろ?」
『あるね』
「あれって一人の時は――あるか?」
『……』
モリノミヤに出会った時に初めて知った、精神系能力者が傍にいる時のあの感じ。
ささやかな感覚だし、俺自身が精神系能力者だから気にも止めてこなかった。
しかし過去の記憶と比べるとおかしいように思う。
――今の俺は、その感覚を常に一人分感じている。
しかし過去の俺は……そんな感覚が無かったのだ。
『――無い。刹那っち、それだ!』
「ああ!」
「何、どういうことぉ!?」
俺は自分の胸に手を当てる。
胸には俺が俺であることを示す、火傷の痕があった。
手のひらから感じるのは俺の鼓動。
物理的にあるのはそれだけだ。
他にわかりやすいしるしなど無い、あるという証拠はほんのささやかな感覚だけ。
それでも、俺は確信していた。
分断され、体から逃げ出した精神――手近に他の体が無かったのなら、そもそも入り込める場所なんて限られている。
逃げ出した俺が安全を求めて逃げ込める場所。
――ベスの卵に守られていると確信できる場所。
「俺は、俺の中にいる」
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