『人畜所履髑髏』

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「人畜所履髑髏」第8回

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「先ず女に訊く、そなたの想い、また知る処、全て包み隠さず陳べたか、改めて問う」
「司録様、私は全て、何事も隠さず陳べました、何一つ隠してはおりません」
「男、藤原広足に訊く、女が自死したと主張したが、自死を選んだ理由に心当たりは有るか?」
「私に心当たりなど有ろう筈がありません。突然の書置き、そして突然、私の前から姿を消した理由が解らず、私はただただ狼狽え、最愛の人を失い、私はそれこそ生きる望みを失くしてしまいました」
「女に訊く、そなたの陳べたことに嘘、偽りはないと認める。だが、何故、そなたが殺されたのかその理由を、そなたは騙された、と云い、その嘘を責めた為に殺された、と訴えるが、何を騙されたのか、どのような嘘を責めたのか、そなたの訴えの中に、何も見ることが出来ぬ。即ちそなた、何か、口に出来ぬこと、隠しているのではと我は疑うのだ」
「私に、隠していることなど何一つございません」
「後に改めて訊く。他に解せぬことがある。男は何故、そなたの骸を埋める場所を、わざわざあの墓地を選んだのか、その理由が解らぬ。
ひとを埋めるに足る大きな穴を掘るには時間も掛かる、屍体を運びこむにも人目に付きやすい。もし何かに手間取れば、まして夜中に灯りを使えば気付かれる惧れも、また何か物音立てればひとの気を引く惧れがある」
「司録様、私には、私を埋めるのに何故あの墓地を選んだのか、その理由、事情について私は何も知りません」
「そなたに何一つ心当たりはない、と云うのだな?」
「他に云いようもありません」
「では、男に同じことを訊く」
「私には、元から百合を殺す理由は有りません。百合の居ない人生など考えられません。何故百合が殺されたのか、その死骸を何故あの墓地に、何故土中に埋めて棄てられたのか、真の犯人を捕らえて訊いて下さい」
「お前は、女が自殺を宣告し、行方を晦まして、お前は生きる望みを失った、と申した、な?」
「百合が居なくなって私は生きる気力を、望みを失いました」
司録、じっと男の顔を疑わし気に見た、
「ならば訊く、閻魔庁の調べで、お前は、その僅か、ひと月も経たぬ内に、お前は別の女と婚姻し、そしてそのふた月後には子を生している、ことが判っている。これはどう云うことか?お前の言葉に大きな矛盾があるが」
司録に、睨まれても、男は動じる様子はなかった。
「確かに、お調べの通りです。ただ私は、百合を失って、何もかも捨て鉢になっていたのです。今の妻、以前よりこの女との結婚を周囲から強く薦められていましたので、この女と結婚し、子を設けました」
「だが、子は十月十日を待たず生まれておる。計算するまでもない、女、百合が失踪する以前にお前は、この女に子を孕ませたことになる。お前の云う、百合に対する深い愛と、このことは大きく矛盾する。
ところで百合に訊こう。この女の存在、またこの女の妊娠について、そなたは知っていたか?」
女の曝髑髏、暫く、無言であったが、その眼の穴から大粒の涙が溢れ出た。
「そなたが云う、男に騙されていた、とはこのことを指すのか?そしてそなたは、このことを強く非難した?」
女の曝髑髏、小刻みに震える。
「男に訊く、お前の過去帳には、お前には他に7人の兄弟があり、お前はその末っ子。家は極貧で、一日中腹を空かせていたお前は、他人の物を盗んで腹を満たしていた、とある。
そのお前、どうやら学業は出来たらしく、だが、その分、お前は貧乏であることが何を意味するか、成長するにつれ、知ることになる。
更に、お前が12か13歳頃、お前の母親は、酒浸り、酒乱の亭主に嫌気がさして姿を消した、と録されておる。その頃からお前の、金、物、贅沢、への憧れ、執着はますます強くなって行った、と録されておる。
 自力で学校に通ったお前の、金と物、贅沢への執着は更にひどくなった。しかしお前の周囲には、お前の容姿に惹かれて多くの女が群がってきたようだ。
 百合もそんな、数多の女の中の一人だった。そんなお前にとって、百合は、お前が力を込めて、最愛の女だと言い切る程に、お前は百合を愛してなどいなかったのだ。
 百合はお前の、口から出任せな愛の告白を、自分一人への言葉だと単純に信じた。しかし百合は、男の肌が冷たくなっていたことを知った、男の肌から他に女がしかも複数の女が居ることを知った、そして遂に女の妊娠、そのことを百合は激しく詰ったに違いない。
 百合を殺してあの墓地に埋め、百合の生きた痕跡を消したお前は、素知らぬ顔で、地方議会議員選挙に打って出た。妻となった女の父から地盤と票と、大きな遺産を譲り受けて当選した。この当選を切っ掛けにお前は政治家として栄華の道を歩むことになる。政治家になることは、お前にとって、金、、物、贅沢への野心を満たしてくれる唯一無二の道だったのだ。
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