『人畜所履髑髏』

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「人畜所履髑髏」第7回

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 閻魔大王、云い置いて、不動明王、愛染明王を従え緞帳の向こうに消えた。そして司録に司命、閻魔大王に代わって前に進み出て、男を囲む餓鬼の中の、いつの間にかそこに来ていた赤い肌の餓鬼に目で合図した。
 赤い肌の餓鬼、戟の背で、男の頭を押さえつけ額を石畳に俯せさせ、横に控える緑の餓鬼から鎗を受け取り、男の背を、風車の羽のように振り回して何度も打ち付けた。
 男、悲鳴を上げ、そしてその背中は裂けて血が飛び散った。
「どうだ、罪を認めるか?」
司録が男の顎を掴んで持ち上げて問うた。
「知りません、全て、何かの間違いです、今一度、その女に確かめて下さい」
「己れ、強情な奴め。ならば口を割るまで打ち据えてやる」
しかし、藤原広足、血反吐を吐き、石畳に倒れても、決して罪を認めようとしなかった。
「ええい、愈々強情な奴、ならば、お前の首切り落として、身二つにし、地獄の血の池に投げ込んでやる。何千、何万年も血の池に沈め、首、浮いて出れば、畜生道に堕とし、体浮いて出れば、鬼どもの餌に与えよう。地獄の責め苦、未来永劫、味わうが良い」
怒り狂った司録、藤原広足の首根っこを掴み、石畳に押さえつけ、赤い肌の餓鬼から受け取った戟を振り上げて、正に、男の首に振り下ろそうとしたその時、だった、
 一個の髑髏が転がり出、司録の足許に白骨の手で縋りついて訴えた、
「お許しくださいませ、司録様、これ以上、このひとを打たないで下さいませ、これ以上、このひと打たれますと、このひと、死ぬことならぬまま、いつまでも激痛に苦しまねばなりません。とても私には見ていることなど出来ません。
私が悪うございました、私が間違っていたのでございましょう。これ程にこのひとが、私を殺し、私を土中に埋めたこと、否定するのであれば、屹度私に何か間違いが、何か私が思い違いをしていたのかも知れません。それともこのひとに、口に出来ない、何か訳が有ったのかも知れません。
 司録様、司命様、私は、訴えを取り下げます。どうかこのひとを解き放し、地上に還して頂けますようお願い申し上げます。訴え取り下げたことにより、どんな罰を与えられようとも私はお受けいたします。どうか、このひとを打つその戟で私の、この、未練がましく残ったこの曝髑髏、そして哀れなこの骸を思いっ切り打って、粉々に打ち砕いてくださいませ」
                
 首を捻じ伏せられ、背中を激しく打たれて気を失っていた男、司録の足にしがみついて訴える髑髏の声に、遠い昔の記憶が刺激されたか、ふと意識が戻った。そして声の主を捜すが、男の記憶に残る女の姿は、漆黒の闇の中、どこにも見えない。
 男の口からふと声が漏れた、
「百合、か?百合、の声が聞こえる?どこにいる?」
それを聞きつけた司録、振りかざした戟を一旦、横に控える赤い餓鬼に戻し、男の首を捩じ上げて訊いた、
「お前はたった今、この女の名を口にした。見も知らぬ、聞きもしない筈の女の名を夢の中で呼んだ。この百合と申す女のこと、漸く思い出したか?」
「私の知る百合、なら、30年も昔に死んだ、筈。百合は私に書置きして、何処かで自ら命を絶って死んだ筈。
何処で死んだか、私は知らない。私は捜した、だが見つけられなかった。その百合が何故うして、こんなところに居る?」
「まるで我が身に責任はないが如くによくもぬけぬけと。この百合と申す女、お前に首を絞めて殺され、墓地の土中に埋められた。女の遺骸は蛆に食われて髑髏と僅かな骸だけの哀れな姿に成り果て、そして誰からもその骸に回向手向けて貰えず、地獄に堕ちることもならず、幽霊になって彷徨うことも成らず、毎夜泣いていたところを偶々通りかかった、お前の後ろの赤い餓鬼がその泣き声に気付き、掘り出した。髑髏に訳を聞けば、お前に騙され、挙句に殺された、それが悔しくて泣いている、と訴えた。
 この女の訴え、大王様、お聞きになられ、その真偽確めよ、事実、女の訴え通りであるならば、閻魔庁法に則り厳しく処罰せねばならぬと、お前を地上から急遽召したのだ。
 お前は、そんな女、知らぬ、誰も殺した覚えなど無いと言い張った。だが今、お前は女の名を口にした。知らぬ存ぜぬと強情を張ったお前だが、やはり心の隅に、女を無残に殺したことを悔やむ心が残っていたか、それとも此度の訴え、取り下げてお前を許してやってください、その代り、私はどんな罪も罰も受けますと、お前を鞭打つ我の足にしがみついて泣いて頼む女の声で、無意識の中でも、女の名を思い出したのは、お前にも、ひととしての心が僅かでも残っていた故か。
しかしお前が女を騙し、それを責められて女を殺したこと、余りに身勝手であり、しかもその亡骸、土中に埋めた非情さ、また30年もの長い間、唯の一度も女の霊を慰めてやらなかった薄情さを、閻魔大王様は決してお許しに成らぬ。如何に女が許しを乞おうともお前には厳しい罰が下されよう」
女はその宣告を聞いて叫び泣き、白骨の手を伸ばして藤原広足の腕を掴み、その頬を両手で包み、愛し気に撫でた、
「ああ、なんて温かいんでしょう、あなたの頬。あの頃のあなたの体の温もり、思い出します。触れて撫でているだけで私の凍り付いた心がほんのりと解けていくのが解ります。
広足さん、許して下さい、私が、悔しさ紛れに、何も知らずに、あなたの事を訴えて出たばかりに、あなたをこんなにひどい目に合せてしまいました。ああ、私は何てことをしてしまったのでしょう」
女、司録に訴える、
「お願い、です、このひと、許して下さい、代わりにどうか、その戟で私の髑髏を粉々になるまで打ち砕いて下さい」
司録、女の心の変化に、流石に戸惑うか、暫し女の顔を見ていたが、
「閻魔庁は、人として冒してはならぬ罪を犯した者の、その罪の大小、軽重を測り、その罰を決める処である。有罪無罪、その実、無実を争う処に非ず。ひとに非ずば罪は重いのだ。
 此度、そなたの曝髑髏、墓地にて泣きおる所を、土中から奇しくも拾われ、その訳聴けば、
(被絞殺、不被回向手向、成曝髑髏、多年歲、往來人畜、皆踏我頭)
とそなたは訴えた。
我、司録、閻魔庁に於いてそなたの過去帳調べるも、回向されず放置された為か、そなたの過去帳届けられておらず、故に真実を確めることならず、またこの此度の我が失態、大王様から、我は厳しく叱咤された。
そして此度の事、そなたの陳べるところ全て真実である。そなたの悲痛な訴えを、横に居て聞きながら、この男、その罪認めぬどころか、唯の一言もそなたに許しを乞わぬ。これこそ男に人としての罪有る証拠なり。この男、故に、問われるその罪、既に明らかであり、かつその罪、既に重い。この非情の男を大王様がお許しなさる筈は無い。また、今更、訴えを取り下げられることはない、かつ再び地上に還されることもない。
 ただ、我に、未だ不可思議な点が幾つかある。是より、両者、その云うところを聴き、その疑を明らかにする。両者、前へ」
 近くに控えていた赤い餓鬼が、男を強引に立ち上がらせて司録の前に平伏させ、もう一匹の緑の餓鬼が女の曝髑髏(しゃれこうべ)を抱きかかえて司録の前に置いた。
曝髑髏、自ら震わせて向きを変え、男の様子を、愛おし気に、そして心配でならぬ気に見守り、その眼から大粒の涙が流れ出る。

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