92 / 161
第二章 帝国編
第5話 後宮内潜入
しおりを挟む後宮ー……
ここは現在、正皇妃の意向により集められた多くの令嬢と
それらが引き連れてきた侍女達で満室状態。
唐突に部屋を埋め尽くした彼女達の世話役としてこれまた多くの女官が急遽選出され、
過剰な人員に不満なく過ごしてもらうためにてんてこ舞いの様相を呈している。
ばたばたと多くの女官や侍女達が行き交う中を慎重な歩みで進む女が一人。
すいすいと行き交う女官や侍女達の間を縫うように進むその様は酷く優雅にすら感じられ、辺りを取り巻く忙しなさとは一線を画していた。
いやそれどころか、すれ違う人々に認識すらされていない。
気付かずの魔法
それによって周囲から認識される事がないのだ。
故に彼女は、シェイラは誰に煩わされることもなく、
思うがままに移動しては会話の内容や人間関係を見聞きしながらメモをとっていった。
どうやら滑り出しは順調のようだ。
シェイラは現在、後宮へと魔法を使って潜入して内部の人間の調査をしていた。
モリーの手引き書における【その1】である。
一応不測の事態、魔法が解けてしまった場合を想定してその装いは侍女のそれだ。
100もの令嬢の調査とあって、当初出だしから困難を極めるかと危惧していた調査は
これまた驚く程簡単に進んだ。
というのもー…
『全く、○○家のお嬢様には困ったものだわ!!
お気に入りの香油でなくば嫌だとかわがまますぎる!
私達なんてそんな高価なもの、使う機会もないというのに』
や
『そちらはまだ良いじゃない、香油程度で。
私達なんかもう大変よ!
ほら、○家のお嬢様と私達が担当の○○様はお家から性格からして反りが合わないでしょう?
だから顔を合わせる度に喧嘩するのよ。
やれ衣装が見窄らしいだの化粧が濃いだのと嫌味ったらしいったら』
や
『はぁぁー…問題は彼女達に付いている侍女達だわ、あれは酷い。
“自分達は皇帝陛下の婚約者候補の高貴なお嬢様に仕えているのだから
洗濯や食事の手配のような雑事は女官達がやって当然!”なのですって!
まるで自分達まで候補の一員だと言わんばかりの偉そうな物言い、
仕事もろくにやらないし……。
特にあの○○とかいう侍女は最悪だわ!!
いくら公爵令嬢の○○様の侍女だからって
好き放題こっちに命令してくるだなんて何様よ!?』
等と女官達が口々に愚痴りに愚痴っているので、
問題ありな令嬢や侍女の名前を容易に把握する事が出来たのだ。
中には今回の婚約者選定に後ろ向きな令嬢や我関せずを通している令嬢の名も上がっているため、それらを全てメモしていく。
あらかたメモに留めて情報を整理すると、
今度は実際に上がった名前の令嬢の顔を把握するためにある場所に足を向けた。
女官達の話では、部屋で過ごしている以外の令嬢は皆日中、
宮内に存在する談話室へと集っては交流という名の貶し合いをしているらしい。
シェイラが現場に到着すると、
そこでは文字通り貶し合いの真っ最中。
令嬢達の中ではすでに有力貴族家の令嬢を筆頭に
派閥に似たものが形成されてきているようだった。
一番目立っていたのは、カサンドラ・クラン・レーギル公爵令嬢。
金髪をボリューム感たっぷりに巻いた吊り目気味の女性。
かなり多くの令嬢の取り巻きを従えて、他の令嬢達を見下し嘲笑していた。
ー…典型的な悪役っぷりであり、シェイラは思わずロザベラとミラベルを思い出してしまった程に言動がよく似ている。
そしてカサンドラ嬢に食ってかかっている令嬢が、レミル・ロド・ラクレス男爵令嬢。
ふわふわのウェーブがかった茶色の髪をした小柄な令嬢で、身分を傘にきて身なりを貶すカサンドラ嬢にキャンキャンと言い返している。
その小動物めいた容姿と相まって、まるで威嚇し吠える子犬のようだ。
もう一人、先の二人の争いに我関せずと部屋の隅で静観しているのが
おそらくルミエス・クラン・エヴァンス公爵令嬢。
淡い水色の長くまっすぐな髪は結われる事なく背中に流され、派手な二人とは違い、上品な装いで静かに紅茶を飲んでいる。
その隣にはやや年嵩の侍女が、小馬鹿にした視線を周囲に送りながら佇んでいる。
女官らの会話に出てきた件の高慢な侍女だろう。
(……なんと言いますかこれは、……混沌ですわね)
交流を図るための談話室で、何とも見苦しい限りだと呆れかえるシェイラだったが、
しっかりと彼女達の顔と名・為人を脳内に記憶するのを忘れない。
会話の内容から他の令嬢達の関係なども記憶し、
その場を辞した後、部屋へと篭っている令嬢達の確認を済ませると、
早々に後宮を後にする。
これ以上粘ってみたところで他に収穫はなさそうだからということもあるが、それよりも。
(態々こちらから動かなくても、餌はすでに撒かれ始めているようですしね)
例の女官長ー…ザムアが一部の女官達にシェイラのことを触れ回っているのを目にし、シェイラは手引き書の【その2】へと事態が勝手に進み始めていることを確信したからだ。
(さてかの令嬢方はどう動くのかしら?)
後は撒かれた餌に、犬達が食い付き行動を開始するのをただ待てばいい。
(ー…あらやだわ、私ったら。
彼女達を犬呼ばわりするだなんて……はしたなかったかしら?
これは手引き書の影響かしら…)
口元にうっすらと笑みを浮かべてルードの居室へと戻るシェイラの足取りは軽かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※次回の更新は20時頃を予定してます(о´∀`о)
※補足説明:帝国では名前と家名の間に貴族位が入ります。
クラン→公爵
デル→侯爵
クロム→伯爵
ルド→子爵
ロド→男爵
因みに皇帝はカロル、正皇妃はカロリアです。
ルードの場合:ベルナード→名前
イグニス→母方家名
カロル→皇帝位
カリスティリア→家名
となります。ご参考までに(*^ω^*)
13
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。
自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。
彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。
そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。
大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…
今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
笑い方を忘れた令嬢
Blue
恋愛
お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。
--注意--
こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。
一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。
二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪
※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
【完結】見返りは、当然求めますわ
楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。
この国では、王太子が10歳の時に婚約者が二人選ばれ、そのうちの一人が正妃に、もう一人が側妃に決められるという時代錯誤の古いしきたりがある。その伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかしーー
「私の正妃は、アンナに決めたんだ。だから、これからは君たちに側妃の座を争ってほしい」
微笑ながら見つめ合う王太子と子爵令嬢。
正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。
※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる