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第1章
第6話 煙草と男と幼女と少女 〜“私室”と包帯の下③〜
しおりを挟む「すると雫さんは既に、歴とした一人前の成人女性ですね!」
「…は?」
「であればここは私から一つ、その綺麗な両眼に特別な“お呪い”をかけてあげましょう」
「綺麗て」
「おい待てや紫円てめぇ。余計な事しようってんじゃああるめぇな」
きっと貴方の力になりますよ、そう言ってにっこり笑んだ紫円が握っていた手を離す。代わりにその手が雫の両眼を覆う段になって、鹿火が剣呑な声を上げた。
「大丈夫、大したことはしませんよ。言ったでしょう?お呪い、だと」
「てめぇみたいな胡散臭い男の言うお呪いなんざ怪しくてしょうがないっつってんだよ暗に!…何企んでやがる」
「はは…企むなんてそんな。まぁ、強いて言えば保険ですよ所謂。何せ昼間聞いた“面白い話”の件もありますしね?未成年ならともかく、既に成人しているのならば、そろそろ彼女も自分の“眼”に慣れた方が良いと思いますが」
それとも、と鹿火を見やり鈍灰色の眼を細める。
「貴方が、このまま何も言わず、聞かせず、知らせず、又教えずに、これからも一生彼女を守り続けていくとでも?」
「うぬっ…」
グッと詰まった楼主の様子を無言の許可と解釈したのか。
眼を覆う手はそのままに、
「少しの間力を抜いて、眼を閉じてごらん、雫さん」
囁くや、小さく、それでいて厳かな空気を纏った低音が辺りに響いた。
一は全に 無は有に
全は一に 有は無に
其れは形無きものを形有るものへ
其れは形有りしものを形無きものへ
〈金〉は許容する すべての有りしものを
〈黒〉は拒絶する すべての無きものを
見せよ 視せよ 魅せよ すべての生を
隠せよ 格せよ 確せよ すべての死を
さすればすべては 御玉の中に
(“左”も“右”も…なんだか温かい)
両眼を手に覆われ閉じていた雫は気づかなかった。部屋の中がすべからく、眩い光に包まれていたことを。
詩にも似たそれが聞こえなくなり、やがて眼の辺りに感じていた温もりも消えた頃に眼を開けようと試みた雫は、何時の間にか元の、左眼に包帯を巻いた状態になっていることに気づく。覆っていた紫円の手も既に離れている。
「??あれ…?」
ぺたぺたと包帯の上を触って確認するも、特に何かがある訳でもない。だが、今までと同じく表に出たままの右の黒眼が、何やら常になく“よく見える”気がした。
不思議と嫌な感じはしないけどと首をかしげているのを見て、ふふ、と笑うと紫円はパチリとウィンクして細やかな助言をした。
「お呪いは徐々に効いてきますから。暫くは元のまま、それを巻いていた方が良いでしょう。次にその包帯を外した時、今までとは随分違った景色を見るとは思いますが、貴方なら。…他ならぬ貴方だからこそ、“全てを受け入れられる”と、私は確信していますよ雫さん」
訳がわからずキョトンとしていると、本当に可愛らしい方ですねぇ、と極上の笑みを浮かべて頭を撫でてくる、自身の顔面偏差値の高さに無頓着の美貌の男。つい無表情が崩れて赤らんだ顔を誤魔化すように一瞬俯くと、顔を上げ、
「…雫、でいい」
「え?」
「さん、はいらない。“雫”でいい。……紫円」
ぶっきらぼうに返し、せめてもの意趣返しにと、これでもかという程に顔を顰めてみせたのだった。
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