創煙師

帆田 久

文字の大きさ
12 / 20
第1章

第6話 煙草と男と幼女と少女 〜“私室”と包帯の下③〜

しおりを挟む



「すると雫さんは既に、歴とした一人前の成人女性レディですね!」

「…は?」

「であればここは私から一つ、その綺麗な両眼に特別な“お呪い”をかけてあげましょう」

「綺麗て」

「おい待てや紫円てめぇ。余計な事しようってんじゃああるめぇな」

きっと貴方の力になりますよ、そう言ってにっこり笑んだ紫円が握っていた手を離す。代わりにその手が雫の両眼を覆う段になって、鹿火が剣呑な声を上げた。

「大丈夫、大したことはしませんよ。言ったでしょう?お呪い、だと」

「てめぇみたいな胡散臭い男の言うお呪いなんざ怪しくてしょうがないっつってんだよ暗に!…何企んでやがる」

「はは…企むなんてそんな。まぁ、強いて言えば保険ですよ所謂。何せ昼間聞いた“面白い話”の件もありますしね?未成年ならともかく、既に成人しているのならば、そろそろ彼女も自分の“眼”に慣れた方が良いと思いますが」

それとも、と鹿火を見やり鈍灰色の眼を細める。

「貴方が、このまま何も言わず、聞かせず、知らせず、又教えずに、これからも一生彼女を守り続けていくとでも?」

「うぬっ…」

グッと詰まった楼主の様子を無言の許可と解釈したのか。
眼を覆う手はそのままに、

「少しの間力を抜いて、眼を閉じてごらん、雫さん」

囁くや、小さく、それでいて厳かな空気を纏った低音が辺りに響いた。



   一は全に  無は有に
  全は一に  有は無に
  其れは形無きものを形有るものへ
  其れは形有りしものを形無きものへ
 〈金〉は許容する すべての有りしものを
 〈黒〉は拒絶する すべての無きものを
  見せよ 視せよ 魅せよ すべての生を
  隠せよ 格せよ 確せよ すべての死を
  さすればすべては 御玉みたまの中に



(“左”も“右”も…なんだか温かい)

両眼を手に覆われ閉じていた雫は気づかなかった。部屋の中がすべからく、眩い光に包まれていたことを。
 詩にも似たそれが聞こえなくなり、やがて眼の辺りに感じていた温もりも消えた頃に眼を開けようと試みた雫は、何時の間にか元の、左眼に包帯を巻いた状態になっていることに気づく。覆っていた紫円の手も既に離れている。

「??あれ…?」

ぺたぺたと包帯の上を触って確認するも、特に何かがある訳でもない。だが、今までと同じく表に出たままの右の黒眼が、何やら常になく“よく見える”気がした。
 不思議と嫌な感じはしないけどと首をかしげているのを見て、ふふ、と笑うと紫円はパチリとウィンクして細やかな助言をした。

「お呪いは徐々に効いてきますから。暫くは元のまま、を巻いていた方が良いでしょう。次にその包帯を外した時、とは思いますが、貴方なら。…他ならぬ貴方だからこそ、“全てを受け入れられる”と、私は確信していますよ雫さん」

訳がわからずキョトンとしていると、本当に可愛らしい方ですねぇ、と極上の笑みを浮かべて頭を撫でてくる、自身の顔面偏差値の高さに無頓着の美貌の男。つい無表情が崩れて赤らんだ顔を誤魔化すように一瞬俯くと、顔を上げ、

「…雫、でいい」

「え?」

「さん、はいらない。“雫”でいい。……紫円」

ぶっきらぼうに返し、せめてもの意趣返しにと、これでもかという程に顔を顰めてみせたのだった。




 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

処理中です...