11 / 20
第1章
第6話 煙草と男と幼女と少女〜“私室”と包帯の下②〜
しおりを挟む
解かれて緩み、包帯がするすると顔の表面を滑って正座していた雫の太ももに落ちる。そうして顕になった彼女の顔ー…右眼と同じく左眼にも一切の傷跡の類はなく、光も失っていなかった。が、唯一その瞳の色、右の黒眼とはまるで似つかぬ、蜂の蜜を溶かし込んだかのような琥珀色の瞳が異様な存在感を放っていた。
その異端な色合いの瞳を、寄りにもよって面持ちの端正な男に覗き込まれ、ひどく居心地の悪さを感じた雫。
(どうせまた、気味悪がられる)
紫円は山中で賊達に、幽霊だ、化物だと云われたと嘆いていたが。こんな、左右の瞳に違う色を宿した自分の方がよっぽど“化物”じみているー。
自身では見慣れ、他人にどう悪感情や不快気な眼差しを向けられようとも大きく波打つことの無い感情が、この男にそう思われるのだと思った瞬間何故か、容易く不安に揺れ動く。この男の口からはどうしても。己の存在を否定する言葉を、拒絶の意思を向けられたくない。
表情の乏しい面持ちの下で激しく訴える感情に戸惑いながらもしかし,分かりきった反応だと半ば諦めている自分がいる。
もう、見せ物になるのはこれ位でいいだろうと、巻き直す為に包帯の端を掴んだ雫の手はしかしー。
(……え)
ふいに横から伸びてきたしなやかで大きな、男の手によって掴まれた。
おそるおそる、手の主の表情を伺った雫はそこに、まるで侮蔑や忌避のない、寧ろ純粋な感嘆に染まった瞳をみた。
「ああ…。すばらしい」
まるで熱に浮かされているかのようにうっとりと囁き、ぼぉっと自分の瞳を凝視する紫円。
「……気持ち悪く、ないのか?金色の瞳なんて」
思わず零れた自虐的な発言に対して紫円は、うっとりと細めていた両眼を見開き、とんでもない!という。
「雫さんの両眼は非常に珍しいですが、同時に特別な物なのですよ?左右異眼ー…他にも色の組み合わせはありますがこれは……。“左眼琥珀”に“右眼黒曜”ですね。そもそも、現在はそう知られていないのかもしれませんが、かつて貴方のように左右に異なる配色を持った者は“神宿る器”として人々に崇められたり、存在することそれ自体が吉兆の証とまで云われていた程縁起の良いものなのですよ」
「サユウ、イガン?神宿る、器?……は??」
この男は一体、何の話しをしているのだろう。
聞き慣れない言葉の連続に、何がなんだか分からない。困惑を深める雫を余所に、紫円は一人熱を上げていく。
「その中でも、特に特殊で稀少とされたのが貴方の瞳。ああでも、しかし……。鹿火殿」
「何だ」
「この配色は確か、誕生する際唯一にして明確なとある条件があったはずなのですが……、何かご存知で?」
「…まぁな…伊達に長く生きちゃあいねぇよ。だがな、雫は6年前に山ん中で拾ったんだよ。一人きりでぶっ倒れてやがったし、おまけに自分の名と歳以外の記憶がないときた」
トントン、と燃え尽きた刻み煙草を捨ててフッと吸い口から息を吹き込んで煙管内に残った灰を吹き出した鹿火は、すかさず新たな刻み煙草の玉を火皿に詰めつつ答える。
「…残念ながら<対>は見つかっちゃいねぇよ。そも、本当に存在しているかも分からんしな」
「そうですか」
「それに拾ったばかりの頃はともかく、5年程前からこの国は急にきな臭くなりやがった。どういう理屈が働いたんだか、死ぬ様子すらなかった先代国主の急死に、なるはずの無い屑がこの国の国主……創氏になったんでな。その部下もまた揃って屑。加えて、ちょいと変わった形をした国民が次々と姿を消し始めて終いにゃあ“神隠し”なんぞと呼ばれるようになっちまって切りがねぇ。全く厄介なこったよ」
「だからこその“包帯”ですか。赤髪も珍しいと云えばそうですが、この“瞳”程ではないでしょうしねぇ」
「そういうこった」
ふむ、と思案顔の紫円は未だ手を握ったまま。気味悪がられていないとわかり、ホッと胸を撫で下ろした雫であったが、中々離されることのない手に、何やらムズムズとしたものを感じて身動ぐ。
「雫さん」
「何」
「今、お幾つですか?」
「は?」
「女性に歳を聞くのは失礼かとも思いますが、お幾つですか」
これまた唐突に、よくわからない質問をされた。
「…16になった」
別段言い渋ることでもなかったので端的に答える、と。
「すると雫さんは既に、歴とした一人前の成人女性ですね!」
「…は?」
その異端な色合いの瞳を、寄りにもよって面持ちの端正な男に覗き込まれ、ひどく居心地の悪さを感じた雫。
(どうせまた、気味悪がられる)
紫円は山中で賊達に、幽霊だ、化物だと云われたと嘆いていたが。こんな、左右の瞳に違う色を宿した自分の方がよっぽど“化物”じみているー。
自身では見慣れ、他人にどう悪感情や不快気な眼差しを向けられようとも大きく波打つことの無い感情が、この男にそう思われるのだと思った瞬間何故か、容易く不安に揺れ動く。この男の口からはどうしても。己の存在を否定する言葉を、拒絶の意思を向けられたくない。
表情の乏しい面持ちの下で激しく訴える感情に戸惑いながらもしかし,分かりきった反応だと半ば諦めている自分がいる。
もう、見せ物になるのはこれ位でいいだろうと、巻き直す為に包帯の端を掴んだ雫の手はしかしー。
(……え)
ふいに横から伸びてきたしなやかで大きな、男の手によって掴まれた。
おそるおそる、手の主の表情を伺った雫はそこに、まるで侮蔑や忌避のない、寧ろ純粋な感嘆に染まった瞳をみた。
「ああ…。すばらしい」
まるで熱に浮かされているかのようにうっとりと囁き、ぼぉっと自分の瞳を凝視する紫円。
「……気持ち悪く、ないのか?金色の瞳なんて」
思わず零れた自虐的な発言に対して紫円は、うっとりと細めていた両眼を見開き、とんでもない!という。
「雫さんの両眼は非常に珍しいですが、同時に特別な物なのですよ?左右異眼ー…他にも色の組み合わせはありますがこれは……。“左眼琥珀”に“右眼黒曜”ですね。そもそも、現在はそう知られていないのかもしれませんが、かつて貴方のように左右に異なる配色を持った者は“神宿る器”として人々に崇められたり、存在することそれ自体が吉兆の証とまで云われていた程縁起の良いものなのですよ」
「サユウ、イガン?神宿る、器?……は??」
この男は一体、何の話しをしているのだろう。
聞き慣れない言葉の連続に、何がなんだか分からない。困惑を深める雫を余所に、紫円は一人熱を上げていく。
「その中でも、特に特殊で稀少とされたのが貴方の瞳。ああでも、しかし……。鹿火殿」
「何だ」
「この配色は確か、誕生する際唯一にして明確なとある条件があったはずなのですが……、何かご存知で?」
「…まぁな…伊達に長く生きちゃあいねぇよ。だがな、雫は6年前に山ん中で拾ったんだよ。一人きりでぶっ倒れてやがったし、おまけに自分の名と歳以外の記憶がないときた」
トントン、と燃え尽きた刻み煙草を捨ててフッと吸い口から息を吹き込んで煙管内に残った灰を吹き出した鹿火は、すかさず新たな刻み煙草の玉を火皿に詰めつつ答える。
「…残念ながら<対>は見つかっちゃいねぇよ。そも、本当に存在しているかも分からんしな」
「そうですか」
「それに拾ったばかりの頃はともかく、5年程前からこの国は急にきな臭くなりやがった。どういう理屈が働いたんだか、死ぬ様子すらなかった先代国主の急死に、なるはずの無い屑がこの国の国主……創氏になったんでな。その部下もまた揃って屑。加えて、ちょいと変わった形をした国民が次々と姿を消し始めて終いにゃあ“神隠し”なんぞと呼ばれるようになっちまって切りがねぇ。全く厄介なこったよ」
「だからこその“包帯”ですか。赤髪も珍しいと云えばそうですが、この“瞳”程ではないでしょうしねぇ」
「そういうこった」
ふむ、と思案顔の紫円は未だ手を握ったまま。気味悪がられていないとわかり、ホッと胸を撫で下ろした雫であったが、中々離されることのない手に、何やらムズムズとしたものを感じて身動ぐ。
「雫さん」
「何」
「今、お幾つですか?」
「は?」
「女性に歳を聞くのは失礼かとも思いますが、お幾つですか」
これまた唐突に、よくわからない質問をされた。
「…16になった」
別段言い渋ることでもなかったので端的に答える、と。
「すると雫さんは既に、歴とした一人前の成人女性ですね!」
「…は?」
0
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる