舞台に似合いの最高の喜劇を

帆田 久

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4 勧善懲悪という喜劇に不可欠なのは世間に愚物と評されるほどわかりやすい悪役

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「グペェ」


どさりと今しがた殴り飛ばした第一王子愚物が大理石の床に落下した音と共に、
会場内で幾人もの悲鳴が上がる。
が、それもすぐに止んだ。

あまりにも唐突な出来事のためか、
会場内で警備を担当していた騎士どももまるで動く素振りがなく。

言葉を発するのはー


「…ぁあ、少しばかりスッとしました」

第一王子の宣言を聞き届けると同時に、
その宣言者に苛烈なアッパーカットを一切の躊躇なく振り抜いた侯爵令息と。


「おいおい、少しは加減してくれ。
一度に壊しては私の番が回ってこんではないか」


息子を諌めるどころか自分が殴る余地を取っておいてくれと軽口を叩く侯爵家当主。


どちらもが、今までどの夜会でも見たことのないほどの

清々しい笑顔を浮かべていた。






「そうは申しましても父上。
愚物にこれ以上臭い息を正面から浴びせられる私の身にもなってほしいものです。
必要な言質はとったのですから少しばかり気が逸るのは致し方ありますまい?」

「まぁその気持ち、痛いほどわかるがな?
おっと……そうであった。
さ、シア?こちらに…そう。
もう何も心配ないからな?」

「お、お父様…お兄様も。
私をお叱りにならないのですか…?
っいえそれより王子を…これは、一体……」

「ん?何故私達がシアを叱らなければならないのかな?
ああ因みにあれは王子なんて高尚な生き物ではないから気にしなくていい」

「父上の言う通りただの害虫みたいなものだから。
こっちこそごめんねシア!助けるのが遅くなっちゃって」

「…お兄様…お父、様」

「…ほら、おいで。ツヴァイも」

「おとぅさまぁ…」

「「シア」」


会場内の空気もガン無視で抱擁を交わす
今しがた婚約破棄を成立させられた令嬢とその父である侯爵と令息。

成り行きをただ傍観していた貴族達や先程悲鳴を上げたご夫人らは、
見目麗しい一家の温かな情景に状況も忘れてほぅ…と色を帯びたため息をついた。

それもそう。

こんな茶番さえなくば、令嬢は『真紅の薔薇姫』との二つ名を亡き侯爵夫人より継いだと言われるほどの美少女。
優れた剣技と父親そっくりの穏やか且つ端正な見目から王子を差し置いて常日頃から貴公子と呼ばれる美青年の令息。
父親に至っては『宵闇の君』などという小っ恥ずかしい二つ名を当主継承以前から付けられているほどの美形一家。
社交界では常に善望を集めていた一家が一堂に会し抱擁を交わす。
そばでうめきながら顎を押さえてのたうっている存在すら忘れて見入ってしまうのも無理からぬことかもしれない。

ただ当然、この状況を見過ごすわけもない存在は既に会場内にいるわけでーー。


「っな、何たる無礼な!
ダイン!私の息子に何たるっ…!
騎士達よ!!早うっ早うその一家を捕縛せよ!
王の後継たる第一王子を害した罪人どもを早うとらえんか!!」

ようやく状況を理解したのか一気に激昂した王妃が派手な扇子で侯爵家一家を差しながら声を張り上げた。

がー


「…な、何故」

捕らえられたのはー、第一王子とその取り巻き達だった。

「何故私の息子を!
何をしているのだ騎士どもォ!!
罪人はエルヴィン侯爵家!我が息子は害された被害者なるぞ!?
善なる者を捕らえて悪を放置するとはそれでも貴様ら王国に仕える騎士達k」

「黙れ愚物が」

「!!?」


騎士達の行動に唾を飛ばしながら罵倒する王妃に向けて、
侯爵より言葉が放たれた。
がそれは、到底自身が仕える王族あるじに向けるような言葉ではなかった。


「え、え、エルヴィン侯爵…貴様…
私を、王妃たる私を、今、なんと……」

「やれやれ。愚物ともなると耳すら正常に聞こえなくなるらしい。
愚物と、そう呼んだがご不満かな?」

「不敬!何たる不敬!
王妃たる!国母たる私を」

「この後に及んでー
誰が善で誰が悪かをまるで理解出来ていないから愚物と呼ばれるのだよ
王妃、いやーー。
王妃を騙る偽物よ」


侯爵の言葉が耳に届いた会場中の貴族らに、激震が走った。



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