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ー本編ーその辺のハンドメイド作家が異世界では大賢者になる話。

第26話 魔女の考察

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鼻血を出してぶっ倒れてどれくらいたったかはわからないが、俺は医務室的な場所で寝かされていた。

周りには誰も居ないが、ここが引き続き俺の世界ではなく異世界であろうことはわかった。

窓から見えるこの世界の月は綺麗な水色をしているのだ。
とても美しいブルートパーズのような綺麗な水色。

これは俺の世界の月ではまずありえない色だからな。

俺はこの世界に帰ってきた。

ただ、記憶をなくしていた為に彼女たちを泣かせてしまった。
その行為に今は酷く心が痛む。

「ご主人様…目、覚めたんだな。」

ベッド脇のカーテンを開けて、盗賊ちゃんが顔を覗かせる。

「ごめんね…。色々と心配かけたよね。」
「ま、まだ立ち上がろうとしちゃダメだ!
魔女さん曰く、記憶を取り戻すのにまた相当な魔力と脳へのダメージを負ってる筈だからって…。身体におかしいところはないか…?大丈夫か…?
………っ!だ、大丈夫そうだな…。」

ん…?
盗賊ちゃんの視線の先を追う。
おう……。

「相変わらず立派な大剣で…。」
「俺を殺してくれ…。」
「い、一応まだ冗談でもそう言うの言う空気じゃないぞ!本当に…みんな心配したんだからな…。
と、とりあえずオレ、魔女さん呼んでくる!」

なんでこんなに素敵な子たちのこともこの気持ちも忘れて行ってしまったんだろう…。
今はそれがただただ苦しくて胸が痛い…。

「………。きっと凄い辛いんだなご主人様…。
オレにも伝わることまた忘れてんだろ…。
めちゃくちゃ胸が痛い…、そうだよな…。
ご主人様も苦しいんだよな…。」

少女は医務室から出ると自分の主人の胸の痛みを感じ、そして…また、涙を流した…。

しばらくすると盗賊ちゃんが魔女さんを連れて戻ってくる。

「やぁ、賢者くん…気分はど…………。

うん…。大丈夫そう………だね…。」

凄い気まずそうに苦笑された…。
辛い…。俺の立派な大剣がショートソードに戻らないのが今はただただ辛い…。
だがこれは男の生理現象なんだ…。
気に留めないでくれ…。

「ま、まぁ…元気そうでなによりだよ…うん…。
その…目に毒だけど…。
さて…今回の件、魔女として一研究者として色々と考察をしていた。
改めて清明のころの文献を漁ってね。
清明の事も君の記憶を元に改めて調べ直したが、その名前は本来、アベノハルアキラと言うそうだね。
ちなみに君の記憶を利用させていただいたことは済まない。
事後承諾となってしまったが…今この場で謝罪させてもらう。

今回の件の解決にあたり、私は君と接触した北の大魔王配下の魔王ベビーモスとも会ってきた。

彼は君の記憶を全て読み取っていたようだね。
そのおかげで一気に研究も進んだし、今回の件を1日で解決することができた。

今のこの世界の日付は君が姿を消した翌日の深夜だ。」

俺の世界としてはあれから約半日か…。
つまりこっちでは4倍近くの時間が進んでたことになるのか…。

「君との世界を行き来する術を手に入れるのになんとか1日で済んだが…、とても焦ったよ…。
鍵は君が君の世界から持ち込んだ石だったからね。
逆もしかりだ。
そこに、術者の想像力が必要だった。

私の世界の転移石と君の世界の石と術者の想像力。
これが世界を繋ぐ鍵となったんだ。
私の作った転移石は元々は魔族の使ってたそれの模倣品でね。
完璧ではなかったんだよ。
それを、ベヒーモスさん監修の元で完璧に仕上げ、君の世界に行くための方法を色々と考えた結果、君の世界の石に内包された君との記憶が楔になると考えついた。

そして、最後にこの世界に残った君が託した戦士ちゃんの剣で、君と彼女たちが出会ったダンジョン最奥にあった【鏡面のようなクリスタル】を通して扉を開いたんだ。

君と戦士ちゃんの剣は、それはもう見事に次元を切り裂き、君の世界へ繋いだ。

問題はそこから君に出会えるか…だったんだけど、なんとか巡り合えたようで良かったよ…本当にね…。お帰り。賢者くん。」
「ただいま魔女さん…。ごめんね…。忘れてしまっていて…。」
「良いんだよ。ただ思い出す為とは言え無茶のしすぎは感心しないなぁ…。
おそらく君が思い出すのに使ったのは、そのブレスを通して、アカシックレコードからの記憶の読み取りと書き込みだ。
相当な魔力と脳へのダメージだった筈だよ。
多用すると脳が焼き切れるよ?
そのブレスは知りたいことはなんでも教えてくれるがいささか強引な所があるようだしね…。」

うん…。この世界の言葉覚えた時とかにそれは一度経験した…。
てことは言語覚えるよりどぎついのか…。
3日分の記憶ってのは。

「微かに覚えていたとしても、昔見た夢を綺麗さっぱり忘れるような感じに近かったろう?
私たちもだ。
最初に君が消えたことに盗賊ちゃんが気づき、次に君のカバンが消えていき、その後皆が君にもらった物とともに、君と関わった記憶がどんどん薄れていった。
盗賊ちゃんが君からもらったアクセサリーが消えたタイミングで奴隷紋も消えた。
君と関わったことすらまるでなかったことになっていくようにね…。
私は、君の記憶を一部もらっていたから戦士ちゃんの次に君を忘れずに済んでいたような感じだ。
そして、戦士ちゃんの場合は私が考察するに君からもらったアイテムを多用することで最も馴染んでいたからだろう…。
誰よりも記憶をはっきり残していたよ。」
「俺が俺の世界に来た戦士ちゃんの言葉を理解できたのは…。」
「これもまだ考察の域を出ていないが、おそらく戦士ちゃんのもつアクセと君のアクセがリンクしてたのかもだね。無意識に…。」

しかし…何故こんなことがおこったのか…。
それならなぜ、清明の場合はこの世界に痕跡を残せていたのか…。
色々とまだ考える余地はありそうだな…。

「その辺は、ベヒーモスさんを交えて話そうとしよう。彼にもこちらへご同行願った。
ベヒーモス殿。入ってきて構わないよ。」
「ご気分は良くなりましたか?賢者さん。
おっと……。」

もうそろそろその下りは勘弁してくれ…。
ていうかなんで収まんないのさ…。

「こほん…。では、ベヒーモス殿からも見解を聞かせて貰って良いか?」
「えぇ。勿論。まず端的に申しまして、今回の事象の原因は間違いなく魔力欠乏症によるものでしょう。
彼は異世界の民。
彼をこの世界に結びつけ、そしてその存在を構築しているものも魔力と推察します。
故に完全に魔力を使い果たすような事があれば、彼はこの世界から存在ごと消えて、元いた世界に【都合良く再構築された】と私は考えています。
彼がこの世界にいた痕跡が消えたのも、世界が彼の存在を残す事を拒んだからでしょう。
だが、彼の記憶を手に入れたものや彼の持ち物を貰い、それが馴染んだもの…。
この2点に関して言えば、世界ですら消せない痕跡となった…。だからこそ残ったのでしょう。
無論、長く残るかどうかはわかりませんが…。」

そんなことがあるんだな…。
そして、やはり俺はこの世界にとっては【危険な異物】ってことなんだろうな…。

「そう、そしてそこから私も色々と考えている。
ならば、清明はなぜその痕跡をいくつか残せたのか。彼はなぜ帰ってくることはなかったのか…。
帰って来なかった理由は色々と考えられる。
単純に寿命で帰れなかった、そもそも帰る気持ちもなかった、彼と同じようにこちらの世界の記憶を無くしていたため帰る事すら考えることはなかった…などね。
逆に痕跡を残せた理由としては、彼の行ったさまざまな術はこの世界を救い、民を救い、そして親から子へと延々と語り継がれていた。
この世界に深く記憶として書き込んでいるからこそ痕跡を残せたのだろう。

だが、彼がこの世界に残した痕跡はあくまでも一個人単位のレベルだ。

2人の少女を助けた。
トレインジャック犯を改心させた。
盗賊団を壊滅させ奴隷にした。
アーマードドラゴンを退けた。

などなど、【彼じゃなくてもなんとか出来る事象】だからこそ、その痕跡が消された…。」
「一方、清明はその名までは知られていませんでしたが、彼の術は多くの人間に認識されたばかりでなく、彼の術が無ければいくつもの世界や街が消えていたレベルだったのです。
それを彼は救い、確定した未来へと変えた。
例えば、街が丸々1つ燃え落ちる大火事の被害に遭わないように退火の術を施し、皇国をこの時代にまで守り続けたとかね。

この大陸の地図と運河の図です。

貴方なら見覚えがあるでしょう?

各国の街の作りも…。」

それは紛れもなく、陰陽術を利用したものだった。

「五芒星になるように結ばれた5つの土地に、5大運河…。国の中の作りは碁盤の目…つまり、九字切り…。
これを清明が…?」
「ええ、この世界にいた時の彼がその当時の重鎮に指示したと言われています。
あわせて、世界の命運を見る星を見て占う術。
その名も占星術。これも貴方の世界と同じものをこの世界に当てはめて伝承されています。

各国の4つの角にも四神を模した魔物の石像が設置されています。

これも貴方の世界におけるものだったんですね。
とまぁこのようにド派手にその痕跡を残したので彼はその名前は忘れられていたが居た記憶は残ったのです。」

うおー…。さすが安倍晴明…。かっけぇ…。
てかすっげぇなぁ…。

「まぁ私もそういった物を長年調べてはいたが、君に出会えなければこう言ったことを知ることは出来なかったろうね。」
「ひとまずです。あなたがこの世界と自分の世界を、記憶を保持したまま自由に行き来すると言う行為は、本来とてつもなく難しい物ということです。
実際、あなたと彼女の2人がこの世界に戻れる保証はほとんどありませんでした。
戦士さんの次元斬は一方通行だったようなので。
あなたの鍵に装着した転位石も同じくですね。
この世界ならチャージしてまた使えますが、あなたの世界で一度使うとやはり力を失ってしまいチャージも出来なくなるようです。」

相当な賭けをしてまで戦士ちゃんは俺を探しに来たわけか…。
見つからなかったら相当やばいことになってた気がするぞ…。

「何はともあれなんとかなった。
でも…、賢者くんにとっては…放置しておくべき事態だったかな…?」
「いんや、別に気にしなくて良いんじゃないかな?
これが俺が居なくなった後の俺の世界にも起こってるなら、今俺が居た世界は俺が居ない場合の世界に変わってるかもだし。
俺も自分の世界より、こっちの世界のが気に入ってるしね。」
「それを聞いてホッとしたよ…。
よくよく考えたら、私たちのエゴで君を再び連れて来てしまったわけだしね…。」

ベヒーモスさんもやれやれと首をふる。

「まぁこの世界に骨を埋めるか、どこかのタイミングで元の世界に帰るかはあなたの自由です。
ですが、今後もあなたの存在がこの世界から急に消え、強制帰還となるリスクは避けられません。
そこから考えて…、あなたもこの世界で【英雄】になっておくことをオススメしますよ。
方法は問いませんがね。
例えばそうですねぇ…。
皇女殿下を娶る…などいかがです?」
「真面目な顔でとんでもないこと言うなアンタ!?」
「いえいえ、私は本気ですよ?
歴史にも残る。世界にも認知される。
誰もがあなたと言う存在を知る。
最も手取り早いですし、晴明もおそらくそうしてますよ?彼の血を引いているであろうものは何人も居ます。あなたの周りにも。
あなたの世界の言葉でわかりやすく言うなら東洋人と西洋人のハーフとか、ゲームのキャラクターのように整った顔立ちの人、多くないですか?
特に黒髪に近い感じの…。
ほら、思いついてきた。正解です。
少なくともその5名と皇女殿下、あとは私の知る限り勇者さんも晴明の血族ですね。」

晴明さん…。この世界でどんだけ子供作ってんだ…。

「子どもを作る…と言うのもこの世界に大きい楔を残せますからね。
親に変わりはいないと言うことです♪
まぁそれでも1000年も経てば多少は世界から消えてしまうのでしょう。」
「おおおう…。
俺はまだそう言うのは全く考えていないんだが…。」
「そんな立派な」
「やめろーー!それ以上いうなぁああ!」
「あ、これノレば良いやつですね?
大賢者ぁぁ!なぜ君が」
「ノリいいなお前!と言うかそう言うわかる人にしかわからないネタはやめろ!」
「何故、変身後に頭が痛むのくぁああ!」
「だからやめろって。」

はぁ…。まったくこのおっさんは…。

「け、けんじゃくん…。私と可愛いこどもでもつくるかい…?」
「破壊力の高いアピールありがとう!でもせめて心の準備はさせて!」
「その前にまずオレだ!オレは何せ、性奴隷!だからな!」
「そうだね!て言うか居たんだね!!」

こうして俺の日常は再び異世界で動き出すことになるのだった。

「おやぁ…?何かまた…こちらの方に近付く変わった気配を感じますねぇ…。この気配は…。」

どたーーーん!っと派手に扉が開けられた。

「銀の翼に望みを乗せて!光の勇者!私…参上!!見つけたぞベヒーさん!!勝負だ!いくぜいくぜいくぜぇ!!」

………。


一波乱起こりそうな気配がたっぷりである。
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