優しく咲く春〜先生とわたし〜

おにぎりマーケット

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担任、井田春斗のクラス

保健室と井田先生

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言われた通り、生活記録ノートを持って、昼休みに保健室に向かった。
今日は、昼食を持ってきていない。
いつもは適当に昼食になりそうなものを家の台所から持ってくるが、今日は何も無かった。
朝から何も食べていないお腹がぐーぐーと存在を示す。制服のポケットから、飴玉を1粒取り出して、教室から保健室に行くまでになめていた。
気休めだけれど、これで飢えをしのぐ。

途中、1年生のときにクラスが一緒だった子と会ったり、委員会で一緒だった子がわたしに声をかけてくれたりした。

「お昼食べないの?」

気遣いが胸にチクリと刺さる。

「先生から呼び出し~!終わったら食べようかなって!!」

本当はお昼なんて持ってきていない。小さな罪悪感に、また、チクリ。

「うわぁ、昼休みなのに!! 頑張って~!」

「ありがと!」

できるだけ、嘘をつかなくてもいいように。
なるべく早く、友だちに会わないようにしながら、保健室へと急いだ。



保健室のドアをノックして開けると、いつもは養護の先生が座っている椅子に、井田先生が座っていた。前の時間は理科の実験で白衣を着て、そのままだったからか、井田先生は本物の医者に見えた。
でも、その医者は机でおにぎりをかじっている。

「ん……早くない?もう飯食ったの?」

食べていたおにぎりをペットボトルのお茶で飲み下しながら、井田先生は笑った。
その、純粋な笑顔に、わたしの気も緩んでしまう。

「お弁当……忘れたので」

適当な嘘をひとつ、ついてしまった。
でも、後で食べる、よりは軽い嘘。
井田先生は、わたしのその表情を見逃さない。一瞬だけ、鋭い視線を感じたが、直ぐにまたいつもの柔らかい雰囲気に戻っていた。

「そうか。おにぎり食べる?」

「いいです、申し訳ないので」

井田先生はわたしに、おにぎりを差し出してきたが、わたしは首を振って断る。

「ノート。今朝の分は書けた? 今日の昼食の欄、嘘ついたら許さないぞ~」

笑いながらそう言って来る目は、さっきとは違う色を含む。
井田先生は、わたしの目を見ながら、再度、おにぎりを持った手を伸ばしてきた。

「あげる、大丈夫、おいしいし。このまま食事もせずに午後の授業に出る生徒は放っておけない。先生は、裏庭にイチゴ育ててるから、足りなかったらそれとって食べる」

「え?! イチゴ?!」

「なに? そっちの方がいいの?」

井田先生は、イタズラに笑う。
わたしはお礼を言いながらおにぎりを受け取る。用意された椅子に座ると、おにぎりを両手で包む。お米のずっしりとした感じが久しぶりで、危うく涙が出そうになって、笑う。

「……あ、いや、イチゴも育てられるんだって、思って」

「僕の手にかかればね。食べなよ、おにぎり」

「いただきます」

おにぎりを齧る。海苔とかご飯とか、久しぶり過ぎて、気持ちがほっとする。
井田先生が作ってきたのだろうか? おにぎりはすごく美味しかった。
わたしは普段、まともそうな昼食を持って来れた日にしか、友だちとご飯を食べない。家で誰かとご飯を食べるのなんて論外。
だからこうして、井田先生とご飯を食べることが、普通に楽しかった。

わたしたちは、色んな話をした。
井田先生がなぜそんなに植物に詳しいのかとか、野良猫を学校の敷地内で飼うことにした話は本当なのかとか、いろいろ気になっていたことを聞いた。
井田先生はわたしの問いに、丁寧に考えながら、答えていた。井田先生と2人きりということにも、緊張はしなかった。
その不思議な空間に、わたしは朝呼ばれたことをすっかり忘れてしまっていた。

「さて、白河さん。本題の、生活記録ノート、見せてくれるかな?」

お互いおにぎりを食べ終わった後で、井田先生は言った。
わたしはその瞬間に、見せていた笑顔を引っ込めて、表情が上手くつくれなくなる。
ゆっくりと、井田先生にノートを差し出す。
井田先生はそっとそれを受け取って、1ページ目を開いた。


昨日の夕食、カップラーメン。就寝時間、23時。
起床時間、7時。朝食、なし。


「……朝ごはんなしで、昼も抜こうとしてた?」

「ひ、昼は……忘れてきただけだから。朝はいつも食べないです」

「朝食、少しでも食べるの、無理そう?」

井田先生にそう訊かれて、わたしは小さく頷いた。
朝、家を出る前の母と母の恋人のことを考える。
あの2人は、朝はたいてい寝ている。物音などで起こそうもんなら、今日みたいにみぞおちを蹴られることもある。朝食なんて、悠長なこと言っていられない。1秒でも早く、家を出るのが先決だ。

「そっか……じゃあお昼はちゃんと食べなきゃかな。またご飯忘れたら、保健室においでね。次はイチゴも食べられると思って」

井田先生はふわっと笑う。イチゴは魅力的だけれど、そんなに先生にお世話になるのは少し気が引けた。

「あとね、白河さん。変なこと聞いてくると思うかもしれないけれど」

ノートを見ながらそう話す井田先生は、完璧に医師だった。なんとなく全部見透かされそうな感じがしてドキドキしてしまう。その前置きにも背筋が伸びた。

「月経は来てる? 生理のことなんだけれど」

見た目医師の前に、担任の男性教師だ。
そこは正直に答えるのがためらわれる。
モジモジしていると、井田先生が先に口を開いた。

「何も恥ずかしいことではないよ。……まぁ、そうだよね、僕は男だし。でもそのうち、他の女子生徒にも、このノートに月経周期の記し方も教えるつもりでいる。生理だって体の変化、知っておけば、みんながつらい時につらいって声を上げやすくなる」

井田先生は、単純にわたしの体を心配していることがわかった。なんとなく、先生が『体を大切にすること』をクラスの約束にする理由がわかる気がした。
わたしは小さく息を吸って、口を開いた。

「生理は……去年の秋に初めて来て、半年くらい、来てないです」

「そっか。体はつらくない?」

優しく訊かれて、小さく頷いた。

「ちょっと目の下見せてくれる?」

そう言って、先生はわたしの頬を両手で包むように触った。
触れられる時は、殴られる時。
そんなイメージが先行してしまい、ぎゅっと目を閉じる。

「大丈夫、怖いことはしないから、目を開けて」

いっそう顔が近くなった先生が、わたしにそう言った。ゆっくりと力を抜いて、目を開けたとき、井田先生はにっこりと笑った。

「そう、上手」

井田先生はそのまま、下瞼を少しだけ引っ張って確認すると、手を離す。
手を離されてから、井田先生の手が温かかったことに気づいた。

「白河さん、次の生理が来たら、貧血になって倒れちゃうかもしれない。下瞼の色、あんまり良くないんだ」

「……病気?」

「ううん、よくあること。でも放置するとつらいから。まずはしっかりご飯を食べること、できるかな?」

いちばん難しい約束な気がして、俯いてしまった。食べられなかった日は、生活記録ノートでバレてしまう。多分、井田先生は、嘘書いても通用しない。

「じゃあ……昼休みはここに来ること、これはできそう? 白河さんがお昼を持っていない日は、おにぎりあげるから、僕からそれを受け取って、友だちと昼食を摂ってもいい」

「……良いんですか?」

わたしは顔を上げて先生を見た。
少なくとも、平日の昼は食事が保証される。わたしにとって、とても嬉しいことだ。
学校にさえ来れれば、大丈夫なんだと嬉しくなる。

「うん、約束ね」

井田先生が微笑む。
それと同時に、昼休み終了のチャイムが鳴った。
早く教室に戻らないと、と思い、立ち上がる。

「井田先生、ありがとうございました」

そう言い残して、わたしは保健室から出て行った。


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