優しく咲く春〜先生とわたし〜

おにぎりマーケット

文字の大きさ
16 / 59
入院

重大発表

しおりを挟む



そうして入院生活は3週間に及んだ。
その間は母もあの男も見舞いに現れなかったのは、先生たちの配慮だろうと感じた。わたしも今更会いたいとも思わなかった。

3日後に退院が迫ったその日。
窓から入る陽光が気持ちよくて、目を瞑る。
もう5月の1週目が終わろうとしていた。世間はゴールデンウィーク。

病室は、かけ離れた静けさ。

井田先生、プランターの朝顔、もう種まきしちゃったかなぁ。

昼ごはんも終わってやることもなく、ぼんやり考えながら、うたた寝していた時だった。

コンコンコンッーー。

病室にノックの音が響いて、慌てて飛び起きる。

「ちょっといいか?」

澤北先生の声が聞こえて、背筋が伸びる。

「……大丈夫です」

ひぇ、なんだろう。突然診察とか言われないかな……と内心ヒヤヒヤしていると、カーテンが空いた。

澤北先生……と、井田先生が揃って病室に顔を出す。2人揃って顔を出すことは今まであまりなかったから、驚いた。

「今、寝てたか?」

「こんにちは」

2人は口々にそういう。
わたしは頷きながら、「こ、こんにちは……」と返した。
先生たちはベッドサイドに並んで座ると、緊張した面持ちを見せた。

「新しい家の話だ」

澤北先生が最初に切り出す。
その言葉を聞いて、わたしも背筋を伸ばした。
どこへ行くことになるんだろう……不安と期待が半分ずつ入り交じる。

「まず、住所だが」

澤北先生が新しい家の住所を読み上げた。
淡々と住所を読み上げる声が、病室に響く。

「……メゾンボナール305号室」

え?そういう発表の仕方?
わたしは戸惑いを隠せずにいた。

今の、メモしといた方が良かったかな……と聞き終えてから思い、

「あ、あの……メモ取るのでもう1回……」

と言うと、井田先生が吹き出した。

「大丈夫。あとでもう1回教えるね」

わたしは小さな声で、礼を言う。
どうやら、どこかのアパートのようだ。

自分には思い当たる身寄りもいないから、どこかの施設で暮らすようになるんだろうと、勝手に考えていた。しかし、どうやらそうでは無さそうだ。

告げられた住所は、学校からそう遠くない。
むしろ、前の家より学校に近い住所だった。ってことは、学校を変えずに生活できるってこと?

それだったら、すごく嬉しい。
学費のためとはいえ、自分で選んで勝ち取った進学だった。そのまま、通い続けたかった。
今のクラスだって良いし、井田先生との畑の約束だって、まだ全然手をつけられていない。

「……転校しなくていいってことですか?」

「もちろんだよ」

井田先生はにこやかに答える。それが確定したことがもう充分にうれしかった。

「それでな、一緒に暮らす人間なのだが……」

わたしの嬉しそうな様子を見ながら、改めて澤北先生が続けた。
一緒に暮らす人間……その言い回しにかなり言葉に迷ったことがわかった。
少し言いにくそうにしているのが気がかりで、わたしは首を傾げる。

澤北先生は間を置いて、井田先生の方を見た。
井田先生はいたずらっぽい笑みを浮かべながら、ゆっくりと右手で挙手をする。

まさか……!!

その、まさかだった。


「はい、担任で保護者になります。井田春斗です」


驚いて、声が出ない。担任で……ほごしゃ……??

井田先生が、親代わり……?

あわあわと、どう反応していいか分からずに焦っていると、澤北先生の右手もゆっくりと動き始めた。

澤北先生もまた……挙手の形をとる。


「はい、主治医で保護者になります。澤北優です」


状況は、まさかの先をゆく。
え、2人ともなの……?!

わたしは驚いて目を見開く。でも……
クールな澤北先生は、井田先生よりその挙動が似合わず、ちぐはぐな感じに、少し笑ってしまった。

「……なぜ笑う……」

井田先生も、澤北先生を見て笑っている。澤北先生は右手はそのままに、井田先生を睨む。

……いや、笑っている場合でもなさそうだ。


井田先生がわたしに目で合図をする。
目では『白河さんの番だよ』と訴えていて、とりあえず、2人に習ってゆっくりと右手を挙げた。

「あの、えっと……白河咲です……?」

首を傾げながら言う。
井田先生が一つ、手を打ちながら言った。

「はい、ということで! よろしくお願いします!!」

その場は何となくほっとした和やかな雰囲気になるが、普通に意味がわからない。全くわからない。理解が追いついていない。

「え……どういうことですか?」

戸惑うしかないこの状況に、澤北先生はあっさりと言った。

「3人で暮らすってことになったんだ」

「……どうしてそうなったんですか?」

「……やっぱり、嫌か?」

多感な思春期の女子。澤北先生はそれを心配して言ってくれているのが分かる。

「いえ、そうじゃなくて……わたしはあの家でなければ、どこでも……でも、なんでかなって」

驚きと戸惑いで混乱しそうなわたしに、澤北先生は静かにこう言った。

「……本当は、この付近の養護施設で暮らすっていう話し合いを、お前……咲が入院している間に、大人たちでしてたんだが……この辺の施設は満員で、どこも受け入れができなかったんだ」

澤北先生の後に、井田先生が引き継ぐように口を開く。わたしが噛み砕けるように、ゆっくり言葉を選びながら話してくれた。

「ここより遠くの施設に行くと、転校を余儀なくされる。学校側としても、学年でトップの成績を持つ咲さんに、このまま在学してほしかった。だから、学校近くに住む大人の中で、僕と優が君の保護者になることを申し出たんだ。勝手に話を進めてしまって、ごめんね」

「だっ、……大丈夫です……!」

先生たちが大丈夫かどうかわからないけれど……。
まだ実感がわかなくて、困惑してはいたが、正直、ほっとしていた。施設に入るとしたら、それはそれで戸惑っていただろう。

いつの間にか、先生たちが、わたしの事を名前で呼んでいて、一緒に暮らすことを受け入れてくれていることがわかった。

わたしは、先生たちが2人で暮らしている理由もきいた。
2人は大学時代からの友だちで、卒業してから、2人で暮らしているという。
井田先生も医師免許を持っている事が明らかになって、そこでも驚きを隠せない。井田先生は、医師を辞めて教師になるために、大学で勉強し直したそうだ。しかし、その事についてはあまり多くを語らなかった。

「もう医者はしてないから、優ほどすごくはないよ」

名前で呼び合うふたりの関係は知っていたので、2人で暮らしていると聞いて納得した。

その夜は、なんだか上手く寝付けなかった。

3日後から始まる、3人暮らし。

何かあっても、体に詳しい大人2人と暮らすことになる。
新しい生活にわくわくしながら、どうなるんだろうと少し不安も拭えない。
つらかった日々からの脱出に、ほっとしながら、退院してからの生活に思いを馳せていた。

早く学校へ行って、勉強もしたいし、動物たちのお世話もしたい。
ずっと会っていないクラスのみんなと、上手く話せるかな。
先生たちは、どんな生活をしてるんだろう。
迷惑、かけないようにしなきゃな。

色んなことを考えて、ゆっくりと目を閉じた。
退院までの、病室で過ごす3日間は、なんだかとても長く感じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

【短編集】こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

僕の主治医さん

鏡野ゆう
ライト文芸
研修医の北川雛子先生が担当することになったのは、救急車で運び込まれた南山裕章さんという若き外務官僚さんでした。研修医さんと救急車で運ばれてきた患者さんとの恋の小話とちょっと不思議なあひるちゃんのお話。 【本編】+【アヒル事件簿】【事件です!】 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

処理中です...