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入院
重大発表
しおりを挟むそうして入院生活は3週間に及んだ。
その間は母もあの男も見舞いに現れなかったのは、先生たちの配慮だろうと感じた。わたしも今更会いたいとも思わなかった。
3日後に退院が迫ったその日。
窓から入る陽光が気持ちよくて、目を瞑る。
もう5月の1週目が終わろうとしていた。世間はゴールデンウィーク。
病室は、かけ離れた静けさ。
井田先生、プランターの朝顔、もう種まきしちゃったかなぁ。
昼ごはんも終わってやることもなく、ぼんやり考えながら、うたた寝していた時だった。
コンコンコンッーー。
病室にノックの音が響いて、慌てて飛び起きる。
「ちょっといいか?」
澤北先生の声が聞こえて、背筋が伸びる。
「……大丈夫です」
ひぇ、なんだろう。突然診察とか言われないかな……と内心ヒヤヒヤしていると、カーテンが空いた。
澤北先生……と、井田先生が揃って病室に顔を出す。2人揃って顔を出すことは今まであまりなかったから、驚いた。
「今、寝てたか?」
「こんにちは」
2人は口々にそういう。
わたしは頷きながら、「こ、こんにちは……」と返した。
先生たちはベッドサイドに並んで座ると、緊張した面持ちを見せた。
「新しい家の話だ」
澤北先生が最初に切り出す。
その言葉を聞いて、わたしも背筋を伸ばした。
どこへ行くことになるんだろう……不安と期待が半分ずつ入り交じる。
「まず、住所だが」
澤北先生が新しい家の住所を読み上げた。
淡々と住所を読み上げる声が、病室に響く。
「……メゾンボナール305号室」
え?そういう発表の仕方?
わたしは戸惑いを隠せずにいた。
今の、メモしといた方が良かったかな……と聞き終えてから思い、
「あ、あの……メモ取るのでもう1回……」
と言うと、井田先生が吹き出した。
「大丈夫。あとでもう1回教えるね」
わたしは小さな声で、礼を言う。
どうやら、どこかのアパートのようだ。
自分には思い当たる身寄りもいないから、どこかの施設で暮らすようになるんだろうと、勝手に考えていた。しかし、どうやらそうでは無さそうだ。
告げられた住所は、学校からそう遠くない。
むしろ、前の家より学校に近い住所だった。ってことは、学校を変えずに生活できるってこと?
それだったら、すごく嬉しい。
学費のためとはいえ、自分で選んで勝ち取った進学だった。そのまま、通い続けたかった。
今のクラスだって良いし、井田先生との畑の約束だって、まだ全然手をつけられていない。
「……転校しなくていいってことですか?」
「もちろんだよ」
井田先生はにこやかに答える。それが確定したことがもう充分にうれしかった。
「それでな、一緒に暮らす人間なのだが……」
わたしの嬉しそうな様子を見ながら、改めて澤北先生が続けた。
一緒に暮らす人間……その言い回しにかなり言葉に迷ったことがわかった。
少し言いにくそうにしているのが気がかりで、わたしは首を傾げる。
澤北先生は間を置いて、井田先生の方を見た。
井田先生はいたずらっぽい笑みを浮かべながら、ゆっくりと右手で挙手をする。
まさか……!!
その、まさかだった。
「はい、担任で保護者になります。井田春斗です」
驚いて、声が出ない。担任で……ほごしゃ……??
井田先生が、親代わり……?
あわあわと、どう反応していいか分からずに焦っていると、澤北先生の右手もゆっくりと動き始めた。
澤北先生もまた……挙手の形をとる。
「はい、主治医で保護者になります。澤北優です」
状況は、まさかの先をゆく。
え、2人ともなの……?!
わたしは驚いて目を見開く。でも……
クールな澤北先生は、井田先生よりその挙動が似合わず、ちぐはぐな感じに、少し笑ってしまった。
「……なぜ笑う……」
井田先生も、澤北先生を見て笑っている。澤北先生は右手はそのままに、井田先生を睨む。
……いや、笑っている場合でもなさそうだ。
井田先生がわたしに目で合図をする。
目では『白河さんの番だよ』と訴えていて、とりあえず、2人に習ってゆっくりと右手を挙げた。
「あの、えっと……白河咲です……?」
首を傾げながら言う。
井田先生が一つ、手を打ちながら言った。
「はい、ということで! よろしくお願いします!!」
その場は何となくほっとした和やかな雰囲気になるが、普通に意味がわからない。全くわからない。理解が追いついていない。
「え……どういうことですか?」
戸惑うしかないこの状況に、澤北先生はあっさりと言った。
「3人で暮らすってことになったんだ」
「……どうしてそうなったんですか?」
「……やっぱり、嫌か?」
多感な思春期の女子。澤北先生はそれを心配して言ってくれているのが分かる。
「いえ、そうじゃなくて……わたしはあの家でなければ、どこでも……でも、なんでかなって」
驚きと戸惑いで混乱しそうなわたしに、澤北先生は静かにこう言った。
「……本当は、この付近の養護施設で暮らすっていう話し合いを、お前……咲が入院している間に、大人たちでしてたんだが……この辺の施設は満員で、どこも受け入れができなかったんだ」
澤北先生の後に、井田先生が引き継ぐように口を開く。わたしが噛み砕けるように、ゆっくり言葉を選びながら話してくれた。
「ここより遠くの施設に行くと、転校を余儀なくされる。学校側としても、学年でトップの成績を持つ咲さんに、このまま在学してほしかった。だから、学校近くに住む大人の中で、僕と優が君の保護者になることを申し出たんだ。勝手に話を進めてしまって、ごめんね」
「だっ、……大丈夫です……!」
先生たちが大丈夫かどうかわからないけれど……。
まだ実感がわかなくて、困惑してはいたが、正直、ほっとしていた。施設に入るとしたら、それはそれで戸惑っていただろう。
いつの間にか、先生たちが、わたしの事を名前で呼んでいて、一緒に暮らすことを受け入れてくれていることがわかった。
わたしは、先生たちが2人で暮らしている理由もきいた。
2人は大学時代からの友だちで、卒業してから、2人で暮らしているという。
井田先生も医師免許を持っている事が明らかになって、そこでも驚きを隠せない。井田先生は、医師を辞めて教師になるために、大学で勉強し直したそうだ。しかし、その事についてはあまり多くを語らなかった。
「もう医者はしてないから、優ほどすごくはないよ」
名前で呼び合うふたりの関係は知っていたので、2人で暮らしていると聞いて納得した。
その夜は、なんだか上手く寝付けなかった。
3日後から始まる、3人暮らし。
何かあっても、体に詳しい大人2人と暮らすことになる。
新しい生活にわくわくしながら、どうなるんだろうと少し不安も拭えない。
つらかった日々からの脱出に、ほっとしながら、退院してからの生活に思いを馳せていた。
早く学校へ行って、勉強もしたいし、動物たちのお世話もしたい。
ずっと会っていないクラスのみんなと、上手く話せるかな。
先生たちは、どんな生活をしてるんだろう。
迷惑、かけないようにしなきゃな。
色んなことを考えて、ゆっくりと目を閉じた。
退院までの、病室で過ごす3日間は、なんだかとても長く感じた。
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