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メゾンボナール305号室
安心できる場所
しおりを挟む深夜1時。
夜は怖い。フラッシュバックのように、殺されそうになったあの日のことを思い出すことがあって、そうなるとなかなか寝付けなかった。
もう痛まないはずのみぞおちが、キリキリと締め付けられて、息ができなくなると、布団から起き上がった。
肩で息をしながら整える。
「大丈夫、大丈夫……」
静かな部屋。声に出して言ってみると、わたしの声は静寂に吸い込まれていった。
見知ったはずの部屋が、知らん顔するかのように、何一つわたしの知っている景色じゃなくなるような、そんな感覚になる。
たまらなく不安になって、枕を持って部屋を飛び出る。
優と春ちゃんがいる部屋の扉は、隣だ。コツコツと控えめに叩いた。
「はーい」
返ってきた、間延びした返事に泣きそうになりながら、扉を開けた。
「春ちゃん…………っ」
ぼんやりと間接照明が灯る部屋の中。春ちゃんがベッドの上で上半身を起こして手招きしていた。
その柔らかい笑顔に、ようやくほっとしながら、駆け寄る。涙目のわたしを、少し驚いたような顔で見てから、また笑顔に戻った。
小さな声で、
「おいで。優、寝てるから起こさないようにね」
と言ったので、できるだけ静かにベッドに登る。
優と春ちゃんの間に空いたスペースに入った。
布団に入ると、優が寝返りを打って、わたしの方を見た。
「……起きてるぞ」
優の方からボソッと声が聞こえて、春ちゃんはクスッと笑った。
右に優、左に春ちゃん。
3人並んで、同じ大きな布団を被る。
「どうして眠れなくなったの?」
春ちゃんの問いかけに答えると、また思い出してしまいそうで、口を結んで、首を横に振ることしかできなかった。
「……なんか、思い出しちゃったか」
コクッと首を縦に振る。
声を出す代わりに、布団の中で、両手を動かした。2人がそこにいるという実感が欲しくて、手を伸ばす。
左手で春ちゃんの手を探し、右手で優の手を探して、握りしめた。春ちゃんの手は、スラッとした長い指の手で、優の手は厚くて大きな手だった。
優は驚いたように目を開ける。
春ちゃんは、わたしの手をしっかりと握り返した。
2人の手は同じくらい温かくて、ほっとしていた。
わたしはこれで充分安心してしまい、眠りそうになっていた。
仰向けになるわたしに、2人は、大きなベッドの端と端から擦り寄ってくる。
「わわっ」
優も春ちゃんも、わたしの方を向いていてどんどん近づいてきた。
優は、わたしの首の下に腕を通すと、腕枕をした。春ちゃんは、わたしに抱きつくかのように、肩に手を回した。
2人の顔が、両耳のすぐ近くにあって、どうしていいかわからずに固まった。眠りそうになっていたのに、なんかどきどきしてしまい、2人の顔を見ると、優も春ちゃんも、慌てるわたしを見て笑っていた。
大きなベッドの真ん中に、3人でぎゅっと縮こまる。
自分から繋いだ手を離そうと、手の力を緩めると、今度は逆に、2人から手を握られて驚く。
「今日だけだ」
優は、一言だけ言うと目を閉じる。
「暑いって言っても離してやんない」
春ちゃんは、驚くわたしの横顔を見ながらニヤニヤと笑った。
「……ねぇ、恥ずかしくなっちゃったから、手、離してよ」
明らかに熱くなった頬を隠したかった。
「だめだ」
「やだよ~う」
優と春ちゃんは口々にそう言う。
両手の自由がなくて、毛布を顔まで引っ張ることもできずに、自分の体を布団に沈める。
「恥ずかしくなっちゃったなんて、かわいいね」
春ちゃんが耳もとで囁く。いつもと違う声色だった。なんか色っぽいその吐息が耳にかかり、ぞわぞわぶるぶると震えて、耳まで真っ赤になる。
「うう、春ちゃんやだ……眠れないから来たのに、更に眠れないよぅ……」
恥ずかしすぎて、なんか心がむずむずした。
決して寒くないのにそわそわしてしまい、お腹の底がきゅっと引き締まって、両足をぎゅっとすり動かす。こんな体の感覚は初めてだった。
その様子を見て、優が助け舟を出してきた。
「春斗やめとけ。まだ子どもだ」
しかし、優が言ったことがどういう意味かわからない。
「はいはい、わかってるって。ちょっとイタズラしたかっただけ」
春ちゃんは悪びれもなくそう言った。
きょとんとしながら2人をきょろきょろと交互に見ていると、優は腕枕した方の手でわたしのおでこをペちっと軽くたたく。
「はやく寝ろ、咲。何しきた」
「寝に来ました……」
しおしおと返事をして、目を閉じた。
いやいや、2人ともそういうことするから、緊張して眠れないんだってば……!! と心の中で反論してみる。
「お前ら、明日の朝、早いんだろ。ウサギの世話しに行くんじゃなかったのか?」
明日は朝から、学校に行って、ウサギの世話をする。月1回のウサギ小屋の藁を交換する作業を、春ちゃんと2人ですることになっていた。
「そうだった。じゃあとりあえず、うちのウサギを寝かせないとね」
そう言って、春ちゃんはわたしの頭を撫でると、静かに笑った。
「ウサギじゃないもん」
わたしは頬を膨らます。
「ううん、寂しがり屋のウサギさんだ」
さっきみたいな色っぽさはなくなって、いつもの春ちゃんに戻っている事にほっとする。
わたしは両手に2人の体温を感じながら、ゆっくりと夜に体を沈めた。
体のほてりもなくなって、両側からの2人の体温に徐々に心が落ち着いていく。
……次の日の朝、寝坊しそうになって春ちゃんに叩き起されたのは、言うまでもない。
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