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隠しきれないもの
臨時往診
しおりを挟む来週の土曜日に、産婦人科に予約を入れられた。これで、どうなっても病院に行かなきゃいけないらしい。
今日は、久しぶりに3人で食卓を囲んだ。
いつもより、口数が少なくなってしまった。
3人揃うのは嬉しいはずなのに、全然気分が浮かない。1週間後の嫌な予定が、頭の中を占拠してしまう。
「咲、病院の話してから元気なくなっちゃったね」
「だって……」
もぐもぐとご飯を口に含むけれど、味がいつもより感じられない。
美味しいはずの春ちゃんのご飯が、素直においしいと思えない。
「俺も春斗もちゃんとついていくから、そんなに心配するな。大丈夫だから」
みんな、大丈夫っていうけれど、何が大丈夫なのか、いまのわたしにはさっぱりわからなくて、気分が浮かなかった。
だって、大丈夫じゃないかもしれないから病院行くんでしょ……
早めに食事を切り上げると、「ごちそうさま」と手を合わせる。盛られた分のご飯の半分を食べたところで手を合わせた。
箸を置いたわたしの手首を、春ちゃんが掴む。
「咲、待って。もう少し食べられない?」
春ちゃんは心配そうにわたしを見つめる。
真っ直ぐな瞳と手を振り切って、首をぶんぶんと横に振った。
「やだ、いらないの。もう食べられない」
自分でもわがまま言っているのはわかっているけれど、優も春ちゃんも、今のわたしの気持ちを察してか、何も言わなかった。
食卓の空気を濁してしまったことが嫌で、部屋にこもる。
食卓では、春ちゃんと優が何か話していたけれど、何の話をしているのかまではわからなかった。
「咲、お風呂入ってきたら」
食事とその後片付けを終えた春ちゃんが、わたしの部屋の前で声をかけてくる。
パジャマと下着を用意して、2人と目を合わせないように、浴室に逃げ込んだ。
ゆっくりと湯船に入る。お湯の中で盛大にため息をついて、憂鬱を溶かすように肩まで浸かった。
お風呂から上がると、少し気分が落ち着いて、ホッとしていた。温まると気持ちが楽になって、心配事も少しは軽くなった。
嫌なことばかりに気が向いていたが、1週間後のことなんて、考えても仕方ない。そう思うことにした。
白いバスタオルで全身を丁寧に拭いていく。
足元を軽く拭いたときだった。赤い模様が1つ、バスタオルに染みを作っていた。
よく見ると色は薄まっているが、血のように見える。
「え……」
怖くなって、全身を確認する。
怪我はしておらず、出血の後は見られなかった。
まさか……
わたしはそっとタオルであそこの間を拭いた。
嫌な予感は的中して、思った通りの場所から少量の血が出ていることを知る。
生理……?
でも出血は直ぐに終わって、もう一度拭いても血は着かなかった。
「気のせい……だね……」
春ちゃんと優に、なんとなくバレたくなくて、タオルの血の着いた部分をよく洗って、その部分を内側にすると、洗濯カゴに放り込んだ。
そわそわと手早く髪を乾かしているうちに、今度はツーンとあそこが痛くなってくるのを感じた。痛みは下腹部の方へと浸透するように、どんどんと広がってゆく。
痛みの原因がわからなくて、怖かった。
痛いのはおかしいことなのかもわからず、ただただ焦りながら髪を乾かす。
脱衣場から出てすぐに、トイレに駆け込んだ。
トイレトペーパーで、恐る恐る拭いてみるも、血は全然つかない。
やっぱり、思い違いだったかな、と思って、でも痛むあそことお腹に身をかがめながら、トイレから出た。
キッチンでお米を研ぐ春ちゃん、リビングで本を読む優。その2人の先に、わたしの部屋の扉がある。
お腹なんか抑えながら歩いたら、絶対に広いリビングを横断しきれずに捕まる。
何とか、バレないように行かなくては。
少し早足で、痛むお腹をカバーしながら。
2人がみていないうちに……。
平静を装いながら、リビングの端を歩く。じわじわズキズキと痛みが広がるお腹をなるべく庇わないようにすると、歩き方が変になった。
その一瞬を、2人は見逃すはずがなかった。
前方から優が本を置いて、後方から春ちゃんが手を拭きながら、わたしに近づいてくる。
目を合わせないように、自分の部屋の扉だけを見つめて歩いていると、優が部屋の扉の前に立ちはだかった。
驚いて止まると、今度は後ろから春ちゃんに、両肩をトンっと掴まれる。
「……咲、どこか痛いでしょ? 歩き方変だよ。ん?」
春ちゃんが後ろからわたしの顔を覗き込む。
目を合わせたくなくて、俯いた。
優は、俯いたわたしの前にしゃがみこむと、顔を覗き込んだ。
「ちゃんと言え。ちゃんと言ううちは許すぞ」
もしも、いま痛いって言ったら……。
痛いって言ったら、来週の土曜日の病院の予約が早まる気がして、何にも言えなくなってしまった。
せっかくお風呂に入って、気持ちを落ち着けたのに、ざわざわと嫌なことが湧き上がってうんざりしていた。
それに、痛いのはお腹だけじゃない。
わたしのいちばん恥ずかしいところも、さっきより痛みを増してきている気がする。
それを伝えるのが、恥ずかしかった。
ちゃんと言ううちは許す。裏を返せば、ちゃんと言わないと許さない。そういうことだ。
ぎゅっと唇を噛み締めて立ち尽くすわたしを時間いっぱいまで待った優は、無情にもタイムリミットを告げた。
「……部屋で具合診るか」
「やだっ」
抵抗するも、立ち上がる優に、そのまま軽々と抱えあげられて、優と春ちゃんの部屋まで連れていかれる。
春ちゃんは、先回りして部屋のドアを開けた。
「優、離してよ、ちゃんと言う、お腹痛いの。お風呂上がりから痛くなった。ちょっとだけ……あの、あそこから血が……」
抱えられながら、わたしは言ってみたけれど、優は降ろしてはくれなかった。
「なら最初からそう言え。それと、いま俺は優じゃなくて澤北だ」
優が主治医の顔になったことで、これから何をするのかだいたい想像がつく。
わたしと優が部屋に入ったところで、春ちゃんがドアを閉めた。
「春斗、すまん。俺のカバンから往診セット取ってくれるか?」
何事もないかのように、優が春ちゃんに指示を出す。
「おっけー」
軽く返事をしながら、春ちゃんは往診セットをベッドの上に用意して、手早くバスタオルを敷いた。
優は、腰から下がタオルの上に来るように、暴れるわたしを軽々とベッドに寝かせる。
「離して!やだよう!」
春ちゃんがわたしの両手をぎゅっと握って、動きを止めた。
「ん、離さない。少しじっとしてたらちゃんと終わるからね」
敷かれたタオルとぎゅっと握られた手に、嫌でもこれから始まるであろうことを想像する。お腹とあそこは、風呂上がりとは比べ物にならないくらい、じんじん痛む。
「ちょっと捲るよ」
心の準備の間もなく、お腹の方からパジャマがめくられて、ぎゅっと目を瞑る。
澤北先生の、臨時の往診が否応なく始まる。
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