優しく咲く春〜先生とわたし〜

おにぎりマーケット

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アメとムチと無知

海と引き換えに

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side:咲


夏休みに入る前に、通知表が渡された。
当然、学校で配られたから、春ちゃんはその中身を知っている。
優が帰ってきてから、通知表を渡して見せた。
春ちゃんが一瞬だけ井田先生になる。

「咲、今回の理科はクラス1位だった。結構難しく作ったのに、ここまで点数取ったのは普通にすごいと思うよ。入院していたことを差し引いても、頑張った方だと思う」

「すごい、よくやったな。『5』が多い」

優の大きな手が頭に伸びてきて、私の頭をワシャワシャと撫でる。2人に褒められて、頬が緩んだ。
わたしの成績はほぼ全教科、5段階評価の最高、『5』が並んでいた。
今までどんなに良い成績でも、褒められたことがなくて、素直にそれが嬉しい。

「へへ」

照れながら笑っていると、優の目がある一点で止まる。

「……お? 体育どうした?」

3……
訊かれて、目を逸らす。春ちゃんもこれには苦笑いを浮かべて、説明のしようが無かった。

「……足、遅いし、体力ない……」

苦し紛れに言葉を繋げた。

「なんかでも! わたしがいることでクラスのみんなが安心してるというか……!」

そう、わたしより足の遅い人はいないし、わたしより持久走のタイムが遅い人もいない。つまり、わたしがクラスにいるときは、みんなが最下位を免れるので、なんか、みんな安心して走っている。

「こりゃ、おまけの3だな。咲、ちょっとは体力つけろ」

「うぅ……はい」

『3』とれただけでも良い方だよ……と思う。
春ちゃんがすかさず横から、わたし達に言う。

「まぁ、夏休みは畑手伝わせるから、安心して」

「そ、そうだよ、手伝います、はい」

体力をつけるというのは、一朝一夕にはいかない。夏休み中も、優の畑や動物のお世話を手伝うことは、前々から決めていた。

5月、わたしの退院を待って、春ちゃんと種まきした朝顔も、ぐんぐんとツルを伸ばして、花が咲いた。その前に植えていたキュウリとナスも、そろそろ収穫時期だ。
あと、春ちゃんが密かに植えていたじゃがいもも収穫する。これが結構大変だと言っていた。
それにプラスして、動物のお世話。

少しは体力つくかもしれない。

優は通知表を見終わると、それを閉じて、テーブルの上に置いた。
わたしの目を覗き込む。何か、大事なことを話す前のような気がして、わたしの背筋も伸びた。
ひとつ、間を置いて、優が言葉を発する。

「咲。……夏休み、どこか行くか?」

「……! どこに行くの?!」

思ったより心が浮き立つような話に、目を見開いた。
夏休みにどこかに行く。そんなビッグイベントは、生きていて今まで1度もなかったから、素直にうれしい。

「どこがいい? 春斗、なんか候補あるか?」

きらきらする目で春ちゃんを見た。
春ちゃんは考えながらどんどんと候補を挙げていく。

「んー、そうだなぁ。遊園地、水族館、海、山……」

海……! わたしの思考はそこで止まる。

「海!!! ねー!海、行ったことない!」

海。大きくて広くて、砂浜があって。
テレビや本でしか見たことがない。実際に行ったことが1度もなかった。

「海がいいのか?」

「うん!」

優に訊かれて、大きく頷いた。

「よし、じゃあ海に行こう」

「やったー!」

お祭りから、夏休み中に海。この夏は楽しいことがいっぱいだ。
わくわくした気持ちを抑えられなくて、座りながら椅子の下で足をパタパタと動かす。


そんなわたしを見ながら、春ちゃんはゆっくりと近づいてきて、わたしが座る椅子の横にしゃがんだ。目の高さが一緒になって、春ちゃんの真剣な目に吸い込まれそうになる。
自然と心が落ち着いて、足の動きが止まった。

「咲、海に行く前にひとつお約束。頑張ってほしいことがあるんだけれど、大事な話だからちゃんと聴いてくれる?」

落ち着いた声で春ちゃんがわたしに言った。
お約束……? 頑張ってほしいこと……?

「なに……?」

わたしは恐る恐る聞き返した。
春ちゃんは答えることなく、優と目配せする。


「咲、部屋行くぞ」

優に声をかけられた。

「う、うん……」

わたしは部屋に行こうと言われて、自分の部屋の方へ歩きだそうとしたが、優に手を引かれる。
連れて行かれたのは、優たちの部屋の方だった。
春ちゃんが先回りして、ベッドの上にバスタオルを敷く。
なんか嫌な予感がして、部屋の入口で固まった。

「おいで」

春ちゃんが先にベッドに腰掛けて、手招きする。

優に背中を押されて、渋々部屋へ入った。
座らされたのは、バスタオルの上。
わたしを真ん中にして、優と春ちゃんもベッドに腰掛ける。

嫌な予感は止まらない。

「大事なお話と、約束。これが守れたら、夏休み、海に行くからね」

春ちゃんの前置きを聞いて、恐る恐る頷いた。
逃げ場のないこの状況で、何となく……何となく、わたしにとって嫌なことをするのはわかっていたから、既に泣きそうだった。

優が、春ちゃんの言葉を継ぐように、話し始めた。


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