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夏の訪れ
ベッドの中で
しおりを挟む「……春ちゃん、生理来た」
生理が来たのは、その日の夜だった。
治療をした、ぴったり次の日。
トイレから出て、真っ先に春ちゃんのところへ行く。2人きりなのになぜか小声になってしまう。
予め、生理用品の準備はしていたし、下着もそれ用のものだったので、報告だけになった。
春ちゃんは驚くことなくわたしの目の高さにしゃがむと、顔色を覗き込んだ。
優がいつもしてくれるみたいに、下瞼をめくって色を見る。
「お腹、痛くない?」
春ちゃんの手が、そっと下腹部の辺りに触れる。
その場所は、1回目の治療の時に、酷く痛んでいた場所だった。またあの痛みが来るかもしれないと思うと、少し怖くなって、恐る恐る頷く。
「うん……」
「血は、固まってた? さらさらだった?」
「……塊も出てたかも。でもどこも痛くないよ」
わたしが応えると、春ちゃんはほっとしたような顔をした。どうやら、昨日の治療が少し効いているらしい。
「そう、それなら良かった。お腹痛くなってきたら直ぐ言って。薬で生理をコントロールしてるから、あんまり酷くならないと思うけれど」
わたしは頷いた。
頷くと、春ちゃんは頭をぽんぽんと撫でて、キッチンへ入っていく。
なんとなく何をする気力もなくて、ソファに横になっていると、春ちゃんがテーブルにマグカップを置いた。
「咲、飲んで。内側から温めるのは大事だよ」
「……ありがとう」
春ちゃんは、温かいココアを入れてくれた。生理中は、体を冷やしてはいけないという。
わたしは起き上がって温かいココアを啜ると、目を閉じて再び横になる。
なんだか少しずつ、お腹が痛くなってきた。
我慢できる痛みだけれど、ずっとじわじわと痛みが止まらない。
「痛くなってきた?」
徐々に縮こまっていくわたしを見ながら、春ちゃんが言った。コクコクと頷くと、春ちゃんがソファに横たわるわたしの近くへ来る。足元の方へ座るとブランケットを掛けて、わたしのお腹を優しくさすった。
春ちゃんの撫でてくれる手が心地よくて、うとうとと、そのまま眠ってしまう。
うっすら目を覚ました時には、優の声が聞こえた。
2人で何を話しているのかはわからないが、わたしの生理のことは、優にも報告されたようだった。
「咲のこと、寝かせてくる」
ひと通り春ちゃんから話を聞いた優が、わたしに近づいてくる。
薄目を開けると、わたしの顔を覗き込んだ優と目が合った。
「おかえり……」
呟くような声しか出ない。優は少し心配そうな顔をして、「ただいま」と返す。
「春斗から聞いた。部屋で寝よう」
体に触れられたと思ったら、そっと抱き上げられていた。浮き上がった感覚に少し驚いて、息を止めると、優が囁くように言った。
「今夜は3人で寝るぞ。なにがあっても大丈夫だ」
腕の中にすっぽり埋まる。
体全体が、優の体温に包まれて、その温もりがお腹の痛みにゆっくりと届くようだった。
優と春ちゃんの部屋のベッドに降ろされて、布団をかけられた。
きっと優は、部屋を出て行って、わたしはしばらくひとりで眠ることになる。
お腹の痛みは酷くはならないけれど、かといってなくなるわけでもない。布団に包まれると、眠気が再び襲ってきた。
お腹痛い、眠い、でも……
離れたくない……
離れないで……もう少しだけ……。
そう思うと、無意識のうちに、ぎゅっと手を握る。握った手が掴んでいたのは、優の服の裾だった。
引っ張られた感覚に、優は少し驚きながら、ふっと微笑むのがわかる。
「どうした? 寂しいか?」
優はわたしの頭をゆっくりと撫でる。
わたしは素直に、頷いていた。
……今まで、人に甘えるということをしてこなかった。
甘えるということが、わからなかった。
つらいとき、 どうしていいのかわからなかったのだ。
助けて欲しくても、助けてって言えない。そもそも、頼ったり甘えたりできる人が一人もいなかったから、自分の中で消化するので精一杯だった。
でも、ここに来て、わかった。
優と春ちゃんと暮らし始めて、ようやくわかった。自分の思うように、動いていいこと。
優や春ちゃんを、頼って甘えてもいいこと。
痛い時には、誰かにそばにいて欲しい。
単純なことだったんだ。
自分の気持ちに、素直に従ってみてもいいんだと気づく。
そんなことを考えていたら、小さな声が漏れ出た。
「いかないで……」
優は何も言わずに、そっと、布団をめくるとわたしに寄り添うように横になった。
体がつらい時に、誰かと一緒にいる。それだけで安心して、痛みが和らぐようだった。
優の胸に、頭を預ける。
「咲、ここにいる。大丈夫だ」
背中から腰にかけて、ゆっくりと手を動かして、撫でてくれた。
もう少しだけと願った温かさが、直ぐにわたしの体に染み込んでいく。
その優しい手が、大好きだった。
「明日の春斗の手伝いは休め。ゆっくり寝ろ」
そう言われて、ひとつ頷く。
安心すると、眠気の方が強くなって、優の体温の中で目を閉じる。
自分の心臓の音がゆっくりになっていって、気がついたら、そのまま眠りに落ちていた。
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