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心と体
吹田先生と採血
しおりを挟むおそるおそる、内科の診察室のドアを開ける。
「遅かったね、のんちゃん」
穏やかな笑みを浮かべる吹田先生がいた。
「……すみません」
逃げてしまった手前、少し気まずくて吹田先生の顔が正面から見ることができない。
「座って」
外来終了ぎりぎりに、滑り込みでの受診になってしまった。俯きながら、椅子に座る。
吹田先生はそんなわたしを一瞥すると、手元のカルテに目を落とす。
「今日はなんとなく、もう来ないかと思ってたよ」
怒られるかな……そんなことを思って、そっと顔を上げると、
「捕獲失敗したかと思って」
思ってみない言葉が出た。さっきより含みを持った笑みの吹田先生がいる。
「え…? ほ、捕獲……?」
なんてことないようにカルテに視線を移すと、めくりながら、吹田先生は話す。
視線をカルテからわたしに戻した。
「今日は、誰と来た? また陽太先生かな?」
淡々としていた表情が、ふっと意地悪な笑顔になる。
なんとなく気まずくなっていた診察室の空気が緩んだ気がした。
「え、いや。まぁ……たまたま、会って……」
図星だったのもあって、なんとも言えない返事をして、俯いてしまう。
「陽太先生が今日明けだって聞いて、ちょっと外出ててもらってたんだよね」
……?!
思わず顔が上がる。
完全に吹田先生のペースに飲まれていく。
「げっ! たまたまじゃなかった……ってことですか……?!」
吹田先生の差し金だったのか……!と変な声が出る。
策士だ。やはり吹田先生の監視は尋常じゃない。
「げっ、てなんだい。見張りだよ。のんちゃん見張り付けないとまだ診察に来ないと思ってね」
吹田先生はなんでもお見通し、と言った目でわたしを見て笑う。
「そんなこと……!」
ない、と言い切るには、心もとない。
言葉を詰まらせると、すかさず吹田先生が隙を詰めてくる。
「そんなことないって言いたいの? 家帰っちゃったのに?」
何も言えなくなった。
「……っ!」
降参で白旗を上げる寸前のわたしを見て、吹田先生は厳しく追求することはしない。余裕をたっぷり残して、わたしの正面に向き合った。
診察が始まる。
「じゃあ、診察させてね」
その目の奥が、すっと真剣な色に変わった。
緩んだ空気が引き締まった気がした。
「ちょっといいかな、首、触らせて」
吹田先生はわたしに近づくと首元を触る。
「ここ1ヶ月、青アザが異様にできるとか、怪我して血が止まらないこととかはなかったかな?」
「……それは特になかったです」
「うん、よし。他に気になることはある?」
「……どちらかと言うと、婦人科の薬がきつくて」
言いつつ、お腹をさすった。腹痛は常にある。
「副作用、強かった?」
「……はい。吐き気とか腹痛とか」
「そうだね……。毎日具合悪い?」
カルテにメモを取りながら、わたしの言葉に耳を傾ける。
「腹痛はほぼ毎日で、吐き気も……3日に1回くらいあります」
今朝もあまり調子が良くなかったことを思い出す。ほぼ毎日こんな調子で、不安になっていた。
「……結構つらそうだね。また大海先生の方にも相談してみて。もう少し身体に合った薬があるかもしれないから。俺からも大海先生に話してみる」
「……ありがとうございます」
……良くならないのかな……。
吹田先生の表情も、決して明るいものではない。
「そしたら、ベッドに横になって。血圧測って、血液ももらおうかな」
テキパキと準備を進める吹田先生。
わたしはベッドに横になった。
「ゆっくり息しててね」
右腕をとって血圧をさっと測り終えると、採血の為にわたしの腕を伸ばす。
……あと何回。
……あと何回、こうやって診察してもらったら、治るんだろう。
天井をぼーっと見つめながら、ゆっくり瞬きを繰り返す。
わたしの右腕をさわり、血管を浮き出させながら、吹田先生はポツっと独り言のように呟いた。
「病気、治らないと思ってる?」
どうせ良くならない。そんなことを考えて、帰路に着いたことも思い出す。
はい、とも、いいえ、とも言えなくて。
黙っていたら、採血の針がひんやりと右腕に当てられる。
「ちょっとチクッとするよ、右手グーにしてみ」
「……っ」
痛いかと思って目をぎゅっとつむったけど、本当にチクッとしかしない。
ゆっくりと血液を抜きながら、吹田先生は言った。
「再発したことは事実。仕方ないさ」
手元の採血を進めながら、静かにそう話し始めた。あくまで、手元に集中しながら、呟くように。
「だけど、良くなる余地があるのも事実」
良くなる、可能性……。
「なにも焦ったり、諦めたりはしなくていいんじゃないかな」
コト。っと、心の底になにかが置かれたような感じがした。
昔から、色んなことを諦めてきたことを思い出していた。
……
『のんちゃん、走っちゃだめよ!』
小さい頃から、ずっと。
『また体育見学とか、ずるいよね』
運動はできなかったし。
『んー、お熱か……旅行はまた今度にしようね』
旅行の前日には熱を出して。
『唇、色悪いから、リップ塗ってくれない?』
初めて彼氏になった人には、そんなことも言われた。そのせいか……キスするのが怖くて、別れた。
……
食堂で、今日あったことも思い浮かべる。
たくさんの人に、迷惑をかけているけど……。
……本当に、いろんなこと諦めなくてもいいのかな。
「はい、終わり」
気がつけば採血は終わり、腕には絆創膏が貼られていた。
「具合は大丈夫かな?」
目を開ける。吹田先生がわたしの顔を覗き込んでいた。
「……はい、大丈夫です」
「じゃあ、ゆっくり起き上がって。次はまた、1ヶ月後。血液検査の結果見ながら、飲み薬調節するからね」
「わかりました」
頷いたのを確認すると、
「次回は、誰に連れられなくても来るように」
吹田先生に、そう釘を刺された。
「……は、はい。ありがとうございました」
内科の診察室を後にする。
次は、婦人科の診察だった。
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