ほしとたいようの診察室

おにぎりマーケット

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回想、はじめまして

はじめまして、のんちゃん

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コンコンコン……


「のんちゃん、入るよ」


優先生が、先立って病室に入っていく、その3秒後には。


「あ! こら……」


ため息混じりの優先生の声。



「いつから外してたんだ、これは……」


すでに酸素のカニューレを外している、のんちゃんが現れた。しかも、そのカニューレがついていたのは、もちろん、のんちゃんの鼻ではなく。

……ご丁寧にもベッドに横たわった、うさぎのぬいぐるみに、ついている。

肝心ののんちゃんといえば、ベッドにちょこっと座り、おもちゃの聴診器を首から下げて、


「もしもーし!」


と、楽しそうにうさぎのお世話をしているのだった。

俺は、絵に描いたような問題児っぷりを目の当たりにする。
早産の早生まれ。確かに体は同じ歳の子どもたちより小さいけれど、なんとなくそのパワーの強さは、出立ちで伝わってくる。



「……おはよう、のんちゃん」


言いたいことを全て飲み込んだ優先生が、のんちゃんにひとまず挨拶をする。
近づくと手際良くカニューレをのんちゃんの鼻につけ換えながら、のんちゃんの指先にパルスオキシメーターを挟む。


「あ! うーちゃんにつけてたのに」


と、のんちゃんは唇を尖らせて、もう一度カニューレを外すもんだから、俺は思わず笑ってしまう。
どうやら、うさぎのぬいぐるみの名前は『うーちゃん』らしい。


「こら。これは、おもちゃじゃないよ。先生、昨日外さないでねって言ったよな?」


「だって、はずれちゃったんだもん!」


「外れちゃったら、遊んで良いのか? 誰か来てねのボタン、押してって言ったよな?」



話しながらも優先生は、真剣な顔をしてのんちゃんの顔色を見たり、手足を触って温度を確認したりしていた。


「だって……」


「しーっ、静かに。ちょっと先にもしもしさせて」


胸と背中の音を一息にきいて、


「ん。喘鳴なし。外して酸素98%か。……まぁ、一旦、止めてもいいか……」


と、優先生は諦め気味に呟いた。

のんちゃんは、満足そうに笑う。優先生が呟く、その意味をなんとなくわかっているようだった。


「……まったく、元気だな」


優先生はカニューレを片付けながら、のんちゃんに話しかけ、頭を撫でた。

のんちゃんのお医者さんごっこは続く。
のんちゃんは、うさぎの額に手を当てて、思わしくない顔をしていた。


「ゆーせんせ、うーちゃん、おねつなの。」


「あ、そうなの。いつからだ?」


「さっき」


これには優先生も何も答えず、苦笑いを浮かべて、俺を見た。


「……この子が、星川のぞみちゃん」


そう言われて、のんちゃんが顔をあげ、やっと俺と目が合う。びっくりしたように、まんまるの目がじーっと俺を見つめていた。


「おはよう、初めまして。今日から、ここで働く事になった、日野陽太です。よろしくね」


そう言って、一歩、病室に入ると、のんちゃんは少し怯えた目をしてベッドの上で身を引いた。


……他の子より、警戒心が強い。



「のんちゃん。あいさつ」


優先生に言われたのんちゃんは、俺をちらっとみると、うさぎと一緒に布団に潜り込んだ。

優先生はその様子を見ると、のんちゃんの布団に目をやりながら、代わりに紹介する。


「……最初はこんな感じ。みんなからは『のんちゃん』って呼ばれてる。好きな食べ物はプリン……のんちゃん、何歳だ?」


少し間があって。


「ごさい。……このまえね、おたんじょうびのケーキたべたの。おおきいやつ」


優先生の問いに答えると、布団の山がもぞもぞと動く。


「へぇ、いいねぇ、ケーキ。陽太先生も食べたいな」


布団の山に話しかけると、少しだけ嬉しそうな声が返ってくる。


「のんちゃんがたべちゃった」


ぐふふ、と小さく聞こえる。
警戒が少し解かれたような気がする。
優先生も、優しい目をしながらその様子を見ていた。


「あとでまた来るから、おとなしくしてな」


そう言うと、優先生は布団の山をぽんぽんと撫でて、病室をあとにした。





病室を出ると、優先生は言った。


「意外と好感触だ、陽太先生。のんちゃんと仲良くできそうだな」


「……そう、ですかね?」


何か特別なやりとりがあったわけでもないが、優先生はそう感じたようだった。


「うん。ダメなんだ、初めての先生って特に。俺の問いにも、自分からも、全く喋らない時の方が多い」


「へぇ……」



俺がいまいちピンとこないような気持ちで相槌を打つと、優先生は「そのうちわかるよ」と言った。

それから、のんちゃんの容体について話し始める。



「のんちゃんは……今回、3月の半ばから入院してる。昨日の夜はサチュレーションが低めで、喘息も出てたから、吸入薬を処方して、酸素つけて一晩過ごしてもらった。……まあ元気になったらああやってすぐ外す」


今回、ということは前回もあり、前々回もある。それだけ入退院が多く、経過も長い。


「本当に苦しい時はマスクでもカニューレでも外さないから、逆に外さない時ほど急変に注意」


「承知しました」


「あとは……けっこうよく転ぶ。ベッドから落ちるし、病棟走り回ったりして」


「血液の薬飲んでますよね?」



のんちゃんは、血液が体内で固まってしまう病気だ。薬の兼ね合いから、出血を伴う怪我は厄介なことになることは、十分に想像できる。


「ああ。出血には注意だな。ナースにも注意してもらってる。内出血の有無もよく見といてほしい」


「はい」


「のんちゃんの主治医は俺だから、なんか気になることとかあったらいつでも聞いてくれ」


「わかりました」


「よし、これで回診は終わりで……それから、担当患者だが、5号室の……」



そのあとは、担当患者の振り分けを受けた。
決して少ないとはいえない患者数の割り振りに、俄然やる気が出る自分で良かったと思っていた。




小児科医の1日は、あっという間に過ぎていく。
外来に出て診察をしたり、処置が必要な子についたり。


のんちゃんの病室からは、なにかとにぎやかな声が聞こえていて、これが平常運転のようだった。


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